1. 黄昏-4

*****



「……なんで来ちゃったかなー」


 思わず独り言が出てしまうほどの、うだる夏の暑さが体の水分を奪う。駅のホームのベンチは日陰になっているから多少マシなものの、もう五時半だというのにまだ夕日が余力を残すのが、夏という季節だ。それでもここに来る理由があった―――いや、あったのか?

 でも昨日の別れ方だとすがすがしい夏休みを過ごすことができないだろう。そんな論理で無理やり自分を納得させたころ、肩をぽんぽんと叩かれた。


「まさか、来てくれたの?」


 手の主を見ると、昨日と同じ身なりの、少しにおいのきつい彼女が何とも言えない表情でこちらを見ていた。


「まあ、さすがに昨日みたいな別れ方されたら」


「それは、本当にごめん」


 僕は彼女に、ベンチの隣の席に座るよう促した。


「なんで昨日急に走って行っちゃったの?」


「信じてもらえないかもしれないけど、私は日が沈むころには、いなくならなきゃだめだから」


「クラスのみんなに顔を合わせることが嫌だから?」


「……あ、そういうこともあったなー。天川くんと話していると、色々思い出せる」


 彼女と話していて分かったことがある。おそらく彼女は以前と同じような生活ができていない。この様子では家にも帰っていないだろうし、かつての記憶もおぼろげだ。きっと何か事情があるに違いない。体罰か? いじめか? 家庭内の問題か? 

 そのどれもが当てはまりそうで、それでも違和感が残ってしまって。


「私、日に日に記憶が薄れていっちゃって。毎日触れていることしか思い出せないんだ。名前とか、今の自分に対する嫌悪感とか、この駅の場所とか」


 一つだけ浮かんでくる現実は、彼女が非現実なことに巻き込まれていることぐらいだった。


「僕は昨日会ったから覚えていたってこと?」


「うん。多分一週間たったらわからないと思う。」


「そっか。でもそれって、僕もそうなのかな。篠井さんと会わなくなったら、忘れると思う?」


「それはわからない。自分のことに精いっぱいだし。ごめん」


 彼女は立ち上がった。


「あと、美津紀でいいから。呼び捨て」


 そう言い残して、彼女は走っていった。僕は―――さすがに呼び捨てはできないか―――篠井さんが立ち上がった瞬間、走り出すだろうということはわかっていた。でも追いかけるという無粋な行動は起こせなかった。俺は諦めのため息をついて立ち上がり、電光掲示板を見ようと右を見ると、そこには知った顔がいた。


「あれ、天川くんじゃん」


 クラスメイトの一人、寺田詩歌しいか

 かつてのが、こちらを不思議そうに見ていた。

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