第15話「幼馴染と再会」

イル同様に赤い服を着た男が二人。彼らがここで動いている用心棒らしい。


「初めまして。先生」


背の高い男は会釈した。


「リブラさん、そういえばカジノの警備の仕事を受けてましたね」

「よォ、イル。そっちはマダムの警護だけでなく先生の警護もしてたのか」

「マダムからのオーダーでね」


リブラと呼ばれた男は辺りに目を向ける。もう一人のほうをアンジュは二度見して

しまった。相手もアンジュを見て表情を綻ばせる。


「久しぶりだな、アンジュ」

「スバル!」


スバル、アンジュの幼馴染だ。彼は随分華奢に見える。着込んだ赤いコート。

二人の関係にリブラもイルも驚いていた。用心棒グループ、その中でも彼は

高い格闘能力を持っているという。


「そういえば、格闘技を色々習ってたよね?」

「まぁな」

「なんか、家にトロフィーが大量に並んでたのは覚えてる」

「たまたま勝てただけな」


スバルは乱暴に後頭部を掻いた。


「思いますよ僕。スバルさん怒らせるとロクなことありませんから」

「なんだそれ」


イルの言葉にスバルは眉をひそめた。路線がズレて来たところでリブラは空気を

読んで彼だけで警備員を連行していった。


「今はどうなってるんだ、アンジュ」

「カリスさんが監視カメラの記録などをチェックして刺青の男を探しています。

オークション会場にいた人には犯行は出来ない。でも、それは―」

「人間の話、だな?盗まれた商品はいわく付きの商品だったらしいぜ」

「金色の指輪、それはねソロモンが所持していた指輪であるとされているのよ」


イヴはそう付け加えた。ソロモン、そしてアンジュが持っている魔導書。関係が

無いとは言い切れない。


「金をつぎ込めば買えるんだ。だが盗むという手段に出たのは何が何でも、どんな

手を使ってでもそれを入手したい理由があるから」

「まさに強欲、か…」


遅れてここに来たのはフリッツだった。少しぐったりしている。


「探したよアンジュ。ほら、頼まれてたことをしてきたんだよ。そしたら刺青の男、

ダーティムーンっていう組織に所属してたって」

「ダーティムーン?それにしてたって…」

「ダーティムーンが元最弱組織よ。それでつい最近、解散したのよ。噂では資金枯渇

だったかしらね」


イヴはそう説明する。資金枯渇で崩壊した組織に所属していた狐の刺青の男。

彼と組織で何か繋がりがあるはずだ。


「その繋がりが分かったんだよ」

「え?」

「刺青の男、自分をマモンって名乗っているらしくてね。彼がその資金枯渇の原因を

作ったらしいよ。枯渇だけでなくて、他の組織に取り入って襲撃するように

促したりもしていたらしい」


糸を引いて事を起こしている男、マモン。それが本名なのか自称なのか分からない。

しかし彼がやはりこの事件に強く関係していると考えるべきだ。


「で、どうでもいい話なんだけど…そちらは?」

「スバルだ。アンジュの幼馴染、今はこっちの用心棒をしている」

「用心棒!それに幼馴染かぁ」


フリッツは見定めるようにスバルを見る。スバルは困惑している。フリッツは記憶の中からある情報を引っ張って来た。


「君、格闘家でしょ。僕のお客さんの中に格闘技観戦が趣味の女の子がいてさ。

スバル・ジークルーネって名前を聞いたんだよ。雑誌にも取り上げられてたし」

「そんなの、まだ残ってたのか」


スバルは恥ずかしく感じて、僅かに目を泳がせる。常勝無敗、加えて顔も良し、

女性ファンが多い理由はそれだ。


「それと、カリスが呼んでたよ。その男の所在が分かったって」

「ホントに!?早くね…?」

「行ってきなよ。ソイツが本当にその男かどうか確かめないと」


フリッツはそう催促した。アンジュたちは早速会場を出てカリスのもとへ

向かう。その道中だった。渇いた発砲音が聞こえた。


「銃声か!?」

「…イヴ、カリスさんの部屋は?」

「すぐ上の階よ。さっき、銃声が聞こえた部屋」


彼女たちは急いで部屋に向かう。扉を開き、目を丸くした。急所は外れているが

銃弾を受けて血を流しているカリスが壁に寄り掛かるように倒れている。

アンジュが一歩踏み込んだ時にすぐスバルは彼女を自分の方に引き寄せ庇う。床に

仕掛けられていた爆弾が爆破し、足場が崩れた。


「本当だったら、アンジュと俺たちとを分断する気だったんだろうな」


アンジュは目を凝らして薄暗い空間を把握する。カリスの方はまだ息がある。

急所を外れていたからだ。相手は殺すつもりは無い。だが抵抗されたために

応戦し、結果的に発砲したという事だろう。


「…イヴ?大丈夫?顔色が悪いよ。それにスバルまで」

「お前…何ともないのかよ…」


スバルは頑強な身体を持っている。多少毒への耐性も備えている。そんな彼の全身

から汗が噴き出ている。まるで長時間動き続けたときの様だ。イヴも苦し気。よく

目を凝らすと白い煙が漂っていた。


「私、他の場所の様子も見て来るよ」

「無理するなよ、アンジュ。何か不安だ」

「気を付けるよ」


そう言ってアンジュは廊下を走る。この煙の正体は分からない。しかし異変は

カジノ内で起こっていた。オークション会場付近を通りかかったとき、マダムに

声を掛けられた。マダムノワールも含め女性たちは特に異常がない様子だ。


「もしかして…この煙、女性には効果が無いのかも」

「男にだけ効果がある煙?そんなもの、あるのかしらね…」

「無いと思うけど、魔法って言ったら信じてくれます?」

「信じるわよ。貴方の言葉ならね。行くのなら、気を付けて」

「ありがとうございます、マダムノワール」



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