第7話 強者と弱者
魔族が目を見開いた。
「タグル⁉」
ラディウスは魔族を一瞥したのち、目の前でのたうち回る人間を見下ろした。
「交戦中に無防備な姿をさらすとは愚かだな。俺が魔族に寛容な人間を殺さないと聞いて甘えたか?」
食いしばられた口は開かない。痛みにうめくので精一杯のようだ。
相手の耳に入っていると信じて言葉を続けた。
「厳密には違う。人を殺しすぎると魔族が活気づくから自重しているだけだ。だと言うのに、お前のような輩はいつも都合のいい解釈をする。あげく調子に乗って魔族の権利がどうだのと言い出すのだ。優越感に浸るべく持たざる者に手を伸ばすのは世の常だが、その軽率な振る舞いがどれだけの不幸をまき散らすか考えないのか?」
「こ、この、差別主義者が……!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔がにらむ。
ただの虚勢。ラディウスは
「そんなセリフが出てくる時点で、君には全く本質が見えていないな」
腕を振るった。
人間が肉塊と化して地面に伏す。
「貴様! 何が魔族殺しだ! この人殺しめ!」
「数千で袋叩きを試みた貴様らがそれを言うのか? 大体その男とて軍人の端くれ。落命の覚悟をして武器を手に取ったはずだ。貴様は仲間を侮辱したことに気付いているか? いや、所詮魔族に人間の
ラディウスは肩をすくめる。
以前から魔族はそうだった。強い弱い、勝つ負けるに
人間との融和が進んでも変わらない。仲間は大事と謳いながら、結局は弱い人間を守る自分に酔いしれている。無意識下に見下す対象を求めて、その末に人間との融和を選んだに過ぎない。
ラディウスはそれが許せない。
「お前たちと語るたびにうんざりする。そんなに強いことが偉いか? 世が平定すれば武力の影響力は否が応でも小さくなる。貴様らが重用されるのは今のうちだ。せいぜい天狗になっているがいい」
「見下げ果てるなよ。オレはタグルの覚悟を受け止めていた。 弱い者を殺すなと非難した覚えはない」
「何だと?」
予想した魔族像との差異を感じて踏みとどまる。
不意打ちはこなかった。
「俺が憤ったのは貴様がタグルを斬った理由だ。魔族に好意的な人間がそれほどまでに罪深いと言うのか?」
「当然だ。魔族の性質は数百年変わっていない。魔皇大帝をほふったところで、いずれ第二のグリズフが湧く。貴様らはこの世から消さねばならない」
嘆息が空気を乱した。
今度は魔族側のため息だった。
「またそれか。貴様らディクロストの人間はいつもそうだ。口を開けば魔族は魔族はと。人間であることはそんなに偉いのか? 弱者に死ねと言っているのは貴様らの方だろうが」
「勘違いするな。それは貴様ら魔族が掲げていた理屈だ。立場が変わったから言うことを変えるなど、そんな虫のいい話が通ると思うのか」
別の魔族が背後から迫る。
見切れている。身をひるがえして刃をかわし、でこぼこした背中目がけて剣を縦に入れる。
大柄の魔族が悔し気にうなった。
「死角からの奇襲は悪くないが残念だったな。見飽きているんだ、そういうのは。特に貴様ら魔族の卑怯な手はな」
「ぬかせ。所詮強者に弱者のあがきは分からん」
「だから恥知らずにも魔皇大帝に媚びを売るのか?」
「お前たちが、そうやって魔族の排斥を掲げるからだろうが! 我々とてヴェルディーラにつくリスクくらいは承知している! だが魔皇国以外に、誰が帝国から我ら魔族を守ってくれると言うのだ⁉ 人類至上主義をやりたいならよそでやれ! 共存を望む我らを巻き込むな‼」
大柄の魔族が腰を落とした。周りを囲む配下も手に持つ得物を握りしめる。
「なるほど、それが、貴様らがここに立つ理由か」
「そうだ!」
「どうやら貴様を見誤っていたようだ。その点は謝罪しよう。理知的なその在り方、好ましくすらある」
魔族の面々が仲間を顔を見合わせた。毒気を抜かれたように戸惑いの色を見せる。
戦いを避けられない空気の中で、急に褒めるような言葉をぶつけられたのだ。どう対応すべきか分からなくなるのも道理だろう。
元よりこの状況。魔族側に勝機は皆無だ。数千人でかかって駄目だったのだから、十に満たない戦力でどうこうなるわけがない。戦わずに済むならそうしたい。連中は間違いなくそう考えている。
事情が違えば、あるいはそんな未来もあったかもしれない。
「だが、それはそれだ」
悲しいかな、今のラディウスにその選択肢は選べなかった。
「考えを否定するつもりはない。お前たちなら人と共存することもできただろう。だがな、それでは駄目なのだよ」
「何が駄目だと――」
これ以上の言葉は不要。示すように剣をかざした。視界に映る魔族が慌てたように構える。
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