第2話「青眼の吸血鬼」

その夜は不思議な客が来た。そもそもこの家に客が来ることは滅多にない。

彼を見たとき思ったのは人ではない、人というにはあまりにも綺麗な

容姿をしていた。青色の瞳孔は真っ直ぐアンジュを見据えていた。


「お前の家に、鍵がついた本は無いか」


その言葉に心臓を掴まれた気分になった。


「あった…鍵は―」

「開けたのか!?何故開けた!どうやって開けたんだ!!」


取り乱し彼はアンジュの両肩を掴んで揺らす。アンジュは乱暴にその手を

振り払った。


「鍵穴があったから鍵で開けたんです!!ほら、これ!」


アンジュは男に例の本とそれを開くために使った鍵を見せた。鍵は

錆びることなく銀色の光沢を放っていた。男は鍵に少し触れてからすぐ

手を引っ込めた。


「熱っ…!」

「(熱い?)」


白い指は僅かに焼け爛れている。彼は懐から手袋を取り出し、それで手を覆う。

黒い手で鍵に触れた。そのことがどうしても気になる。彼女の視線を感じ男は

表情を緩めた。


「さっきの事が引っかかっているらしいな」

「あ、いや…それは―」

「構わない。どうせすぐに正体を明かすつもりでここに来たのだから」


グリフィスと名乗った男をアンジュは中に案内した。二人は向かい合って座る。

彼から伝えられる話は非現実的な話。彼はアンジュが開いた本の正体を真っ先に

話し出した。


「魔導書?これが?」

「七つの大罪、それを司る悪魔の力は洒落にならない。だが滅することも出来ない。

そこで魔術師が封印する手段を選んだ。本は厳重に保管されていたが一週間前に

なって盗まれ、行方が分からなくなっていた」

「一週間前!?」


その時期に起こった事故を知っている。関係しているかどうか分からないが、

思わず反応してしまった。


「お前が開いたのは事故、そう言うことにしておけばいい。が、もうお前は

首を突っ込んでいる。悪いが付き合ってもらうぞ」

「それは良いんだけど、その前にグリフィスさんの事を聞きたい」


アンジュは彼に目を向けた。色々と彼は事情を知っている。そして彼がもしも

人では無いとしたら…察しがついている。


「グリフィス。吸血鬼だ。但し、俺は少し違う。銀には極端に弱いが、日光も

流水も弱点にならない。耐性を持っている」

「吸血鬼…赤い目だと思ってた…創作物だとほとんど吸血鬼は赤い目を持ってるから

それが普通だと思ってたわ」

「それは赤い目の吸血鬼の主食が人間だからだ。俺たちは違う。吸血鬼こそが

俺たちの主食だ」

「人間は殺さない、友好的な吸血鬼」

「友好的かどうかは兎も角、人間の血を吸わずとも生きていける」


青と赤、吸血鬼の眼の色で見分ける彼らの主食。青の吸血鬼は同族が餌だという。

チラッと見えたのは鋭い犬歯だ。その牙を突き立て、血を啜る。そこでアンジュは

長らく悩んでいた次回作の案が思い浮かんだ。


「そうだ…そうしよう!」

「なんだ、小説の案でも浮かんだのか」


小説家だということを知っているような口ぶりだ。それを指摘するとグリフィスは

知っていて当然とでも言いたげな顔をして言う。


「知っているとも。吸血鬼と言っても、俺は日光など敵じゃない。

ここにも時折足を運んでいる。読書も趣味でね、読んでいるさ。お前は作家

アンジュ・イングラムだろう」


グリフィスは話を戻した。七つの大罪を司る悪魔、それが魔導書に封印されていて

最近になって解放されてしまった。本の所在と悪魔の居場所。居場所が分かった

としても悪魔を退治できるかと言われれば難しい。それだけ強大な力を

有しているのだ。


「一週間前、その言葉にお前は妙に反応していたな」

「それは…ドルトンさんが、事故に遭ったときで」


グリフィスは耳を傾ける。話を足蹴にすることもしない、聞いてくれる。なので

アンジュはその話を詳しくする。事故、奇妙だと言われている。ドルトンは一躍

有名人となったのだ。どんな医者からも、もう助かることは無いとされていた状態

から突然全快し、今も元気に生活している。本が盗まれた時期と一致しているのだ。


「悪魔は、別に七柱だけではない。彼らが特別強いだけ。彼らより弱いが、力を

持つ悪魔は何匹もいる。そのドルトンと言う男、怪しいな…」


グリフィスは深く思案する。


「俺がお前を護衛してやる」

「ご、護衛!?どうして?私、その必要は無いと思うんだけど…」

「なら、お前は悪魔を殺せるのか」


グリフィスの鋭い言葉にアンジュは息を呑む。それは出来ないと素直に口にした。


「奴らは封印されていた。人間によって…ならばお前を襲う理由もあって当然だと

思わないか?賢いお前なら分かるだろ」

「賢いといわれるほど頭は良くないけど…うん、分かる。でも護衛は―」

「ドルトンと言う男、既に悪魔に命を捧げているかもしれない。もしくは

誰かに吸血されて吸血鬼になっているかもしれないぞ」


これはあくまで推測、グリフィスはそう説明した。死にかけていた人間、

死んでも可笑しくない状況から突然回復するという話。急速に回復したと

なればそれは人間の回復力によるものではないだろうと。


「でも、ドルトンさんは日光の下を歩いてました」

「吸血鬼が全員、日光を苦手とするわけではない。日光は平気だが流水は苦手、

流水は平気だが十字架を嫌う…力が強ければ強いほど弱点は多いといわれる」


吸血鬼に悪魔。人外と関わることになった。


「で、どうする?俺を護衛にするのか、しないのか」

「…分かった。まだ死にたくないから頼んでも良い?」


青眼の吸血鬼、グリフィスの護衛を受けることになった。事故に遭ったが

奇跡的に全快したドルトンは人間か否か、そしてここに悪魔は来るのか否か。



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