第8話 完璧なハッピーエンド

 人間、開き直ると強いもので。

 わたしは学校生活を楽しむことにした。

 だってこれまで、頑張ってきたのだ。悪役令嬢として完璧な人間になろうとしていただけなんだけど、ローリィの強敵になるため、勉強もマナーも魔術の練習も、お父様に頼んで優秀な家庭教師についてもらった。だからそれなりに優秀に育つことができた。

 それを活かさないでどうするの、って話!


 まあ多少、わたしの存在は学校では目立っている。何しろ、他の人たちが獣型のガーディアンを携えているのに、わたしは人型だ。それも、いかにもおどろおどろしい面をつけた先生が出てくるから。

 まともな人だったらドン引きだろうけど、周りからどう見られるのかなんて気にしないことにした。わたしは趣味に生きると決めたのだし、最後まで頑張るつもりだ。死ぬ瞬間――この学校を卒業する時、わたしはディオン殿下とローリィに戦いを挑んで死ぬ時まで、楽しく生きてやる!

 そう改めて、空を見上げて見えない星に誓ったのだけれど。


「わたし、幼馴染の彼氏がいるんです」

 と、ローリィが言い出した時、何を馬鹿なことを言いだすんだと顔を顰めることになった。


 わたしとディオン殿下、ローリィは同じクラスになった。これはゲームと同じ展開で、魔力の大きさ順にクラス分けがされているからだ。同じAクラスとして学校生活を始めたわたしたちは、何かと接触が多い。

 というか、ローリィがディオン殿下じゃなくてわたしに懐いているのがおかしい。貴族と平民という立場があるから、たまに彼女はわたしと距離を置いた方がいいのか悩んだりしているみたいだけど、わたしを目の前にするとそういう悩みが全部吹っ飛んでしまうようだ。

 『あの夜』、ローリィを助けたのはわたしじゃないと何度も言っているのに、彼女は『解ってます』って頬を染めつつ微笑んで、聞き流しているのも変だ。悪役令嬢はヒロインを助けないわよ? わたし、どこからどう見ても悪役面でしょ?


 っていうか。

「彼氏って」


 どういうこと!?


 まさに青天の霹靂。ローリィに幼馴染って、そんなキャラクターいたっけ。

 わたしの座っている椅子の横に、いつもそわそわと近寄ってくるから訊いてみたのよね。あなた、好きな男子生徒はいないの? って。そして、ディオン殿下のことをどう思っているのか聞き出そうとしたのに、何これ。

「わたし、子供の頃から厭な夢を見ていたんですよ。黒い闇の獣に襲われる夢で、いつも逃げることしかできなかったんです。しかも、夢だけじゃなくて現実にまで襲われるようになって、とにかく怖くてつらかったんです。だけど、ほら、フランセット様が助けてくれたじゃないですか」

「助けてないわよ」

「あの時、開眼したんです」

「ちょっと、聞いてる!?」

「フランセット様が格好よくガーディアンを使役されてらして、わたしもそうなりたいって思って。そして、幼馴染の男の子に相談したんです。ガーディアンを強く育てるにはどうしたらいいのか、って。わたしもフランセット様みたいにぱぱっと悪い魔物なんて追い払いたいって思ったから」

「いや、だからね」

「それで、その彼と一緒に有名な魔術師さんのところに乗り込んでいって、弟子入りして、毎日頑張っていたら、何て言うか、そういうことになって! わたしが学校を卒業したら、け、結婚しようって! もー、もー! 何言わせるんですか、フランセット様ってば!」

 目元を赤く染めた彼女は、勝手に盛り上がって勝手に照れて勝手に机をバンバン叩いて悶えている。

 嘘でしょ。


「で、でもあなた、光属性で」

 わたしが茫然としながら口を開くと、驚いたように彼女がわたしを見た。

「何で知ってるんですか? わたし、確かに光属性持ちなんですよね。何か聞くところによると、光属性持ちの人間って闇の魔物に目をつけられることがあるみたいで。でも、わたしと彼……やだ、彼って言っちゃいました! じゃなくて、幼馴染が弟子入りしたお師匠様が火属性持ちだったせいか、わたしもそればっかり習ってたら火属性の方がずっと強くなってしまって、今はほとんど光属性がおまけみたいな感じなんです。そうしたらもう黒い魔物に襲われることなんてなくなったし、毎日平和だし。それで、入学前の魔力官邸の時に、ここの先生に基本属性は火か、って残念がられましたよ。わたしのガーディアンの毛色も、前はあんなに真っ白だったのに今は少し赤みがかってきてしまったし。でもまあ、それはそれで可愛いんですけど!」

「え? えっ!?」

「まあ確かに残念でしたけどね。基本となるのが光属性だったら、わたし、王宮魔術師団に入れるんじゃないかって言われてたのに。でも攻撃魔術が得意なんで、学校を卒業したらギルドに登録して働こうと思ってるんです、彼と一緒に! そう、彼! それに、わたし、フランセット様に助けていただいたわけですし、いつだって呼ばれたら恩返しのために働かせていただきますから!」


 ……えええ?


