木こりのおっさんは森で平和に暮らしたい

恐怖院怨念

1話:満を持してのおっさん

 これは、今まさに魔王が世界を支配しようとしている、そんな世界。


 世界中の国々が兵力をあげて魔王軍に対抗しており――。

 そして冒険者たちもこぞって魔物をやっつけて名を上げようとしていたりもする――。

 さらにその冒険者たちの中でも頂点に立つ『勇者一行』がついに魔王討伐の旅に出たりとか――。


 こんな辺境のミンフ村にさえそんな噂が届いているほどに、いま巷では魔王軍襲来の話題が熱い。


 そんななか、この村の外れにある森の奥に――。


 魔王軍最強の四天王の一人『土龍のグズオレア』がなぜか降り立ってきたのである。


 その姿はスマートな人型のザリガニのようにも見える。

 二メートルを超える巨体は甲殻類を思わせる分厚い装甲で覆われており、そんじょそこらの武器ではヒビひとつ入らないだろう。


 グズオレアは何かを探しながらゆっくりと歩き始めた。


「こんな辺鄙へんぴな場所に『カルマンオペール』があるとはな……」


 カルマンオペール。

 それは魔王軍の探し求める秘宝の一つだ。

 いったい何に使われるものなのか――グズオレア自身もよく知らない。

 それを知っているのは魔王ただ一人だけ。


 彼はただ魔王に命じられ、カルマンオペールを回収するためにこの場にやって来ただけだった。


「さて、どこにある?」


 ふとそのとき。

 グズオレアは背後に強い『力』を感じた。


 振り返ると、冒険者らしき者達が武器を構えて飛びかかってきている。


「魔王の手先め! 我らは『銀の騎士団』! キサマの首を獲らせてもらう!」


 冒険者たちの勢いは勇ましい。


 ちなみに『銀の騎士団』とは冒険者ギルドに登録されているランキング10位にある3人組の上級パーティーである。

 パーティー構成は剣士(男)、ヒーラー(女)、魔術師(男)。

 並の魔物なら一瞬にして葬りさる手練てだれぞろいだ。


 しかし、今回ばかりは相手が悪かった。


「銀の騎士団だと? しゃらくさいわ! ――ふんっ!」


 グズオレアが鼻息を吹くと突風が吹き荒れた。

 そのあまりに強力な鼻息に、三人の歩みは止まった。


「く、くそ! まるで嵐のようだ!」

「マゾッフォ、たのむ!」

「まかせろ。炎熱弾っ!」


 しかし、マゾッフォと呼ばれた魔術師が唱える強力な魔術も、グズオレアの鼻息の前ではロウソクの灯火ともしびのようにむなしくかき消される。


 銀の騎士団のメンバーは震え上がった。


「な、なんて奴だ。俺達はランキング10位のパーティーだぞ! たかが鼻息で!」

「くそっ! ここまでレベルが違うとは……!」

「恐るべし、魔王軍……」


 相手のあまりの張り合いのなさに、グズオレアは失笑した。


「弱い。弱すぎるな。人間どもは。――そろそろ死ねいっ!」

「うおおあああああああーっ!」


 グズオレアが前方に手をかざすと、鋭い爆発が起こり、三人の手練は一瞬にしてずみとなった。


「そしてトドメだ! ふんっ!」


 と、グズオレアははちきんれんばかりの筋肉に気合いを入れた。

 すると――。


 どおおおおおおおおおおおおおおん……。


 彼を中心に激しい爆発が起こる。

 光と熱のタイダルウェーブ。

 それは、まるでこの世の終わりのような光景だ。

 地面がはげしく鳴動し、木々は吹き飛び、周囲にはぽっかりと大きなクレーターが出来上がった。

 その一帯の生けとし生ける者はすべて滅び去り、周囲の森はたちまち丸裸となったのである。


 熟練の冒険者たちをほんの一瞬で葬り去る魔王軍四天王――。


 圧倒的な強者。


「脆弱な人間どもめ……いな、この俺が強すぎるのか? くっくっく……」


 グズオレアは笑いながらクレーターの中を歩き始め、再び目当てのものを探し始める。


「さて、秘宝はどこにある?」


 と。

 クレーターの向こう側の、森のさらに奥の方に、秘宝の気配を感じた。


「見つけた。あっちか」


 グズオレアは森に足を踏み入れようとした。


 そのときだった。


「待て!」


 森の向こうから男の声が響いた。

 クズオレアを退治しに、新たな冒険者達がまたやってきたのだろうか?


 そうではなかった。


「大きな音がしたから来てみれば、こりゃいったいどういうことだッ!?」


 そこにはおっさんが立っていた。

 歳はおそらく30歳ちょい。

 背は高く、それなりにガッチリとした体格をしているが、それ以外にはさして取り柄もなさそうな、正真正銘の冴えないおっさんだ。


 そのおっさんが、顔を真っ赤にして怒っている。


「森をこんなにしやがって……。お前が犯人か? ゆるさないぞ!」

「あぁ?」

「ぶんなぐってやる!」


 そしてあろうことか、このおっさんはグズオレアに真正面から喧嘩を売ってしまったのだった。

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