第5話「見えた可能性」

フェリクス、グリフィス、アンジュは同じテーブルを囲んで広げられた

地図を眺める。


「地図がどうしたんだ」

「鏡の場所を把握しようと思って」

「これだけ大きいのに鏡は少ないな」


グリフィスの指摘通り少ない。が、それは室内を含めていない。


「室内には三枚の鏡がある。身だしなみチェックの必要があるからな」


フェリクスは椅子に座り、ふんぞり返っていた。室内を含めないとしたら

大きい鏡が二枚ある。階段のすぐ横だ。天井に細工が出来るのは式典関係者。


「オイ、お前。イングラム、お前の担当者は誰だ」

「ドルトンさんの事ですか?」

「あーそうそう、ソイツだよ。…一人で会いに行くなよ」


フェリクスはそう忠告した。その言葉を聞きアンジュは眉を顰め、グリフィスは

何かを確信した。警察、病院と繋がり様々な情報を見ることが許されている

聖職者。フェリクスの口から一週間前の事故について語られる。


「あれで生きているわけがねえ。生きることが出来たとしても、あんな風に

生活は出来ねえよ。あれは人間を装ってる何かだ」


意味深な言葉を聞いた。


「そう言えばお前、魔導書を持ってんだろ」

「え、どうして知ってるんですか?」

「聖職者として色々情報は持ってんだよ」

「持ってるけど―」


見せようとしたその時に悲鳴が聞こえた。悲鳴が上がったのは先と同じ

受賞式の壇上だ。駆け付けて、アンジュは息を呑んだ。同時に吐き気が

込み上げて来た。


「大丈夫か。無理するな」

「ヒデェな…脊髄切り開いて見せびらかすかよ…」

「俺が見ておこう。アンジュを少し、この場から離してやれ」


グリフィスは顔面蒼白なアンジュをフェリクスに任せてから死体に近寄る。壇上に

広がる赤い池に指で触れ、血液を舐める。脳裏に流れるのはドルトンと言う男の

ここまでの過去だ。彼は死にかけた。やはりこの男は吸血鬼に血を与えられて

吸血鬼になっていた。ただこの男、血を貰っても大した力は持っていなかったらしく

吸血鬼のメモ帳。美味な血を持っている人間をリストアップするために

利用していたらしい。そこには悪魔の姿もあった。


「オーイ、グリフィス~」

「リデル…どうした」


手鏡に目を向ける。鏡越しにリデルは彼の名前を呼んだ。


「ううん、アーちゃんから伝言を頼まれて。本を読んで、悪魔を炙り出す方法を

見つけたって」

「何?本当か、それ」

「本当ですぅ。良い?ちゃんと聞いて一回で覚えてよ―」


読み解いたのは数分前。現場より少し離れた場所の長いソファに横になった

アンジュの隣にフェリクスは座っていた。


「顔色は戻って来たな」

「ごめんなさい」

「あれで気分悪くすんのは当たり前だ。俺やアイツは慣れてるからな」


フェリクスがアンジュに渡したのは甘いココアだった。缶はひんやり冷たい。

惨い死体を見て体調を崩すのは当たり前だと彼は言う。


「フェリクスは、グリフィスさんについて何か知っていますか」

「…なんだ。俺は聖職者、吸血鬼とは敵対している」

「それだけ?」

「何だよ」


彼は苛立ちを覚えた。だがそれはアンジュの事を嫌っているから、しつこく感じる

からではない。その言葉が的を射ているから。


「アイツは吸血鬼であり、吸血鬼じゃねえ。人間からも吸血鬼からも忌み嫌われる

混血児だ」


ダンピール、ダンピーラと呼ばれる吸血鬼と人間の間に生まれる存在。

ゆえに両者から嫌われる。そして家族と上手く行くことも滅多に無いという。


「そんなことはどうでもいいだろ。さっさと起きろよ。成り行きでも探偵だろ。

手ぇ貸してやってるんだから、事件解決してくれ」

「はぁい」


アンジュはソファから降りた。


「そうだ…天井に行けませんかね?」

「破壊された天井か。俺が行ってやるよ。天井に上るんなら、その服は不向きだ」

「良いの?」

「それで何か分かるんならな」


口調こそ粗暴だが性格は違うようだ。それなりのお節介。関係者に許可を貰ってから

彼は天井に上る。だが軽く彼が手を着いたときに天井に亀裂が入った。


「脆いな…気を付けねえと」


現場は封鎖されているために人は近寄らないだろう。万が一にも天井が崩れても

被害は少ない筈だ。手探りで脆い部分を探し、避けながら匍匐前進で大穴の近くに

来た。そこでフェリクスは妙なことに気付いた。


「偶然だとして…こんな綺麗な円形になるか?」


円形だったとしても歪さがあるはずだ。だがこの穴は機械でも使ったかのように

綺麗な円を描いている。寸分の狂い、ずれも許さない穴。フェリクスは上から下を

眺める。下にアンジュがいたとして…。よく状況を思い出す。


「やはり、妙だ」


穴の事ではなく、アンジュを庇った女性の動きだ。彼女は小柄でアンジュは背が高い

ため女性が一つ上の台に上っていてもアンジュとほとんど差がみられない。彼女が

気付いた時に動いたとしても間に合うだろうか。そんな俊敏に年老いた女性が

動けるのだろうか。普通はそうはいかない。だとしたら…。


「第一位、フェネッカ・ヴィオレッタ…調べる必要があるな」


その女性も少なからず事件に関係しているという推測を話が分かる探偵に伝える。

アンジュは彼の推論を有り得る可能性の一つにした。


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