第7話「決定的な証拠」
酔っ払いだった男、名前をナシームと言うらしい。酒に酔った記憶が彼は
残っていたという。
「それ、残ってるモンなのか」
「僕は記憶力だけは良いんですよ。鏡に映っていない男の話でしょう?
あれは確かですよ。スーツを着ていましたね」
鮮明に記憶に残っているのが余計不自然に見えるが今は藁にも縋りたい。
「髪型とか、背丈は?」
「白髪交じりの黒髪、だったかなー…背丈は僕と同じくらいかな?因みに僕は
170㎝ピッタリね」
170㎝前後で白髪交じりの男、中年か。壮年の手前、50代から60代と考えよう。
加えてスーツを着ていたという事はその男は仕事帰りだろうか。
「そう言えば僕、彼と話をしたよ。お手洗いで、銀の懐中時計を落として
しまったんだ。大事な宝物だったけど、酔っていたものだから距離感が掴めなくて
それで彼に取ってくれと頼んだんだよ」
酔いながら、その懐中時計に手を伸ばしていた。近くにいた男の足元にあるので
相手に拾ってくれと頼み込んだらしいが。
「酷い男だったよ。こんな綺麗な懐中時計を足で蹴ってね。穢れたものを触って
たまるかー!ってね」
ナシームはその懐中時計を見せてくれた。フェリクスはそれをマジマジ見た後
すぐに「ほらよ」とグリフィスに投げ渡した。それを手にしたときに彼は顔を
歪めた。
「ぬわっ、コラ!」
アンジュは彼の手から懐中時計を掠め取った。グリフィスの両手を見ると僅かな
時間しか触っていなかったのに爛れていた。
「珍しいな…純銀か」
「でしょ?珍しいものを友人がくれたものだから大切な宝物なんだよ。僕から
話せるのはこれぐらいかな」
「そっか。有難うございます、話をしてくれて」
「良いの良いの。知ってる情報は吐いた方が身のためでもあるしね」
ナシームは部屋を出て行った。彼の話、そして彼が持っていた銀の懐中時計。
グリフィスの手が、一つの真実を語っていた。
「懐中時計ぐらい、拾って良い筈だけど…触れない理由がある」
「加えて鏡に映らないという特徴を含めて考えるとその男の正体はぁ?」
「―吸血鬼」
聖職者フェリクスは吸血鬼の力について伝える。彼らは自分の血を操ることが
出来る。それで何かを模倣したり、相手を拘束することもできるだろう。だとしたら
もう一つ、鍵を使わずに扉を潜り抜ける方法が思いついた。
「血を使って鍵を偽装して、扉を通った」
「その扉、調べてみる必要がありそうだな」
天井へ続く扉。扉は変わらずそこにあった。鍵穴を見てみるが、眼では分からない。
グリフィスは鍵穴に手を当てる。すると穴から極少量の血液が現れた。
「凄い!」
「これだけでも充分証拠になる。血液検査ぐらい出来るだろ」
それをケースに入れて警察に提出した。驚いていたが探偵と言う話が妙に広く
深く根付いていたので探偵の頼みとあらばとすぐに取り掛かった。そして
予想より早く結果が出た。
「これは―」
アンジュは眉をひそめた。グリフィスは、やはりか…と思った。フェリクスも
同じだ。アンジュはその現実を受け入れることにした。これは決定的な証拠だ。
「さてと…証拠は揃ったな」
「あ、先生!」
「ドルトンさん!?」
駆け足でやって来たドルトンは目をキラキラとさせていた。
「凄いですよ先生!先生宛のファンレターが大量に届いてますよ!!行きましょう!」
「ち、ちょっと待ってください!」
アンジュの手を引くドルトンの手を振り払った。ドルトンは首を傾げた。
「集めて欲しいんです。式典関係者を」
彼は言われた通りに関係者を集めた。壇上でアンジュとグリフィス、フェリクスが
立っていた。彼女たちに全ての視線が集まる。
「私の殺害未遂及びフェネッカ・ヴィオレッタ殺人事件、犯人が分かりました」
その言葉で全員がざわついた。アンジュは人差し指を口元に当てて、静かにと
告げた。すると驚くことに全員が鎮まった。
「あれは偶然天井が崩れたわけでは無かったんです。一部の人たちはあれを
事故だと言った…だけどそれは違う。上の穴をよく見てください」
カメラが動き、下から穴を覗き込む。ぽっかり円形の穴が空いている。
「偶然に崩れたのなら、あんなに綺麗な丸は出来ねえだろ」
「そう。拘りがあるのか分からないけど、円形に穴が空いている。で、これです」
アンジュは紙を掲げた。小さい紙だ。
「これは、フェネッカさんが持っていた紙で式典の日時が書かれています。
メモであると考えられるでしょうが違うんです。私も当日になるまで誰が何位なのか
分からなかった。でもこれは詳細に書かれている。事件の内容も、ね」
「日時4月10日午後2時。第三位、アンジュ・イングラム。正面から見て右側。
足場にスイッチを隠しておいた。発動はアンジュ・イングラムが壇上に上がってから
5秒後。合図は司会者の紹介終了」
司会者によるアンジュの紹介が終わった直後に天井が落ちるようになっていた。
実際に使われた壇上は一個ずつに分けることが出来る。その一つ、アンジュが
立っていた台をフェリクスはそれを見せた。妙なものだ。魔法陣か?そう誰かが
口にした。
「そうだ。これは魔法陣、術式によって隠されていた。科学では認識できないもの、
普通の人間が扱うことが出来ない力だ」
聖職者の言葉を彼らは信じる。
「つまり、犯人は…人外。そして吸血鬼です」
アンジュはハッキリと告げた。
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