第5話 生まれ変わりの旅


 ラディウスは転生魔法を行使した。


 英雄ラディウス・レイ・グランストの転生。禁術は問題なく発動した。


 とある家庭で赤ん坊として生まれる。誰もが通るプロセスを経てラディウスはこの世に舞い戻った。


 体は幼児。思うように言葉を発せない。


 その程度で諦めるなどあり得ない。トライアンドエラーを繰り返し、出生後数か月で言語を習得したフリをしてみせた。


 少し年月を要してから二本の脚で腰を浮かせて、剣に興味があるように見せかけた。両親はからの後押しを受けて剣の師範と顔合わせし、師範に未熟な振りを数回見せた。次にお手本を見せてもらってから、ラディウス本来の太刀筋を見せつけた。


 ラディウス・レイ・グランストは剣の達人でもあった。


 剣の道を生きる人間なら、その太刀筋を見て落ち着いてはいられない。超特級の才能として剣士の道を推薦された。紹介を受けてより良り環境に身を投じ、戦場に通じるレーンを突き進んだ。


 十代前半にはエリート軍人としての将来が確約された。軍学校を飛び級で卒業し、対魔族専門の特殊部隊に仲間入りを果たした。


 出動、手柄、出世。このサイクルを繰り返して上層部にもぐり込んだ。


 上層部には情報が集まる。操れる人員の数も桁が違う。


 ラディウスが死んで油断したのか、偽物の動きは大胆になっていた。目撃情報をまとめて位置を割り出し、兵をひきいて現地に足を運んだ。


 二十代後半には因縁の相手と邂逅かいこうを果たした。今度は両手両足がある。本来の双剣スタイルで挑戦した。


 万全の状態であるにもかかわらずラディウスが後れを取った。パワーが違う。技のキレが違う。これは一体どういうことなのか。


 考えれば当たり前のことだった。ラディウスの強さには、剣の技量や知識以外にも別の要素が付随する。


 一つは体格。体が大きければ腕や脚が長くなる。体重や筋肉量も増える。


 体格が戦闘に与える影響は侮れない。攻撃のリーチだけでなく、殴る蹴るといった物理攻撃の威力も上がる。魔法で身体能力を増強すれば差はさらに広がる。


 転生して得た身長は百七十程度。


 片やラディウスを模した偽物の体は百九十に迫る。偽物の体を構成するのは肉や骨ではないが、構造や性質は人体に類似している。同じ条件でやり合って優位に立てるはずもない。


 何より経験に差が生まれていた。


 転生すれば肉体は幼子になる。剣を振るうには年月の経過が不可欠だ。


 体の成長に年月を費やす間にも、偽物は色んな場所で色んな相手と戦う。もっと言えば、転生前に後続育成をしていた頃も相手は自らを高めていた。


 最強からさらに研ぎ澄まされた剣技、体術、そして魔法。偽物は英雄ラディウスの枠を超えて人外の領域に踏み込んでいる。


 ラディウスは打ち負けて仲間に助け出された。


 偽物は人数不利を悟って撤退。再び行方をくらませた。


 否応なしに悟った。転生を繰り返しても実力差は開くばかり。一人で倒す考えを捨て去らねばならないと。


 単独の強さには限界がある。何億回と剣を振ったところで、一振りで山が消し飛ぶようにはならない。いずれ伸び悩んで限界が来る。


 ならば数の力を使うしかない。戦士の質を今以上に高めて、優れた仲間と協力して袋叩きにする。


 早速人材育成に関する勉強を始めた。書物から学び、従事者の話を聞き、足りないと感じたものを片っ端から吸収することに努めた。


 人材育成は時間と金がかかる。


 金はともかく、いそがしい身の上のラディウスには時間がない。まとまった時間を確保できたのは軍人を引退してからだ。


 浪費と無縁の生活を送ってきた。幸い金はあり余っている。


 時間は金で買える。学校のない地域に校舎を建てて識字率の底上げを図った。児童養護施設には積極的に寄付し、自らの足で現地におもむいた。演説、プレゼント、おとぎ話。ありとあらゆる手段で子供たちのやる気をかきたてて、未来に想いを馳せさせた。


 この人生でやったことは大まかに二つ。共通の敵の確立、富国強兵につながる土台の構築だ。


 ラディウスに家族はいない。財産を全て寄付に回し、転生の魔法を用いて次の人生へと旅立った。


 三回目の人生で駄目なら四回目、四回目でも駄目なら五回でも六回でも続けた。


――転生。転生、転生に次ぐ転生。


 進展と後退と停滞。繰り返す戦争模様が国々をもてあそんだ。突出して栄えた二つの国が、戦乱の中心として世界に座した。


 計十五回目の転生を迎えて、ラディウスは世界に舞い戻った。


「見てくれミーシャ。俺たちの子供だぞ」

「ええ、可愛いわね。私たちがあなたのパパとママよ、ラディウス」


 女性が男性から赤ん坊を受け取って優しく微笑む。


 親からのまなざしを受けながら、生まれたばかりの赤ん坊は泣きもしない。目には年齢にふさわしくない確固たる意志が宿っている。


 転生の魔法は死産するはずだった体に適用される。


 元来転生魔法は傑物を生まれ変わらせて国に貢献させる術だ。国の宝となる新生児を潰しては意味がない。本来流産するはずだった体を有効活用する、それが転生魔法の真髄だ。


 見方を変えれば親となった男女をだまし、赤ん坊に乗り移るのと変わらない。出生チャンスを潰したわけではなくとも罪悪感を禁じ得ない。


(死産のはずだったとはいえ、君たちをだます形になることを許してくれ)


 この罪には必ず報いて見せる。ラディウスはこれまでと同じように決意を燃やす。

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