状況整理


「すっげぇ……」


ウィルベルトの魂、羽山秀仁はやま ひでひとは公開された告知動画に対して感嘆のため息を吐いた。


投稿前に完成品は見ていたのだが、実際にSNSアプリに投稿された状態で見ると、歯車が回り出した実感が湧いてくる。


「とは言っても、バイト入れないとなぁ」


と、ヴァレフィセンスの管理表を見ながらさっきとは別のため息を吐く。


振り返ると、正月、パソコン部のOB達で集まった時に盛り上がり、その勢いで立ち上げたのがヴァレフィセンスというグループだった。程度の差こそあれ、長く一緒に活動した身内のノリが色濃く残るズブズブな関係性のグループではある。


しかし、再会の熱に浮かされながらも、クリエイターとして活動している彼らは堅実だった。


金銭の管理はきちんとあとぐされがないように事前に取り決めてあった。曰く、制作物を利用する権利の所在は制作する前に決めておくこと。


ウィルベルトの初配信を例に上げよう。

VTuberとして利用する立ち絵や2Dアバターは、秀仁が仲間内のイラストレーターにお金を払って依頼を出して制作してもらった物だ。それらを利用する権利は秀仁に帰属している。もし、ヴァレフィセンスから出るゲームに利用することになった場合、秀仁に許可を取らなければならない。


配信で利用したヨーロッパ風の街並みはゲーム制作組が権利を持っているので、ゲーム制作組のディレクター現場監督に許可を取っている。街並みの3Dモデルの制作者や画面効果などを担当したプログラマーとの話し合いは彼に任せている形だ。


つまり、基本的に人に頼んで作ってもらう場合はお金を払い、作られたものを利用する時は許可をとる。ぐらいの話だ。今のところ利用する時に金銭を払ったことは無い。金銭感覚は堅実だと表したが、実際はやはり中々にズブズブの関係なのかもしれない。


ちなみに、ゲーム制作組内では人に頼んで作って貰っても金銭の取引は行われない。ゲームを公開して、その収益を後から等分することになっている。メンバーに信頼がなければ破綻する計画だが、部活でインディーゲーム大手の出資を受けていないゲームを制作していた時と同じ条件のため、反対意見は出なかった。


VTuber組は配信で得た収益を自分のものとする代わりに、ゲームでの収益は手に入らないことにしていた。


なので、ゲームで声優を担当する時はゲームの収益が俺に入らないので依頼が来ることになっているし、配信で使用するロゴなどはVTuberの収益が相手に入らないので依頼して作ってもらっている。


ちなみに、このVTuber組にはデビューした3人の他に、動画編集者を中心とした公式チャンネル組も含まれている。


そして、そういった管理は秀仁が中心になって行っている。企画を立案したのが彼だったのと、パソコン部での彼の立ち位置が制作進行を管理するプロデューサーという役割だったので流れでヴァレフィセンスのプロデューサーを引き受けることになったからだ。


中々いびつな体制だが、彼も中学高校と6年間プロデューサーをやっているベテランだ。周りがその進行に慣れているともいう。身内で完結する分には上手く回していた。


まだ誰も知らないことだが、規模が大きくなり、人を増やすことになったとき、この制作体制が信頼にもとずいて成立していることを知っている秀仁は、OBの先輩方に相談し、起業して事務員を雇うことになるので安心して欲しい。まだまだ遠い話だが。


こうして個人勢でありながら裏方のクリエイターも含んだヴァレフィセンスというグループが完成した。


「飛ぶように時間が過ぎていったなぁ」


旧友達と酒を飲み、VTuber企画が立ち上がったのが1月上旬。シナリオライターの柳田蒼司やなぎだ そうじを中心に相談を経て大凡の概要が決まったのが1月中旬。そして、VTuberの立ち絵が1月の終わりには完成していた。


それから、VTuber組でのデビュー配信の相談、ゲーム制作陣とのシナリオの打ち合わせ。同時進行してSNSや配信用のアカウントの作成、街並みの3Dモデルの作成や2Dアバターの制作など様々な準備が進んでいった。


そして、3月1日の今日、予告動画が投稿され、3月8日にデビュー配信を行うことが発表された。

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