 わたしはしばらく、彼女の顔を見つめたまま硬直していた。助けてないわよ、なんて言うことも忘れてわたしが彫像化してしている間にも、ローリィが「フランセット様はご婚約者のディオン殿下とデートとか行かれるんですか?」とか「殿下はフランセット様にお優しそうですよね」とか言っていたけれど、見事に右から左の耳に素通りしてしまった。


 一日の授業が終わって、わたしはディオン殿下の魔導馬車に乗り込んでいる。少しだけぐったりとしつつ、窓のカーテンを開けて外の光景を見つめたわたしは、ため息と一緒に独り言がぼろぼろこぼれる。

「……ローリィに彼氏が……」

 婚約者の役目だから、と毎日彼は送り迎えしてくれるのだけど――彼は納得しているんだろうか。本当に彼は――ローリィに何の興味もないんだろうか。

 そっと視線を向かい側の座席に座っているディオンに投げると、足を組んでこちらを見つめている双眸とぶつかった。


 ……やっぱり居心地が悪い。


 それに、何だろう。ここのところ、自分の考えていることがよく解らない。自分の意識は前世の記憶が混ざっているから、今の年齢よりもずっと年上という感覚がある。ディオンは子供だし、わたしの恋愛対象にはなり得ない……なんて考えていたのは、七歳だった頃のわたしだ。

 今は。

 今のわたしは。


「最近になってやっと、まともに僕のことを見てくれるようになったよね」

 わたしが幾度も座席に座り直してもぞもぞしていると、ディオンが小さく笑った。

「……いつも見てましたわよ?」

「ゲームだとかいう、別の僕のこと?」

「うう」


 否定はできない。だからわたしの視線が宙をクラゲのように泳いでしまう。


「……それは何て言うか……ほら、一寸のパセリにも五分の魂っていうか。添え物のわたしにだって、やることがあると思ってたっていうか……」

 もごもご言うわたしの左隣に、いきなりディオン殿下が移動してきた。肩が触れ合う距離に驚いて窓際に寄ろうとしたわたしの手も、彼は握りしめてきて放そうとしない。

 静まれわたしの左腕! じゃなかった、わたしの心臓!

 急にばくばく言い始めた心臓の鼓動に、頭の芯まで震えそうだった。

「フラン。君に僕のことを知ってもらいたい、ずっとそう思っていたよ。初めて会った日、ゲームの話を聞いた時から」

「そそそそれは」

「あの時、ちょっとアブナイ……変人、いや変わった子が婚約者になるんだなって思った」

「ちょっと!」

 そこでわたしがぐいん、と彼に顔を向けると――予想以上に近くに、キラキラ王子様のご尊顔があって硬直した。ち、近すぎる! 眩しい!


「面白い子なのは確かだけど、これは放っておいたらいけない、僕がいないと駄目だと思った。僕が君の力になろうって決めたのは、やっぱり……君が好きだからかな」

「ええええ、ええと、その」

 やっと頭の思考回路が動き始めたけれど、それはそれで混乱してしまうのだ。わたしのことを好き?

 すると、ディオンの目がしてやったり、みたいな感じに細められた。揶揄われているわけではないのよね? ね?


「うーん、僕もあの星に誓おうかな。君に好きになってもらえるよう、完璧な王子になれるように?」


 ――うわお。

 変な声を上げそうになって、慌てて両手で自分の唇を塞いだ。そして自分の指先も、頬も妙に熱いことを自覚すると余計にあわあわしてしまった。

 でも、必死に言葉を探したけれど、どうしても憎まれ口みたいな台詞しか出てこないのだ。


「み、見えませんわよ、ここから星なんて」

「心が綺麗な人間にしか見えない星だからね」

「それじゃわたしには絶対無理ですわね!」

 むう、と唇を尖らせて窓の外に目をやると、魔導馬車の中に彼のくすくす笑いが響く。

 恋愛初心者のわたしには、これは対応が難しすぎる。相手はまだ子供なのに、こんなに翻弄されているなんておかしいじゃないか。わたしの身体も子供だけど、精神年齢だけは大人なのに。やっぱり恋愛には向いていないんだろうか。


 それでも。


「ローリィには恋人がいるみたいですし、どうやらわたしも殺されずに済みそうで安心しました」

 そうやって胸を撫でおろしていると、ディオンの顔色が変わった。

「何それ。殺されず? どういう意味?」

「これでお父様も死なない。完璧なハッピーエンドかもしれないですわね」

「フラン!?」

 明らかにわたしのことを心配しているディオン殿下の顔を見て、もの凄く嬉しくなった。


「わたしのことも知ってもらいたいです、ディオン殿下。卒業まで時間がありますし、ゆっくりでいいから話を聞いてくださいます?」

 わたしがそう言うと、彼は「そうだね」と言いながらわたしの手を握った手に力を込めた。


 手をつなぐところから練習していけば、わたしだっていつかは恋愛上級者になれるだろうか。

 そんなことを心の中で考え、殿下に微笑みかけた。

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悪役令嬢は星に誓う! こま猫 @komaneko

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