第12話「バーテンダーからの話」
外に出た頃にはマダムノワールの姿は見当たらない。少し時間を掛け過ぎたせいで
彼女は何処かに姿を消したのかもしれない。
「大丈夫~?御嬢さん」
「え?」
アンジュは反対方向を見た。あまりの距離の近さに身を反らせる。赤の他人という
には物理的な距離が近い。
「あの、近いです近い」
「良いじゃな~い。僕らと遊びに行かない?楽しいこと、しようよ~」
その時に先に言われた言葉を思い出す。カリスの忠告、孤立した女はさぞ弄びする
ことは楽だろう。かといって下手に反論すると彼らのような人間は面白がる。
どうするべきか悩んでいた時に渡し舟が来た。
「悪いんですが、彼女は貴方たちのような人と遊ぶには相応しくない。無論、
貴方たちが彼女には相応しくないという意味です」
小柄な青年は目立つ赤色の服を着ている。スーツとも違う、私服。この場に
似合わない服装だがここに入る事を許されている。見覚えのある顔だ。
「あぁ?テメェこそ似合ってねえんだよチビ!」
「女より小さい男がいるのかよ!笑えるぜ!!」
男たちはまず見た目から指摘した。
「あら、そう?じゃあやっぱり貴方たちは私には似合わない。背丈って、そんなに
大事?残念だけど、私は身長差なんて一番最後。大事なのは、性格…かな」
アンジュの言葉に男たちはピクリと反応した。自分たちが愚弄されたとでも勝手に
思い込んでいるのだろう。それでもアンジュは退く姿勢を見せない。
「短気な人は嫌い、酒癖、女癖が悪い人も好きじゃないから」
「ンだと、コラァ!!!」
額に青筋を浮かべる男たち。彼らにとってアンジュは簡単に壊せるような儚い存在。
捕らえるなど造作もないだろう。だが運はアンジュに味方をしていた。
「さがってください」
小柄な青年がアンジュをさがらせて、彼らに応戦する。決着は早々についた。
彼らのような破落戸は青年にとって取るに足らない相手だったようだ。その高い
実力をアンジュは目にした。これは本物であるとも判断する。
「マダムの用心棒なのに…」
「そのマダムの新しいオーダーです。貴方の護衛も、僕たちの新たな任務です」
「そっか…それでも助かったよ。ありがとう、えっと…」
「イルです。よろしくお願いします」
礼儀正しい用心棒イル。彼は少なからずチビと呼ばれたことを気にしていたらしい。
時折気まずそうな表情を彼は見せた。ここで変なフォローを入れると彼のプライドを
傷付けてしまいそうだ。
「マダムノワールは?」
「オークションに参加していますよ。マダムから謝罪の言葉を預かっていました。
時間が迫っていたから、後でしっかり謝るわ。ということですので」
「そっか。そんなこと、わざわざ謝らなくてもいいのに…」
華やか、そして賑やかなカジノ。そこには富裕層なりのプライド、そして彼らの
巨大な欲が渦巻いている。カジノ内に存在するバー、そのカウンター席にアンジュは
腰を下ろして体を伸ばした。
「あら、兄妹?それとも、恋人かしら?」
「まだそれは早いです。これから友だちになる予定です」
予想していない言葉にイルは驚きを隠せなかった。
「と、言っているけどアンタはどうなのよ。用心棒さん」
「そう言われましても…」
バーテンダーの男、イヴは反応に困っているイルを見てニヤニヤしていた。
「貴方の事、良く知ってるわよ。アンジュ。最近、凄く有名じゃない。驚いたわ、
こんな場所におめかしして来ているなんて」
「マダムノワールに助けられたんです。家が元通りになるまではお世話になることに
なっています。イヴさん、少し馬鹿げたことを聞いても良いですか」
「構わないわよ」
イヴは手慣れた手つきで飲み物を用意する。グラスに飲み物を注ぐ。
「七柱の悪魔、もしくは普通に悪魔とか、噂話でも何でも良いので聞いた事が
ありませんか」
「本当に変わった質問ね?でも、聞いた事があるわよ」
「本当ですか!?」
「バーテンダー舐めないで。ここじゃ酒に酔ってみんな口が軽くなるのよ。色々
話だって出て来るわよ」
周りではほろ酔いの客たちが楽し気に話を交わしている。陽気な彼らは口が軽く
なるのだ。イヴは客の数名が悪魔について話しているのを聞いていた。
「マモン…強欲を司る悪魔ね」
「こんな場所だし悪魔だって寄って来て当然よ。強欲だっていうのなら猶更ね。
だってここでは大勝負をすれば大金が手に入るもの。ほら、世の中ある意味
金が全てでしょう?金が無ければ衣食住を確保することが出来ない。金があれば
最低限の衣食住は確保できる」
「そうですね。お金は無くて損をすることはあるけど、あって損することは
少ないですよね」
「分かってるじゃない。そうねぇ…貴方の家の事、噂は色々飛び交ってるわよ。
事故、事件、色濃いのは後者よね。人間って自分が持ってない才能を持っている人を
妬みたくなるじゃない?」
イヴの言葉にアンジュは少なからず核心を突かれていた。昔は想像していなかった。
こんなに恵まれた環境、そして名誉。運動も出来ない、大嫌いで友だちも上手く
作れなかった。
「分かります、その気持ち…じゃあもしかして…」
「そうね。無いとは言えないでしょうけど、深く考え込まない方が良いわ。それは
とても苦しいもの。だけど、そういう気持ちを抱く人間もいるというのを忘れちゃ
駄目よ」
教えを説かれている気分だ。だがそれは何も間違っていない。その後に彼から
悪魔についての噂を聞いた。
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