2話:魔王軍四天王の一人 vs おっさん

 魔王軍四天王『土龍のグズオレア』の前に現れたのは、屈強な冒険者などでは決してなかった。


 布の服を身にまとい、武器は何も持っていない。ほぼ丸腰のおっさんだ。


 グズオレアは呆れたように首を横に振る。


「貴様はただの民間人か? 武器も持たずにこの俺の前に現れて、いったいどういうつもりだ?」


 グズオレアの問いかけに、おっさんは不機嫌にこたえた。


「お前だろ。さっきのでかい爆発音は。マッハがびっくりして目を覚ましてしまったじゃないか」

「マッハ……だと?」

「うちの可愛い家族だよ」

「家族? ふふ……くくくく……はっはっはっは!」


 グズオレアは腹をかかえて笑った。


「なにがおかしい?」

「これが笑わずにいられるか。名も無き村人Aよ。貴様にはこの状況の深刻さがわかってないのか?」

「ふん。なにが状況の深刻さだ。近所迷惑な奴め。変な仮装をして。いい大人が恥ずかしくないのか」

「仮装だとおっ!!?」


 ザリガニの装甲を身にまとった魔王軍幹部は怒声をあげる。

 ぎゅっと拳を握りしめて力説をした。


「我こそは魔王軍四天王が一人『土龍のグズオレア』なるぞっ! たかが人間の――しかも武器も持たぬ村人ふぜいが対等に口を聞けるような相手ではないんだぞ! わかっているのかっ!?」

「魔王軍? 四天王?」


 おっさんは腕組みをして考えるそぶりを見せる。


「……そんな奴は知らないな」

「ぐぬぬぬぬっ!」


 グズオレアの堪忍かんにんぶくろの尾が切れたようだった。


「ふん。場合によっては見逃してやろうとも思ったがやめた! 貴様には地獄すらも生ぬるいっ! 謝っても許さん! もう後悔しても遅いぞーっ!」


 そう言ってグズオレアが腕を前にかざすと、おっさんのいる場所が突如『ちゅどーん!』と、大爆発を起こした。

 さきほど『銀の騎士団』を全滅させたのと同じ技だ。


 燃え盛る森を、グズオレアは恍惚とした表情で眺める。


「ははははははは! 愚かな人間め。生意気なことを言うからこうなるんだ。この俺の前に立ちはだかったことを後悔するが……いぃっ!?」


 と、言いかけてグズオレアの動きが固まった。


 爆発で巻き上がった煙が徐々に晴れてくる。

 その先には――。

 信じられないことに、

 おっさんがまったくの無傷の姿で立っていたのだ。


「……痛いな。ちくしょうめ」


 おっさんは全然痛くなさそうにそう言う。


 グズオレアはすっとんきょうな声をあげた。


「えええええええええーっ!? き、きききき貴様っ! この俺の『ごうばくりゅうじんしょう』を食らって平気なのか!?」


 このとき、グズオレアは目の前のおっさんに対してはじめて『恐怖』というものを感じた。

 得体の知れない恐怖――。

 魔王様以外には感じたことのない恐れ――。

 人間ごときにこんな思いを抱くのははじめてのことだった。


「この俺のごうばくりゅうじんしょうがっ!」


 屈 辱っ!


 許すまじ!!!


「なぜ人間が……人間ふぜいがあああああああ!」


 グズオレアはごうばくりゅうじんしょうを連打した。


「だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだっ!」


 ずどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどおおおおおおん!


 一撃で町を破壊できるほどの威力を持つ大技を、目の前のおっさんに向かってやみくもに撃ちまくる。

 撃ちまくるっ!

 撃ちまくるっ!!!


 殺らなければ殺られるっ!!!!!


 クズオレアは本能的にそう思った。


 このおっさん、ただのおっさんではないっ!

 ヤバイおっさんだ!


 おびただしい物量のエネルギーがおっさん目がけて襲いかかる。

 しかし、それらのすべてが無駄だった。


「だから……森を燃やすなって言ってんだろっ!」


 おっさんはそう言うと、繰り出される攻撃をものともせずに、目にも止まらぬ速さでグズオレアとの間合いを詰めた。


「ああーっ!? き、貴様はいったい何者だ!? この『土龍のグズオレア』の懐に飛び込むとは、本当にただのおっさんなのかっ!? おっさんに見せかけた勇者とかじゃないのか!?」

「俺はビルボ。ただの木こりだよ」


 そしてパンチを軽く一発、グズオレアの腹に当てる。


 ボギャアーンッ!

「ぶごあっ!」


 魔王軍最強の戦力。

 四天王と呼ばれる幹部の一人『土龍のグズオレア』。


 木こりのパンチ一発によってミンチにされる。


「ふん。近所迷惑野郎め」


 木こりのビルボはハエでも追い払ったかような口調で言い捨てて、自分の家へと戻っていった。

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