1. 黄昏-2
*****
―――昼過ぎ、僕と友人は校門を出た。今朝の沿線火災の影響が長引き、午後の授業もなくなったのだ。昼休みが終わったタイミングで、未返却のテストと夏休みの課題表が入った封筒が渡されると、生徒は愚痴を言いながら教室を足早に後にした。
「じゃあな」
友人は右に、僕は左に曲がって改札の前まで歩き、手を振る。改札を通り、汗をぬぐう。平日のこの時間は見通しがいい。少しだけすがすがしい気持ちになってきたとき、ポケットが震えた。見てみると、バイトのグループチャットで急なシフトの要請がなされていた。多分沿線火災の影響で来れない人が出たのだろう。時間帯を見ると、家に帰る余裕はありそうだ。この夏、遊ぶ予定がたくさん入っているから、なるべく多くのお金を手元に残しておきたい。僕は迷わずスタンプを送信した。
何とはなしに周りを見ると、しわの多いお婆さんが怪訝そうな顔をしていた。僕はその時初めて自分の顔がニヤついていたことに気づき、すみませんと謝ってホームの前へ逃げた。
振り返ると、おばあさんは呆れたのか、口を少し開けたままこちらを見ていた。僕はばつが悪くなって、小走りでその目線から外れる場所に移動した。立ち止まると今度は近くにいたスーツ姿の男性に訝しげに見られたが、一人も二人も一緒だろう。
***
学校の行き帰りと、バイトの行き帰り。僕は一日だけで、この駅の朝の顔も昼の顔も、夕方の顔も知ることになった。お金のためとはいえ、家からそう近くない場所の二往復はさすがに疲れる。
いつものシフト終わりは夜であるため、夕方にこの駅を利用するのは、それこそ体育祭前日以来だろうか。バイトがない日も、日が傾くまでに家についているから、そのはずだ。
この時間はラッシュ帯に差し掛かるため、人は多い。部活帰りの同じ学校の生徒や、サラリーマンが数多くいる。そしてどうやら遠足があったようで、赤白帽をかぶった子供たちがきれいな列をなして座っている。
「ねえ」
その中の一人の女の子が話しかけてきた。
「これすごいでしょ」
と、ハンドメイド感あふれるお姫様のキーホルダーを見せてきた。
「おお、すごいね。作ってもらったの?」
「ううん。今日作ってきたの!」
「え、自分で? すごいねー!」
と、相手をしていると、
「僕は今日これ作ったんだよ!」
「私もこれ!」
続々と子供たちが集まってきた。クオリティの差はあれど、よくできている。
「すみません。ご迷惑を……」
「別にいいですよ。気にしてないですし」
本当に嫌な思いはしていなかったけど、これ以上引率の教員の手を煩わせるわけにもいかず、ばいばいと手を振って今よりホームの前の方に移動することにした。
―――あのさ!
さっきまでの声とは異なる、少し成熟した声をかけられたのは、混み合っている階段近くの集団を抜けた先でのことだった。人がほとんどいないところだったので、相手は自分だとすぐにわかった。
振り返ると、僕ははっとした。身なりはひどいもので、さびれた商店街の古着屋に売っている生地をまとっているだけのように見えた。しかしその隙間から見える顔は、少し焼けた少女の顔だった。
篠井美津紀。最後に見た時より、彼女の頬はこけていた。
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