第14話「狐の刺青」

バーのカウンター席に座ってイヴに用件を伝えた。


「狐の刺青ねぇ…分かったわ。色々情報を集めてあげる」

「ありがとうございますイヴさん」

「良いのよ、私の事はイヴで。さん付けするならカリスだけにしておいたら

どうかしら?」

「そうなの?じゃあイヴ、お願いね」


イヴのバーには老若男女問わず酒に飲んだくれる客が集まる。女性の扱いに長けた

フリッツには女性を中心に情報を集めて貰う。イヴには主に残りの客から情報を

集めて貰う。


「オイ、聞いたか?」「聞いたよ。オークション会場で盗難事件があったんだろ?」

「あぁ、盗まれたのは金色の指輪だってよ」「何だってそんなのがオークションに」


不穏な事件の予感。その話し声を二人は揃って聞き耳を立てて聞いていた。


「あ、ちょっと待ちなさいアンジュ!行くの?」

「そのオークション、マダムノワールも参加しているんです!」

「私も行くわ。丁度声を掛けられてたのよ」


イヴとアンジュが話を聞いて動いたのは数時間後の事。オークション会場は

騒然としている。


「アンジュ!?」

「マダム!これって…」

「見ての通りよ。次の商品、私は楽しみにしていたのだけれど…突然停電が起こって

気が付いたら消えてたのよ」


ご立腹らしい。マダムノワールは腕と足を組んで乱暴に椅子に座った。アンジュを

二度見してハッとする。


「そうよ、そうよ先生!今こそ貴方のでばんではなくて!?」

「えぇ?」

「作家探偵アンジュ・イングラムの出番よ!」

「えぇぇぇ!」


マダムはアンジュに有無を言わせずに全員に高らかに宣言した。


「彼女が必ず事件を解決して見せるわ!」

「言っちゃったわねぇ…ああなったらマダム、止まらないわよ。でも貴方、犯人に

心当たりがあるって言ってたじゃない」

「そうなの?アンジュ」

「そうかどうか分かりませんけど、悪魔を探しているって言ったじゃないですか。

それでヒントを得ることが出来たんです」


アンジュは自身の右胸に手を当てる。


「体の何処かに狐の刺青がある人が怪しいんです」

「…今、狐の刺青って言った?」

「言いました」

「いたわ!ソイツ、いたわよ!名前は知らないけど自分は強欲だって言ってたのよ!

男だったわ。胸元に狐の刺青があったの」


それを聞き、辺りに目を向ける。そんな男は見当たらない。彼はこの場を離れたの

だろうか。


「アンジュさん、マダム!」

「カリスさん!」


隻眼の男カリスがやって来た。


「まさか、探偵だったとは。私たちでも手伝えることがあるでしょう」

「だったら人探しをして欲しいんです。狐の刺青を持つ男。ついさっきまでこの

会場にいたらしいので、まだそう遠くに行っていないはずです!」

「分かりました。監視カメラも調べながら彼の居場所を探します」


カリスは早々に動き出した。彼が狐の刺青を持つ男の行方を探っているときに彼が

犯人とも限らないのでアンジュは他の人が犯行できない理由を集める。マダムの話

ではオークションで商品が公にされてから停電が起こり、気が付いたら消えていた。

だからオークション会場にいた人間が盗むのは難しいだろう。盗んだとしても今、

この会場から逃げ出すと余計怪しまれてしまう。賢く、何も後ろめたいことが

無ければ離れる必要は無い。


「それにここの出入り口は一つしかないわ。必ず警備員の前を通ることになる」

「そうだけど、そうとも言い切れない。怪しむつもりは無いけど、警備員と

犯人が繋がっていて警備員が黙認していたということも考えられる」


イヴの言葉にアンジュはそう告げた。警備員が犯人と、信じたくはないがそういう

可能性も0ではない。アンジュは扉の近くに立つ警備員に目を向ける。中年の男は

頻りに時計に目を向けていた。度々辺りに目を泳がせる。


「…後ろめたいことが無ければ、あんな慌てることは無いはずだけど」

「客ならまだしも警備員が焦る必要は無いわよね。既にカリスもここの警備員が

悪いわけでは無いから安心しろ、ぐらいは言っているでしょうし」

「ハロー効果」

「うん?」

「心理学の用語です。相手の最も特徴的な部分だけで相手を判断する。その良い

一例が警察官ですよ。警察官は悪人を捕まえる正義の味方、そういう考えが私たちは

根付いていますから…まぁ言いたいことは、あの警備員も怪しい、何かを握っている

ということです」


警察官は絶対に悪人と繋がったりしない。本当か?警察官も一人の人間だ。自分の

メリットが大きければ、何か褒美が提示されれば喜んで依頼を受けるだろう。

アンジュは彼に近づいた。


「こ、これはこれはアンジュ・イングラム様!それにイヴさんまで。これは、大変な

ことになりましたな」


平静を取り繕って彼は敬礼する。アンジュとイヴは目配せした。


「オークションの最中に会場を出て行った人、いなかったかしら?」

「はて、私は分かりませんね」

「いなかった、とは言わないんですね」


アンジュが揚げ足を取る。


「停電があったと言っていたでしょう?分かりませんよ、誰かまでは」

「でも、いなかったわけでは無いのね」


次はイヴが揚げ足を取った。警備員は愛想笑いを浮かべているが額からは脂汗が

滲んでいる。どうにも怪しい。やはり何か知っている。


「そういえば、何やら良いことがあったんじゃないですか?警備員さん」

「え、わ、分かります?いやぁ、つい最近良いことがあったんですよぉ~」


警備員の表情は偽りから本物の笑顔に変わった。本当に彼にとって良いことが

あったようだ。


「それでそれで?一体何があったんですか?気になります!」

「良いですよ、特別ですからね」


警備員はすっかり上機嫌になってアンジュの声に答える。イヴは感心した。

上手く相手の懐に入り込んで話を聞き出そうという考えが分かる。彼の良いこと、

それはなんと大きな金が手に入るという話。頼まれ事をされて、引き受けてくれたら

大金をやろう、怪しいことなんて一つもない。そう言う話だったらしい。


「それってどんな人?やっぱり大富豪とか?」

「いやぁ若い人でしたね。先生と同じぐらいの年齢じゃないですかね」

「え、若くない!?」

「刺青をしてますよ。狐だったかな―うん?」


上機嫌だった警備員がようやく気が付いた。自分はまんまと思考誘導され、思わず

口が滑った。


「あの、どうかしましたか?」

「あ、あーいや…ははっ」


苦笑。イヴは眉をひそめた。


「そういうことね。聞いてた通りよ、連れてっちゃいなさい。用心棒さん」

「用心棒?」

「マダムの用心棒と同じチームの用心棒よ。まさか、こんな風に集まるなんてね」


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