第4話「探偵兼作家」

「ふぅ…キツイなぁ。流石の僕でも、死んだ人間を知っている人間に対して

違和感が無いように振る舞うのは大変だ」


ドルトンの口調ではない。ドルトンの皮を被った何者かの呟き。空を真っ赤に

する夕日。その光が彼の顔を照らす。不敵で不気味な笑みを彼は見せる。


「折角だから、目立っちゃおうかな?色欲の悪魔としての力を、見せて

あげようじゃないか」



式典当日、授賞式が行われる会場には何人もの人間が集まっている。たった三名の

受賞者の関係者だが多い。


「一人につき二人までの客人だといっても、やはり編集部の人間が多いな。アンジュ

俺の他にお前が招いた人物はいるのか」

「いや、親も祖父母もいないし、かといって友だちも連絡先が分からないから

誘ってないよ」

「…寂しいもんだな」

「ぼっちって言いたいの?」


アンジュはそのあとすぐに否定はしないけどと付け足した。


「いたいた、先生!受賞者はこっちですよ。あ、先生のご友人はそこで待機を。

すぐに中に入れますから」

「じゃあ御免。私はこっちに行きますね」

「あぁ分かった。…っと、何かあれば鏡に向かってリデルを呼べ」

「リデル?」


人の名前だろうが誰なのか分からない。グリフィスは手鏡を見せる。覗き込むと

自分とは別の人物が映っている。茶目っ気のある笑顔を見せる少女。


「じゃじゃーん!鏡の小悪魔、リデルちゃんだよー!!」

「リデル…?小悪魔!?」

「普通の悪魔より力は劣る。コイツは鏡の中を自由に行き来することが出来る

言った通り鏡の小悪魔だ」


リデルはドヤァ、と胸を張っているが別に褒められているわけではない。


「リデル、もしもの時は俺と彼女を繋いでくれ。勿論、出来るよな」

「当たり前よ!このリデルちゃんに任せてー!」


鏡から姿を消してしまったリデル。グリフィスは手鏡をしまい、呆れた顔を

していた。


「まぁ…そういう事だ」

「あの、どういうことか何も言ってませんよ」

「鏡から鏡へ移動できるし、鏡を通った人物の把握も出来る。正体すらも、な。

あんな奴だからほとんど役に立つことは無いが」

「いやいや、充分凄いと思いますよ。流石、鏡の小悪魔!」

「俺だって認めていないわけではない。だが褒めるとすぐに調子に乗るから…」


二人はこの場所で別れた。アンジュは受賞者としての準備がある。他の受賞者も

同じ場所に集まっていた。他二人はアンジュよりも有名で、それでいて素晴らしい

作品を描き続ける文豪である。そんな彼らと並んでいるアンジュは少し浮いている。


「アンジュちゃん。受賞おめでとう」

「そんな…!勿体ないです、私…」

「自信を持っていいのよ。私たちは小説を読む読者たちによって選ばれたの。

ここにいるってことは、多くの読者が私たちを応援してくれているという事。

もっと胸を張りなさい」

「…はい!」


式典の司会者の言葉で三人は舞台に立つ。アンジュは白に青色の差し色が使われた

ドレスを身に纏っている。それぞれの紹介と、受賞作品が伝えられる。そして

三人に賞状が渡された。


「受賞者に盛大な拍手を!」


その時だった。事件が起こったのは―。


「危ない、アンジュちゃん!」

「え―」


アンジュを壇上から突き落とし、その文豪は巻き込まれた。突然の天井の崩壊。

それによって彼女は殺されかけた。これは事故か、人為的に起こされた事件なのか。

こんな時こそ、あの存在の出番だ。


「アンジュ先生!今こそ先生が探偵になるときですよ!」

「えぇぇぇぇ!?私が、探偵!?突然そんなことを言われても…」

「ほほぅ、ではお手並み拝見と行こうではないかねイングラム君」


もう一人の受賞者も試すように言う。気が付いたら周りも囃し立てていた。この事件

での出来事は後に新聞でアンジュをさらに有名にする。

事件が解決するまではここに滞在することになった式典参加者たち。苛立つ者、

不安げな者、寧ろこの状況にワクワクしてしまっている者。様々だ。グリフィスは

至って冷静だ。


「何かあるだろうとは、予想していたがまさか真っ先に狙って来るとはな」

「予想してたんですね…」

「そうだ。が、アンジュ。まさかとは思うが全員に話を聞くなんて言わない

だろうな?」

「言いませんよ!無理ですって、これだけの人たちに話を聞いて回るのは…だから

条件を付けて該当者にだけ話を聞くべきだと思ってます。誰が何処に立つのか、

そして受賞者を知っていた人、ですかね」

「つまり、式典の主催者側の人間と言う事か」

「はい。…でも、狙って天井を崩すのは難しいと思う。そもそも破壊された天井を

直して狙ってもう一度破壊する。普通に考えて出来ないと思う」


前々からアンジュの立ち位置を理解し、頭上の天井を破壊してもう一度直す。

そして当日にタイミングよく破壊する。もしくは崩れるようにする。


「それはの話だろ」

「うん…はい?」


アンジュはポカンと口を開けていた。グリフィスは不敵な表情を見せる。


「人間だったとしたら、そんなトリックを作るのは難しいだろう。ボンドなどで

固めてどうこう出来るものではない。なら、人外が関わっている。だろ?」


グリフィスと何者か。両者が立ち上がり、それぞれの首に武器もしくは

手を当てる。相手は凶悪な笑みを浮かべている。


「吸血鬼がこっちにいるとはなァ…その人間を脅したのか?青眼」

「それは赤眼の一部の吸血鬼共だろ。善悪の判断も出来ないのか?

聖職者」

「聖職者!?その見た目で!?あ…」


アンジュは慌てて口を塞いだ。その言葉を聞いたグリフィスは堪えるように

笑う。聖職者は叱ろうと思ったが諦めた。馬鹿馬鹿しい。


「チッ、仕方ねえ…作家。テメェの出番はねえぞ」

「あるじゃん。被害者になりかけた」

「なってねえんだから出番はねえじゃねえか!」


聖職者の名前をフェリクスという。聖職者とは悪魔、吸血鬼、両方を殺す術を

持つエージェントである。


「よく周りを見てみろよ、フェリクス」

「あァ?」


人々の口から出るのはアンジュの名前。すっかり作家アンジュ・イングラムは

作家兼探偵として広まっている。


「まるで推理小説だな。推理小説では警察は役に立たない脇役、常に先を取るのは

探偵だ。差し詰め俺は探偵の右腕か。それで、探偵。解決するには動くしか無いと

思うが?」

「あ、うん…そうだね。フェリクスも力を貸してくれる?本当に人外なら、私は

戦えないから」

「仕方ねえか…オラ、さっさと解決しろ。協力してやるから」


不満だが致し方ないという風だ。


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