1. 黄昏-18
*****
「ここか」
まるで陰りなんか一つもないと錯覚させるような、白い壁の一軒家。寺田さんに案内してもらい、ここまでたどり着いた。何回目か数えるのも嫌になるような暑さに汗をぬぐう僕の隣には、手持ちの扇風機にポニーテールをなびかせている寺田さんがいる。祭の翌日―――部活がオフの日に無理を言って予定を合わせてもらったお礼として奢った冷たいスポーツドリンクをもう片方の手に持ち、首を冷やしている。
「本当に来ちゃった。体育祭前に一回採寸で来て以来だな。でも天川くんが行こうって言いだすなんて。急にどうしたの?」
「いや、ちょっと心配になったから。せっかくだし行ってみようかなって。もし、僕のせいで追い払われたらごめんね」
「……ふーん」
少しつまんなそうに目を逸らした寺田さんは、ためらわずにインターホンを押す。僕はハッと思い出し、彼女の話に出てきていた排水溝を探してしまう。もちろんあれ以来雨は降っているため、落としたそれは流されてしまったのだろうが。
「いらっしゃい。どうぞ」
出迎えてくれたのは、篠井さんの母親だろうか。エプロンをかけてスリッパをはいていた。
「ごめんね。美津紀は今外出してて」
外出、という言葉に引っかかっている間に、隣の寺田さんが口を開く。
「そうなんですか。じゃあまた別の機会に来ます」
「わざわざ来てもらったんだし、上がってもらっていいのよ。二回に美津紀の部屋あるから。そちらにどうぞ」
僕たちが断る間もなく、彼女の母親は奥の方に行ってしまった。僕らは目を合わせてどうしようかと思いあぐねていたが、鍵を開けっぱなしで帰るわけにもいかず、結局家に上がらせてもらうことにした。ずけずけと階段を上がって部屋に入っていく寺田さんの背中を追いながら、僕は家の中にあるはずの『キー』をくまなく目で探していた。
彼女の部屋は、一言で表すならシックな感じだった。机や棚などは白と黒を基調としたものが多く、その中に置かれたピンクのミシンが際立って見えた。
「天川くん、これ……」
寺田さんが手にしていたものは、茶色の紙袋だった。その中には、オレンジ色のドレスが入っていた。
「このドレス……体育祭の時に作っていたドレスだ。よかった。ここにあったんだ」
あの話の通りだとこれが残っているかどうかも怪しかったが、とりあえず第一関門は突破した、といったところか。
「あ、これ見て」
寺田さんがドレスを取り出すと、その下に白いバラの造花がたくさん入っていた。
「すごい。瓜二つにできてる。あとこれを縫い付けるだけだったんだ」
これもあるに越したことはない。
「……あれ、でもティアラがない」
「…………そうだね。きっとどこかに持ってるんだと思うよ」
僕はそれとなく流そうとした。しかし。
「あ、ティアラが……」
部屋を見渡した寺田さんが、その隅から拾い上げたものは、真っ二つに割れたティアラだった。
「なんでここに……」
あの話の通りじゃ、排水溝に落としてしまったんじゃ。それがトリガーになって、あの非現実的な状況に陥ったんじゃなかったのか。なんで……?
「なんでって?」
「……あ」
まずい。口が滑ってしまっていた。
「あのさ」
「え、えーと……」
言い訳を探していると、寺田さんが少し冷ややかな声で続けた。
「そろそろ全部話してもらっていいかな」
「全部って、何を?」
まさか。
「夏休みの前、天川くんが篠井さんと会ってるところ、見たんだけど」
「…………黙っててごめん」
僕は、両手を挙げて、苦笑いしてみせた。
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