第5話 わたしは主人公じゃない

 十二歳になったわたし、フランセット・クローズは、素晴らしいガーディアンに守られています。


 というわけで、お父様が闇魔術をぶっ放して遥か南の森の一部を焼け野原にして、手に入れてくれたドラゴンの実を食べたわけなのだけれど。

 あれ、凄いのねー。

 味は林檎というよりマンゴーみたいな味で、とっても美味しかったし、食べた瞬間からお腹の奥がお酒でも飲んだかのように熱くなった。そして、みるみるうちにわたしの可愛い『先生』は大人の姿になってくれた。

 見た目で恐ろしさを表現している般若の面、日本刀を腰に下げておどろおどろしい空気を見に纏わりつかせているお侍さんである。

 ただ若干、何か足りないと思ったの。

 時代劇を思い出して、何が足りないのか気づいた。


 ほら、悪役は最後、悪事を主人公に暴かれそうになって叫ぶじゃない?

『皆の者、であえ、であえー!』

 って。

 アレだ。

 切られ役エキストラが圧倒的に足りない。


 ドラゴンの実を食べたわたしは、それ以前に比べて魔力が増えたままになっているみたいだ。だから、どんどんガーディアン氏は強く育ってくれているみたいだったから、おまけで何か付属できないかって考えたんだよね。

 般若先生は確かに強いみたい。威圧感というか、渦巻いている魔力の塊はお父様より弱いけれど、かなり近いくらいだと思う。でもね、他の人――お父様や憧れの国王陛下、ディオン殿下のガーディアンに比べると見劣りする。今のままでは、ローリィのライバルである悪役令嬢として彼女の前に立つわけにはいかない。


 だから。


 エキストラ、追加しました。

 先生の足元にできる黒い影、そこから子分たちを呼び出すように必死に願ってみた。先生の前で、両手を組んで。願いが叶わないのであれば、叶う方法はないかと頭を捻った結果、神殿にお百度参りすればいいんじゃないかって思って、行動に起こそうかと思うくらいに思いつめていたんだけど。


 まあ、お百度参りする前に叶ったよね。

 いざという時に先生の影からわらわらと出てくる子分たちは、格好良さを優先して『忍者でお願いします!』と神様にお願いしておいた。で、目元以外は黒装束の忍者軍団が好きな時に出てきてくれるようになった。


 これで勝てる! と思ったね。

 何に勝てるのかと言われたら微妙だけど、ガーディアン個体の大きさとかじゃなくて、こちらは数で勝負である。


「フランは本当にどこを目指してるの?」

 ディオン殿下は胡乱そうにわたしを見つめている。

 定期的に行われている、王城の中庭でのデート……いや、お茶飲み時間。一応、わたしと殿下は婚約者だから、こうして王城の中で会うことも予定に組まれている。

 会うたびにディオン殿下は鋭い目つきをしながら「何も問題は起こしてないよね?と問い詰めてくる。そして、これも定例会みたいになった、ガーディアン観察の時間で、わたしが造り出した忍者軍団を見て深々とため息をつかれたわけである。

「どこって、完璧な悪役令嬢を目指してますわよ?」

 わたしは中庭の一角、ガゼボに用意された香り高いお茶を啜りながら邪悪そうに微笑んで見せた。

「悪役令嬢って言うけどね」

 ディオン殿下はじっとわたしを見つめた後で軽く首を横に振った。「あのさ、フラン。君、僕の名前を出して余計なことをしてるよね?」

「余計なこと?」

「孤児院などへの援助だよ」

「……ああ、確かに?」


 そう。

 わたしは少し前から、ローリィの周りの環境がどんなものなのか個人的に調べさせていた。


 実はわたし、ゲームのクリアまで結構死んだ――セーブからのやり直しを何度も繰り返したんだよね。ガーディアンがいないうちは、孤児院で年嵩の他の子たちから虐めを受けていたんだけど、そこでも何度かやり直した。

 それだけ、虐めが凄惨だったということなんだけど、あれ、何とかできないかなって思ったんだ。

 だってほら、万が一にでもローリィが殿下と運命の出会いを迎える前に、死んでしまったら困るし。

 だから、虐める側の環境を少しでも変えたらいいんじゃないかって思ったのだ。孤児院の暮らしがつらいから、虐める側も弱い立場のローリィに八つ当たりをしていて、それがどんどん過激化していく。じゃあ、孤児院での生活が少しでもいいから改善したら?

