第11話「欲が集まる場所」

この広い一室を借りてアンジュは生活していた。

マダムノワール、イライザの家で居候して今は一週間が経過していた。


「ねぇ、アンジュ。良かったら私と出かけない?」

「出かけるって…何処ですか」

「七柱の悪魔が好きそうな場所。欲が集まる娯楽施設、カジノ・マギアよ」


この地域に存在する最大の娯楽施設カジノ・マギア。多くの貴族や富豪たちが

そこで豪遊していくのだ。それゆえに欲が集まる。金に目が眩んだ者は多くの目を

搔い潜ってイカサマを仕掛けたりする。もしくはディーラーと手を結んだり。


「そこに行くためにはまず、ドレスを用意しないとね」


彼女に連れられて着替え室で幾つかのドレスを試着する。色々見ながら、特に

イライザは拘りがあるようだ。何時間も経って、ようやく着替えた。

黒を基調にした青色が差し色のドレスを身に着けて、イライザの車に乗る。同じ

男が運転をする。



目的地に到着すると、イライザが先に降りる。彼女に手を差し出したのはもう一人の

若い男。グレイと呼ばれる男だ。


「さぁ、貴方も」

「いや、私は―」

「良いじゃない、先生。行きましょう」


不慣れながらアンジュも彼の手を取り車から降りる。彼女が下りたのを確認してから

車は自動でドアが閉じた。カジノ・マギア、富裕層が多く集まりカジノを楽しむ

場所。当たるも八卦当たらぬも八卦。しかしこんな場所ゆえにイカサマも

起こるのだ。


「ちょっと!それはイカサマよ!!ディーラー、しっかり目を光らせていたのかしら!?」


一人の女性が癇癪を起していた。彼女は相手の男がズルをしているだろうと考えて

いる。ディーラーには責任があるというのだ。困り果てているディーラー。そして

そんなはずは無いと嘘を吐く男。


「どうされました、お客様」


そこにやって来たのは隻眼に長い金髪、そんな容姿の男だ。ここに来て居る客の中に

彼を知らない人間はいない。総支配人兼ディーラー、カリスという人物だ。


「カリス様!?」

「変わりなさい」


そう言って彼はその場にいたディーラーからトランプを掠め取り、手札を切る。

鋭い観察眼を持つアンジュは彼の手捌きの違和感を見た。ゲームが始まってすぐ

イカサマをしていたであろう男は負けた。次は彼がカリスを疑った。何か細工を

しているのではないのか、と。思わずアンジュはそれを否定した。


「イカサマをしていたのは貴方です」

「しゃしゃり出てくんじゃねえよ!」

「見てましたから。貴方は何度もディーラーを見ていた。対人ゲームでディーラーを

見る必要は無いと思いますよ。女性とゲームをしていたのなら、彼女との心理の探り合いです。ディーラーを見る必要は無い。貴方の眼から察するに、恐らく二人で

タイミングを見計らっていたのでしょう。最初から飛ばし過ぎるとすぐに

怪しまれてしまいますからね」


アンジュはカリスの後ろに控えているディーラーに目を向ける。彼の眼は泳いで

いる。カリスは暫く思案してようやく納得したようだ。


「なるほど、そういう事ですか」


カリスの合図でこのカジノの警備員たちが二人を連行する。何処に連れて行かれ、

何をされるのか、それは誰にも分からない。カリスは戸惑う人々に伝える。


「お騒がせして申し訳ありません。引き続きカジノ・マギアでの有意義な時間を

お楽しみくださいませ」


再び客たちはギャンブルに浸る。


「全く、お人好しなんだから先生」

「だから言ったじゃないですか。私、こういう場所には向いていないって」


イライザに対してアンジュはそう言った。


「これは、マダムノワール!ようこそ我がカジノへ。そちらは今や大人気の作家

アンジュ・イングラム様ではありませんか」

「あら、流石ねカリス。彼女はアンジュ先生よ。先日、家が全焼したって記事が

あったでしょう?それで私、彼女の衣食住を守っているのよ」

「はい。居候させて頂いています。でも、大人気というのは少し恥ずかしいです。

私、まだまだですから」

「謙虚ですね、イングラム先生。貴方は充分素晴らしい作家だと思いますよ。私も

貴方の小説を拝読しましたよ」

「ありがとうございます」


カリスと言う男はアンジュに注目している。先の言葉、それは当て推量では出来ない

推理だ。


「貴方は素晴らしい観察眼を持っているようですね。だからこそ貴方はこれだけの

素晴らしい小説を作り出せるのかもしれません」

「カリス、貴方は七柱の悪魔について知らないかしら?」

「悪魔…これはまた現実味の無い話ですね。私よりも、もう少し客と接することが

多い従業員に話を聞いた方が良いかと」


彼はそう提案した。彼は支配人としての仕事がある。ギャンブルを楽しむために

来た客と接することよりも、もっと上VIPと関わることの方が多いのだ。

もっと多くの話を集めるのであらば自分だけではなく他にも聞くべきだという。


「イングラム先生」


去り際、カリスはマダムとは別に彼女を呼び止めた。


「ここはカジノ。富裕層の中には貴方ぐらいの女性に下心を抱く者も少なく

ありません。こちらも目を光らせておきますが、どうかお気を付けを」

「分かりました。忠告、ありがとうございますカリスさん」


カリスは一人、その部屋に残っていた。悪魔の話、それは少なからず耳に

したことがあった。欲に塗れた人間が集まる場所、ここに来るとするならば

その悪魔は強欲を司るだろう。


「強欲の悪魔か…」


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