第3話 洗脳された人類最強
「ラディ! どうしたの⁉」
ユハが呼びかけても返事はない。ただならぬ事態を知った二人がラディウスの元に駆け寄る。
苦しそうなうめき声が上がったは数秒。ラディウスがすっくと腰を上げた。振り返って二人の仲間を正面に据える。
二人が息を呑んだ。
端正な表情に貼り付くのは、親の仇を前にしたかのような憎悪。戦友に向けるにはドス黒い情が宿っている。
「ラ、ラディ?」
ラディウスの口端が吊り上がった。
殺意に呼応するかのごとく黒い瘴気が立ち上った。先程異形の王がまき散らしたものと酷似している。
ユハが目を見開いた。
「まさかあの瘴気、洗脳魔法の類だったの⁉」
「くそッ‼」
二対一。数的優位の確立は戦いにおいて基本中の基本だが、ラディウス相手にその常識は当てはまらない。同じ人間でも、ラディウスと二人の間には大きな力の差がある。
全員実力者であることに疑いはない。しかしラディウスは人類最強の傑物。人の身で抗うには人手が足りない。
仲間を助けるべく奮起しなければならない場面で、二人の顔を染めるのは怯えと絶望の色。ラディウスのそばで戦ってきたからこそ詰んだことを自覚している。
ラディウスが腰を落とした。最後の意地か、二人も腰を落として得物を構える。
無意味だ。いくら防御を固めたところで人類最強は止められない。次にラディウスの剣が煌めきを発した時こそ、強襲班が全滅する瞬間となる。
軍靴が床を踏みしめた。
距離を詰めた袈裟斬りで全滅――とはならなかった。ラディウスが得物を逆手に持ち変えて、その剣身を床に深々と突き刺す。
魔の傀儡と化した者にしては、あまりにも似つかわしくない行動だ。
「ユハ、ブルム……俺を、ころせ。早くッ‼」
「まさか、意識があるのか? すげえ! さすがだぜラディ!」
「感心している場合じゃない! ブルム、槍を準備して!」
「槍に? 何をする気だ?」
「解呪の魔法を穂先にかける! あの瘴気は強力よ、内側から干渉しないと助けられない!」
「よく分かんねえけど分かった! 任せるぞユハ!」
ユハがロッドの石突きで床を打ち鳴らした。何語か分からない言葉を口ずさむ。
ラディウスが剣を抜き取るより早く詠唱が終わった。ブルムが握る槍の穂先に銀色の光が灯る。流麗な光は、見るだけで心が洗われそうな輝きだ。
「左腕を落として! それで効力は十分なはずだから!」
「分かった! すまん、ラディ!」
ブルムが槍を振り下ろした。人工的な聖なる刃がラディウスの左腕に触れる。
切断に至る寸前、黒い煙が天井に伸びた。ラディウスの体から抜け切って宙にとどまる。
勢いのついた槍は止まらない。胴体から切り離された左腕が赤い軌跡を描く。
ユハとブルムが黒いもやを仰ぐ。
何をするわけでもない。もやが吸い込まれるように割れた窓の向こう側へ抜けた。
「ぐ……っ、追わな、ければ……ッ!」
ラディウスが顔を苦痛に歪ませる。
左腕を失ったばかりだ。腕の断面からは耐えず命の液体が流出している。相当なダメージがあるのは疑いようもない。
だから何だと言わんばかりに腰を浮かせた。右足を前に出して、体重を支え切れず前のめりになる。
ユハがロッドを投げ捨ててラディウスの体を抱き止めた。
「無理よラディ、あきらめて。この傷じゃ体力が持たないわ」
美麗な顔が悲痛に歪む。
勝利こそすれ、討ち果たした敵もれっきとした強者だった。ラディウスたちの体には疲労がたまっている。
精神の高ぶりは長くもたない。興奮状態が切れれば歩くこともままならなくなる。空中移動する瘴気を追うのは不可能だ。
「だが、俺は……ッ!」
ラディウスが再度軍靴の裏を浮かせる。
めまいで出鼻をくじかれた。戦闘で蓄積した疲れ、腕からの出血。積もりに積もった負債が無視できない規模となって人類最強に膝をつかせる。
ユハが右膝を立ててしゃがみ、宝石のような蒼い瞳を覗かせる。
「後日仲間の手も借りて捜索しましょう? 瘴気のことを知っているのは私たちだけなんだから、まずは情報の共有を最優先すべきよ。下手に追って全滅したら目も当てられないわ」
「俺もユハに賛成だ。ラディ、今の俺たちじゃどうしようもねえよ」
「ユハ、ブルム……」
頼む、追わせてくれ。ラディウスは願いを視線に乗せる。
二人の首がかぶりを振った。
「あなたの責任感の強さは知ってる。だけどお願い、ここは退いて」
「俺からも頼むよ、ラディ」
ユハとブルムが懇願する。
特にブルムの表情には罪悪感が色濃くにじんでいる。ラディウスの腕を切断したことに罪悪感を覚えているのだろう。
斬り落としたのはブルムだが、ラディウスは自分の口で殺せと告げた。憑依や洗脳の類にかかっていたのだ。首を落とされても文句を言う権利はない。腕を狙った友人に感謝こそすれ、恨む道理などあるはずもない。
戦友にして親友。そんな二人に悲しい顔をさせてしまった。ラディウスは砕かんとばかりに奥歯を噛みしめた。指をぎゅっと丸めて、強く握りしめた拳に血がにじむ。いずれ二人に報いなければと強く誓う。
「……分かった、二人の言う通りにしよう」
ユハとブルムが安堵の息を突いた。
「ありがとうラディ。さあ、早く城を出ましょう」
「そうだな。二人とも、すまないが肩を貸してくれるか?」
「もちろんだ」
ラディウスは戦友の肩を借りて主なき王座の間を後にする。
三人の懸念は後日、最悪の形で現実になった。
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