1. 黄昏-10
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あの日から、僕は毎日駅に通っては彼女と話した。バイトや遊びの予定が入っている日も含めて、毎日だ。基本的には体育祭後の学校の話や最近の流行、文化祭について端的に話しているが、あまりにも忙しすぎる日は、互いの名前を呼び合うだけで別れる時もあった。
その中でも、特に核心に触れる会話ができたのは、祭の前日だった。
「私、理由はわからないけど、こうなったのは体育祭の日の朝だったの」
「今の生活になったのが、ってこと?」
「うん。その日の晩、がんばって衣装を全部完成させたんだけど、それで興奮したのか、あんまり寝れなかったの。だから深夜テンションみたいな感じで朝を迎えて、衣装は紙袋に入れていたんだけど、なんとなくティアラを付けて外に出てみたの。私は作ることしかできないけど、もしこのティアラがつけられたらなって、思ったんだと思う」
膝の上に置いた手が震えている。僕は思い切ってその手の上に自分の手を重ねた。震えがこちらにも伝わってくる。
「それで紙袋にしまおうと思ったら、間違えて落としちゃって、割れちゃって。それで破片のほとんどが、側溝に落ちちゃって」
一呼吸ずつ置きながら、振り絞って声を出している。
「それから、頭が真っ白になって、無事だった衣装の方も大丈夫かどうか、確かめようと思ったの。もちろん、無事だったんだけど、陳腐なものにしか見えなくて。それで気づいたら衣装がなくなって、この身なりになってた。どこか分からない場所から家に帰ろうとしたけど、家にお母さんが入れてくれなくて」
「……どこをどう見たら、自分の娘を間違えるんだ。だってどう見たって顔が分からないことなんてないはずなのに」
僕はふつふつと湧く怒りを何とか抑えながら、彼女に問いかける。
「それは……」
彼女は口を閉じた。当初の手の冷たさが、今はもう決意のぬくもりに変わっている。僕は黙って、彼女の言葉を待つ。
「……天川くん。今日だけ、もう少し一緒にいてくれない?」
「もう少しって、日が暮れてもってこと?」
「うん。でも、もしかしたら今日限りになるかもしれない」
「明日も来るよ。祭があるから少し遅れるだろうけどさ」
「そういうことじゃなくって……」
彼女は自らの手の甲に置かれた僕の手を、包み込むように握ってきた。
「駅の外に行こう」
そう言って、彼女はいつも通りの雑踏に、僕を引っ張った。
僕は彼女の覚悟の力に委ね、ついて行った。目の前で改札を通り過ぎた彼女の存在を、今更ながら怖く思いながらも僕は改札にカードをタップすることを忘れなかった。
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