世界が君を拒んでも~Unstable Second-home~
時津彼方
第一章 黄昏
1. 黄昏-1
「―――今日は沿線火災の影響で、午後から授業をします。そのため、午前中は自習時間とします。くれぐれも騒ぎすぎないように」
朝礼の時間、担任は僕たちにそう言い渡すや否や、入ってきたときと同じくらい慌てた様子で教室を出て行った。職員会議や保護者への連絡で忙しいのだろう。教室にいるのは、僕みたいに今回の一件にかかわっているものとは別の鉄道を使っている人か、徒歩通学やバス通学の人で、合わせて十人ぐらいだ。
彼が出て行ってからの教室は騒がしさを取り戻した。
「テスト終わったのにさ、何しろっていうのさ」
隣で友人が駄々をこねている。夏休み前の期末テストを終え、テスト返却だけが行われる午前中授業のはずが、実質丸一日学校にいる羽目になったことを嘆く気持ちはとても分かる。先生たちの業務の関係上、今日中にテストの点数を確定させときたい気持ちは察するが、だったら解放してくれないだろうか。
無論、勉強を始める生徒は皆無で、僕たちがいくら雑談をしていても、廊下をたまに通りかかる先生はやれやれと言う表情で去る一方であった。
「今日みたいな日に、あいつの気持ちを味わうんだろうな。どうする? これ以上不登校増えたら」
嘆きのネタや、これから迎える夏休みのネタは尽き、友人との会話の話題は、ある日から全く学校に来なくなってしまった一人の生徒に移った。
篠井美津紀。
彼女は以前まで―――体育祭の前日までは、他の生徒と同じように学校に来ていた。彼女は体育祭におけるクラスの出し物の衣装を作る係についていた。運動場で集団行動やダンスが混じった、一つの劇のようなパフォーマンスを毎年各クラスで一つ作り上げることになっており、生徒のほとんどが楽しみにしていた企画の一つだった。僕たちのクラスの出し物において、ほとんどの生徒は発注したオリジナルのシャツを着て被り物をするだけでよかったため、発注後彼女に残された最後の仕事は主演の二人の衣装を作成するだけであった。
『グリム童話の世界を現代人が旅する』というテーマにおいて、クライマックスに全員で二人を取り囲み、それぞれ姫と王子に変身した状態で出てきてカーテンコールを迎えるというシナリオで、そこで着替える衣装を、衣服を作ることを得意としていた彼女が作ることになっていた。しかし思いのほか苦戦したようで、本番当日に持ってくるということで前日は解散になった。偶然一緒になった帰り道、駅で別れた彼女の様子に焦りはあったものの、陰りはなかったように思えた。
ところが彼女は、翌日に衣装を持ってくるどころか姿を見せなかった。担任が家に電話するもつながらず、結局担任が買いに走って手に入れた百均の冠を二人が被るだけという、簡潔かつ観客から分かりにくいものになってしまった。それでも、僕たちは彼女を責めることはできなかった。なぜなら彼女一人に衣装づくりを背負わせてしまった責任を感じていたからだ。許してもらえるかはわからない。でも謝りたい。そんなクラスメイトは大勢いた。
しかし彼女は、現在に至るまで一度も登校することはなかった。ゆくゆく僕たちの気持ちは反省から怒りになり、結果無関心に落ち着いた。ぶつけようのない怒りは、熱意と共に結局ごみ箱に捨てることになるのだ。
僕も彼からその話題を持ちかけられるまで、彼女のことをすっかり忘れていた。席替えで勝手に教室の隅に追いやられた空席を見た。机の上はまっさらで、何もない。
彼女は何を思って、この夏を迎えるのだろう。
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