File2.ソロモンリング盗難事件-強欲-

第10話「マダムノワールの提案」

アンジュ・イングラム邸、全焼。放火か?

作家アンジュ邸、全焼!

新聞の一面を飾る新たな大事件。全員がそれに注目していた。その新聞はとある

マダムの目に留まった。


「…何ですって!?これじゃあ、彼女の小説が読めないじゃない!」


マダムノワール、黒いドレスの似合う美女。彼女の部屋の本棚、最も目立つ場所に

何冊か本が並べられている。デビュー作から最新作、全てが揃っている。

著者アンジュ・イングラム。



意気消沈しているアンジュが立ち直るにはもう少し時間が必要だ。今は焼けて消えた

家に代わって提供された仮設住宅を使っていた。


「アンジュ」

「グリフィスさん、来てたんですか?」

「…あぁ。大丈夫、ではなさそうだな」


グリフィスは哀し気な顔をしていた。良く休むことが出来ていない。アンジュの

気分は良くないだろう。アンジュもそれを認めている。


「自分の家が消えて、ショックで…早く立ち直るべきなんでしょうけどね」

「そんな無理に立ち直る必要は無い。それだけお前にとって大切な物の一つだと

言う事だ。ショックを受けて当然だろう。俺は早く立ち直れと催促する気はない」


その言葉は心から出た言葉だ。その時に、この質素な仮設住宅に足を運んできた

人物がいた。その女性は庶民と言う事は出来ない高貴な雰囲気を出している。

綺麗な黒いドレスを身に纏った女性はボディーガードと共にやって来た。彼女を

アンジュは知っている。何せ彼女は式典にもVIPとして招かれていた。


「マダムノワール!?」

「貴方がアンジュ・イングラム先生ね?会えて光栄だわ」


黒いレースの手袋を脱ぎ捨てて彼女はアンジュの手を両手で握った。マダムは目を

キラキラと輝かせている。


「最新刊、読みましたわ!とっても面白かった!!謎解き小説って少し難しいじゃない?

だけど今回のシリーズ、読みやすかったわ!セオリー通りの推理小説なんて

つまらないと思ってたのよ!!」

「あ、ありがとう…ございます。それで、一体どうしたんですか?」


珍しい客人マダムノワールはまじまじとアンジュを見つめて、手を叩いた。


「そうね!ねぇ貴方、彼女を借りてもいいかしら」

「借りるって…俺は彼氏でも何でもないただの友人だから持っていてくれて

構わないが」

「あの、図書室の本みたいに言わないで!?」

「ピンポイントだな…」


アンジュの妙な例えに対してグリフィスはそう言った。マダムノワールは

彼女の手を引いて車に乗せた。豪華な車に慣れないアンジュは何度も

ここに乗るわけにはいかないと言ったが


「良いのよ。私、先生の小説が大好きなの。家屋全焼って聞いて、もう

ショックで仕方なかったのよ。だって、もしかしたらもう小説を読めないかもって

思ったのよ」


シックな車内。広い空間。マダムノワールは長い足を組んだ。アンジュはガチガチに

緊張している。失礼な事は出来ない。


「緊張しないで、先生」

「そう言われましても…」

「最新作って、先に起こった事件を元にしているんでしょう?驚いちゃった。まさか

先生が探偵だなんて」

「それは他の人たちが言っただけで、私はあくまで作家です」


そう言い張るアンジュを茶化すように笑ったマダム。その表情は普通の女性だ。

ただ好きな小説作家の大ファンの人。


「ねぇ、海に行けるかしら」


マダムは運転席でハンドルを握る若い男にそう尋ねる。彼はバックミラー越しに

二人を見た。


「えぇ、行けますけど少し時間がかかりますよ」

「良いわよ。行って頂戴、だけど急いでね」

「彼も護衛の?」

「そうよ。マダムですもの!悪い虫がつくのよね~」

「あらぁ、罪深いですなー」

「ふふん!もっと言って良いのよー!」


護衛、用心棒任務を担う若者グループ。若者ゆえに危なっかしいのではないかと

考えられることもあるらしい。実際マダムの客人の中にはそう彼女に告げた人も

いるという。


「貴方の眼で見て、彼はどうかしら。先生」


車が停車し、再び若い男はバックミラー越しに顔を覗かせた。彼はあどけなさが

ある笑顔を見せた。


「年齢、私とそう変わりませんよね」

「19歳です」

「やっぱり…」

「で、どうなのよ先生」


マダムはワクワクしていた。


「流石マダム!見る目がありますよ!絶対に彼らを手放さない方が良いですよ!!」

「でしょ!?そうでしょ!?やっぱり先生の目にも私の眼にも狂いは無いわね!」


と、二人は意気投合していた。一時間ほどして車は浜辺近くに停車した。海から

潮の香りを纏った微風が吹いた。


「ねぇ、貴方の事をアンジュと呼んでも良いかしら?」

「勿論ですよ、マダム」

「だから貴方も私の事はちゃんと名前で呼んで頂戴。私、マダムノワールの名前は

イライザ・ティーダよ」

「はい、よろしくお願いしますイライザさん」

「アンジュ、家が再度建つまで…いいえ、やっぱり好きなだけ。私のところに

来ない?」

「えぇ?」


イライザは手を差し出した。


「衣食住を保証するわ。私は貴方の仕事を邪魔することもしない。作家として

動くためにもしっかりした住居が必要でしょう?」

「でも…そんな。タダ飯なんて!」

「その代わり、一番に私に最新作を読ませて。これが交換条件よ」


イライザの熱心で粘り強い説得に負けて新しい家が出来るまでは彼女の邸宅に

居候する形でアンジュはそこにいることになった。そこで作家としての仕事を

する。


「人外と人間、絶対に相容れない存在同士の繋がり…私は好きよ。囚われない

関係って。悪魔についても承知しているわ。その事件の解決、是非とも私たちにも

協力させて頂戴」

「私たちって…」

「今はマダムに雇われてるんでね。オーダーとあらば、手を貸しますよ」


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