第9話「事件の糸」

客たちを外へ避難させたフェリクスは扉に目を向けていた。その奥では今まさに

戦いが繰り広げられている。


「心配かな?彼らが…人外を嫌うけど、君は良い人だね」

「は?俺がか?だとしたら世界中全員、良い人になっちまうぜ…悪魔」


その男に向けてフェリクスは悪魔と呼んで、剣を抜いた。


「待ってくれないか。僕はこの事件には無関係だよ。元より力のない小心者だから

君の様に戦いに秀でている聖職者と戦っては僕はすぐに負けてしまう。僕が人間と

敵対して得するようなことは無い」

「よく言うぜ、悪魔。テメェ等は好き好んで人間を陥れるだろうが」

「それが悪魔の務めだからだ。僕たちは誘惑をして人間の精神を鍛える。天使は

彼らに助言をして彼らを支える。それが気が付けば僕たちは悪者になってしまった…

人間と言うのは自分に都合が悪いものは全て他者に擦り付けたがる、だろ?」


ナシームのブラウンの髪は一瞬で色を変えた。瞳の色、容姿、全てが変化する。

濃いピンク色の髪に蛍光色、黄緑の瞳。彼は悪魔である。ここまで完璧に容姿を

変化させることが出来る悪魔は一人だけ。


「―色欲の悪魔アスモデウス」



扉の奥では吸血鬼と言う正体を露わにしたドルトンと人間の血というドーピングを

自身に施したグリフィスが戦っていた。


「ば、馬鹿な!?聞いていた話と違う!混血児はこんなに強いなんて…!」

「なったばかりの吸血鬼に負けるつもりなど毛頭ないからな。だが…そうか…

お前は吸血鬼から血を与えられて吸血鬼になったか」


主従関係を結んだ吸血鬼。ドルトンは死に際になり、生きたいと願った。

吸血鬼により血を与えられ、眷属吸血鬼になった。グリフィスの腕が変形する。

緋色の光沢を帯び、鋭い爪を持つ異形の腕。それをドルトンに見せつける。


「折角だ。同じ能力で力比べをしよう」


好戦的な笑みを浮かべグリフィスは床を蹴る。二つの腕がぶつかり合うが、この

近接戦はグリフィスが有利だ。戦闘に慣れている彼はドルトンを追い込んでいく。

倒れたドルトンの首にグリフィスの爪があてがわれる。逃げることは出来ない。


「お前を吸血鬼にした奴は誰だ」

「ッ!!」


ドルトンの表情は恐怖に歪んだ。だが彼はふと表情を緩めた。死を認める。


「クイーン」

「何っ!?」


クイーンと言う名前を口にしたドルトンの体に異変が起きる。茨のような

紋様が全身に浮かび上がる。そしてこの言葉が彼の最後の言葉だ。


「先生…貴方はこの世のどんな作家よりも素晴らしい方です。作家としても

人としても…私はずっと貴女を慕っています」

「―」


何かが弾ける音がして、ドルトンの体が消滅した。眷属となった者は死ぬと体も

この世から消滅する。骨すら残らない。グリフィスは歯噛みをする。クイーンと言う

吸血鬼を彼は知っているのだ。アンジュは立ち上がり、ドルトンが倒れた場所を

見つめる。見ても、何も残っていない。衣服すらも残らない。


「その吸血鬼は実行犯であって、命令した存在が別にいるようだ」

「アンタは…」

「ナシーム…いや、僕はアスモデウス。色欲の悪魔って呼ばれてるんだ。この事件、

僕にとっても都合が悪かったから。そもそも、僕は人間に悪さをするつもりは

毛頭ないけど」


アスモデウスはナシームと言う人間として動いていたらしい。この会場に来たのは

魔導書の力を感じての事。アスモデウスはそこまで力が強くない悪魔だ。だが彼は

色欲を司る悪魔である。


「昔は、ね…天使と争っていたから尖っていたけど今は違うよ。それで彼の口から

名前は聞いたんだろう?」

「…クイーン。吸血鬼の女帝だろ。そんな奴が人間に血を与えるとはな」


吸血鬼の女王、真祖と捉える者もいるが真相は分からない。彼女は人間を道具扱い

しているらしい。彼女の事だから面白半分で人間を吸血鬼にしたのだろうと

グリフィスは推測したがそれをアスモデウスは一蹴する。


「彼女が魔導書を手にしていた。クイーンという女性は何かしらの方法で

魔導書の行方を辿っていて、持ち主に最も近い彼を使って魔導書を奪おうと

考えているんじゃないかな」

「…開けるためには銀の鍵を使わなければならない。開かせてから奪うつもり

だったのか…」


アンジュは魔導書を取り出した。


「この本、ただ悪魔を封印していたわけでは無いんでしょうか」

「僕も分からないよ。でも封印するだけでなく力も抑制して、使い方次第では

悪魔を自由に動かせるようになるんじゃないかな」


アンジュが魔導書を開いた。アスモデウスの体は徐々に透明になる。


「僕は、元居た場所に戻ることにするよ。だけど、何時でも呼んで。僕は喜んで

力を貸すから」

「うん、ありがとう」

「フフッ、どういたしまして。ありがとう、か…それは素敵な言葉だね」


色欲の悪魔アスモデウス、再封印完了。しかしアンジュが呼び出せば彼は自由に

本の外に出て活動することが出来る。

その日の夜だった。家に戻って来たアンジュ、そして彼女を家まで送った

グリフィス。彼らは衝撃を受けた。


「い、家が!!?」


轟々と燃え上がる炎、それに包まれているのはアンジュの家だった。消防隊が

集まり消火活動をしていた。


「この家の家主ですか?」

「はい。一体どうして…何が原因なんですか!?」

「言いにくいのですが…放火かと思われます…」

「放火…?」


放火されるほど悪いことはしていない。記憶には無い。アンジュは膝を折り、

その場に座り込んでしまった。呆然と赤い炎を見つめ、暫く彼女は誰の声も耳に

入らず、動かなかったという。更に時間が経ってから彼女は意識を手放した。


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