 そう思って、ローリィが暮らしている孤児院にお金を回したり、本当にヤバそうな人間はどこか違う土地に行ってもらったり、手を回したのだ。そのついでに、ローリィがいる孤児院だけじゃなく、他の劣悪な環境だと思われる孤児院にも救いの手を伸ばしておいた。


 ただし、ディオン殿下の名前を使って、ね。


「だってわたし、悪役令嬢ですもの。わたしが善行をしてしまったら、目的から大きく外れてしまいますわ。そのために、ちょーっとだけ殿下のお名前をお借りしましたの」

 うふふ、と笑いながらケーキスタンドの上に乗ったマドレーヌに手を伸ばす。だって、さすが王城の料理人、お菓子も一流だし。食べられる時に食べておこうと思って。


「あのさ、フラン。それで、何故僕の名前を出すの? 名前を出さずにやることもできるよね?」

 ディオン殿下はテーブルの上を指先でかつかつと叩き、苛立ちを露にした。でも、キラキライケメン少年にはあまり威圧感がないから、わたしも余裕を見せていられる。

「名前を出さずにいると、誰かに痛くもない腹を探られるかと思って、念のためですわ念のため」

「痛くもないって」

 はあ、とまた彼はため息をつく。ディオン殿下の幸せがため息と共に逃げ去っているのだとしたら、今はかなりどん底だろう。

「君は、自分がやってもいないことでお礼を言われる僕の立場を考えたことがある? やってもいないことで僕の評価が上がっても、何も嬉しくないんだよ。僕にどうしろって言うんだ」

「……それでは、これから一緒に」

「じゃ、なくて!」

 ディオン殿下が珍しく声を張り上げた。「君は自分が悪役だって言うけど、どう見ても悪役に向いてない。ただ、自分勝手に『前世』とやらの記憶に振り回されているだけだ。僕は君の娯楽のための道具じゃないんだよ!?」

「え」

「君はこの世界の何を見ているの? ローリィとかいう少女が何?」

「だからそれは光魔術……」

「だから!」

 ディオン殿下が椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。こんなに怒っている彼を見たのは初めてだと思った。そして少しだけ、怖かった。

 彼は椅子に座ったままのわたしを見下ろし、冷ややかに続けた。

「君にとってこの世界はゲームなんだろうね。でも僕は違う。勝手なイメージを押し付けられて、僕の運命の相手を決めつけて、君はそれで満足かもしれない。でも僕は、君の婚約者としてずっと寄り添ってきたつもりだった。つもり、だっただけかもしれない。僕には君が理解できないよ」

「あの」

「少しは僕の、今、ここにいる僕を見てくれないか? 僕のことなんて君は全く興味ないのだろうけど、それでも僕は婚約者なんだよ。フランセット・クローズ嬢、君の婚約者なんだ」


 唐突に。

 ああ、失敗した、と思った。


 だって、心臓が、胸が痛い。

 ディオン殿下に言われたことは、わたしも少しだけ悩んでいたことだ。ただ、目をそらし続けてきた。彼の運命の相手は決まっているから、必要以上に彼に関わってはいけないのだと自分に言い聞かせていた。


 ディオン殿下はこの国の第二王子だ。

 ゲーム内で解っていたことなんだけど、彼は第一王子である兄と少しだけ関係が上手くいっていない。ディオン殿下は兄を慕っているものの、兄である第一王子は疎ましく感じているようなのだ。それは、ディオン殿下の魔力の大きさが第一王子よりも遥かに大きく、何かと周りから比べ続けられたことが原因である。

 その確執からか、私生活で笑顔をなくしがちなディオン殿下を救ってくれるのがローリィだから――わたしは必要以上に殿下に歩み寄ることを避けていた。見えていた問題から目をそらし、それでも、どうしても気になった時はそらし続けることができずに無責任に手を伸ばし、言葉で慰めたこともあった。これもわたしの自己嫌悪につながった。中途半端なのだ、わたしの行動は。


 だって、わたしは主人公じゃない。

 殿下を助けたいと思っても、助けてはいけない立場なのだ。


 それでも、王城内での殿下の立場を少しでもよくしてあげたくて、模索していたんだけど。


 やり方を失敗したんだな、と理解した。


「ごめんなさい」

 わたしは必死に言葉を絞り出したけれど、その声は自分でも解るくらいに震えていたし、その言葉が彼の心に浸透した瞬間にディオン殿下の目が泣きそうになったのも見えたから、余計に苦しかった。


「君は僕のことが嫌いなの?」

 やがて、ディオン殿下が何の感情も映らない目で見て言った。

「……いいえ。そんなことはありません」


 ただ。


 わたしは前世で厭というほど自分のことを理解していたのだ。

 わたしは恋愛に……男女間の付き合いというものが上手くできない人間なのだと思う。前世でも、失恋した時に初めて、その人相手に恋をしていたんだ、と気づいたくらい鈍い人間だった。

 だからきっと、この世界でも上手くいかないだろう。


 わたしはディオン殿下のことが少しだけ気になっている……と思う。好きか嫌いかで言えば、好きだ。自分の考えを好きに言い合うことができる相手。友人よりももっと近い位置にいる相手。

 だって、七歳の時に婚約して、ことあるごとに一緒にいて、遊んだり勉強したり、たくさんのことを話し合ってきた。彼の性格はとてもよく解っているはずだ。

 ただ、将来的に身を引かなくてはいけない相手だから、好きになってはいけないと思っていただけ。


 これは恋じゃない。

 恋にしてはいけない感情。

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