VTuberの意義

「いいじゃないか」


俺は蒼司にキョトンとした顔を晒してしまう。会議アプリのウィンドウに映る間抜けな自分の顔を見て気恥ずかしい気持ちを覚えた。


過去のVTuber活動で心を病んだと言っても体調に異変はきたしていなかったし、よくある話といえばそうなので、微妙な反応になるかなと心構えはしていたのだが。いいじゃないか???どこが?


「キミは自信がないようだけど、そのVTuberは中々魅力的なキャラクターだよ」

「そのVTuberはって、特に演技してなかったから俺自身なんだけど」

「確かに、そうなんだろう。でも、僕が思うにその認識がキミの負担になっていたんだと思う。人間には自己意識というものがある、他者と自分の境界線を認識する、という事だな」


どうやら、俺を慰めようという意思はあるらしい。それでどうして自己意識なんて言葉が出てくるのかはわからないが、彼はそういうことがよくあるやつだ。蒼司は一度コーヒーを飲み、また話を続ける。


「そして、人間はふいにこの自己意識を大きく変えてしまいたくなることがある。酒で手っ取り早く理性を薄めたり、深夜テンションで適当なことを言ってみたり、会社員がスーツを着て苦痛を誤魔化したり、休日に私服を着てハメを外したり、VTuberにとしてなりたい自分になってみたり、な。」

「ふーん」


まとめると、ストレスを発散するのに、別の人格を用意したくなる、といった所だろうか。理解出来ていないわけではないと思うのだが全然話が見えてこない。


「先程は自己意識を大きく変えるという表現をつかったが、僕はこの行動達は自己意識を拡張しているように感じている」

「自己意識を拡張?」

「そうだ、俺は私はこんな器ではない、他にも色々出来るんだ!と、まあ、そういった具合にだな。他人事のように言っているが、かく言う僕のシナリオライターとしての行動もこれに当たるのではないかと思っている。自分では勇気が出ない行動を、体調に、服に、文字に託して拡張するんだ」

「なるほど?でもそれなら、高校の時にやってたVTuberは俺とは別のキャラクターじゃなく、俺自身を拡張した存在ってことになるんじゃないか?」

「……本当だな」

「おい」


場に弛緩した空気が流れる。彼はそれを誤魔化そうと口元にコーヒーカップを持っていき、中身が既にないことに気づいて机に戻した。


「自己意識への見解を述べていたら道が逸れてしまったが、僕は、ストレスを発散しているんだから気にせず別人だと思うべきだと言いたかったんだ。僕は色々と小説を書いているが純愛もののラブラブが僕の拡張した自己意識と言われると微妙だ。」


冗談のつもりで言ったことが思いの外効いたらしく、本当に苦い顔をしている。正直、彼の話は俺の悩みから外れているような気がする。それでも話は面白かったし、彼の気遣いに免じて、あのVTuberは俺のがわではなく、そういうキャラクターだったのだ、と、思おうとして、違和感を感じる。


「でも、VTuberをキャラクターだと思うのはなんか嫌だな」


これは、ふと浮き上がってきた、俺の深層心理だ。


どんなに言い繕っても彼らは制作物であり、そうである以上キャラクターという言葉を避けるのは面倒臭いことこの上ないし、今後も便宜上この言葉を使うだろう。しかし、それでも、俺はVTuberは生きていているのだと思いたかった。


もし、VTuberが俺の自己意識の拡張、なりたい自分になるための架空の器だとして、それでも開き直ってキャラクターだと割り切れば良いと言ってくれるのなら、


もっと突き詰めて、VTuberは生きていると思っても、良いんじゃないか?


「VTuberはキャラクターとかじゃくて、人間というかなんて言うか、取り敢えず生きていて存在しているものだと思いたい、かもしれない」


最後の最後で怖気付おじきづきつつもそう伝えると、蒼司は思案気な顔をし、そして、それから俺のVTuber像への質疑応答が始まった。


「面倒臭いやつだな。キミは」


そう笑いながらも、シナリオライターである彼も、自身の描くキャラクター達に同じような思いがある事を教えてくれた。



そして数日後、蒼司は、俺を通して世に出ていくVTuberの"今までの物語"と”これからの物語”を書き上げてくれたのだった。

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