1. 黄昏ー12
*****
祭当日。僕は待ち合わせの時間より何時間も早くに駅にやってきた。昨日、家にある中で一番大きなはさみを探し出し、しっかり布にくるんで持ってきた。捕まらないか心配だったけど、そのリスクを冒すだけの理由を持っているのは、きっと今この世界で僕だけだろう。
改札を出て昨日の公園に向かう。もう浴衣姿の人々がちらほら見受けられた。僕は浴衣なんて持っておらず、せいぜい普段タンスの底に眠っている服を着ることで精一杯だった。
「おはよう」
器用に仰向けの状態で寝ていた彼女はやおら目を覚ました。恥ずかしそうに笑っているように見えたのは、表情を読みとる能力が成長したからだろうか。
手助けをしながら座らせて、持ってきた消臭スプレーを振りかける。もし今日解決するなら、きっと帰る時に苦労するだろう。
「昨日の弁当は食べれた?」
「うん。とてもおいしかった。実は残飯の所から持ってきてた弁当の中で、昨日のと同じのがあったんだけど、それよりもずっとおいしかった。君が持ってきてくれたからかな……あ」
僕の悲しみが追い付かないうちに、彼女はハッと思い出したようにこちらを見た。
「天川くん」
「だったらよかった。篠井さん」
これでノルマ達成だ。
「じゃあ本題に入ろう。一応これを持ってきたんだけど」
「うん。充分だと思う。ちょっと今の体だったら力が入らないから、やってもらっていい?」
「もちろん。痛かったら言ってね」
僕は隙間を見つけてはさみを入れる。これで彼女が少しでも楽になるなら。
その思いで僕は力を込めた。しかし、そこに手ごたえはなかった。
「どう?」
「……だめ。石を切ろうとしているみたい」
別の場所はどうかと探ってみても、どこも切れる気配がしなかった。思い切って何もないところに閉じたはさみを突き刺そうとしても、少し腕に電気が走る程度で傷一つつかなかった。
「のこぎりとかだったらいけるのかな」
「持ってるの?」
「持ってても、電車の中に持ちこめないけどね。買おうかな」
「わざわざ買ってもらうのは悪いよ」
結局、諦めるしかなかった。僕はやりきれない思いを、はさみを公園の隅に投げることで発散しようとしたが、流石に思いとどまった。
「ごめん。また別の方法を探すよ」
「ううん。こっちこそごめん。今日祭の日なのに、こんなところに来てもらっちゃって。」
「別に構わないよ」
「誰かと行くの?」
「うん。何人かと約束してる」
「そっか。私はここで花火を見てようかな」
彼女はどこか安らかな目で空を見上げた。
「あ、でも夕方に少し顔を出すよ」
「この姿で話せるなら、わざわざ夕方じゃなくてもいいと思う。今話しただけで、私もだいぶ気が楽になったよ」
それもそうなのかもしれないが……。僕は心の中に反論の言葉を押し込めた。これで明日会えなかったら、ということを考えると不安になる。でも。
「分かった。信じる」
僕は腰を上げて、彼女を残した公園を後にした。
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