第4話 ドラゴンの実
というわけで、わたしもゲットしました、ガーディアンの卵!
わたしは一人、にやにやとしながら手のひらの上に小さくて赤い卵を呼び出している。表面には彫刻のような白い模様が入っていて、とっても綺麗。
神殿で大神官様の祝福という名の聖なる祈りを受けた後で、卵を授かる儀式でこれを得た。これから一年くらいかけて、卵を育てて孵化させるんだって。
よし、蛇は駄目、蛇は駄目。
悪役令嬢が使役するガーディアンだもの、もっと違う存在として生まれてきて欲しい。
ディオンは口を酸っぱくして『変なことは考えないように』と繰り返していたけれど、そんなことは知るものか。反抗してなんぼの悪役令嬢です、わたし、頑張る!
悪役令嬢フランセット・クローズ、どんなガーディアンを作り出したらいいだろうか。
黒いドラゴン持ちのお父様とは絶対にかぶってはいけない。もっと違う方向性で、悪役らしいガーディアン。陛下のガーディアンは真っ白なグリフォンだった。さすが優雅さの塊、エルネスト・シルヴェストル国王陛下!
それで、わたしはどうしよう。
悪役、悪役、悪役。
ローリィがビビっちゃうくらいの、とんでもないやつがいい。インパクトがあって強くて、誰も考えつかないようなやつで、それからそれから。
時間は一年もあるんだ、よく考えて――。
「で、どうしてこうなったの」
わたしが神殿で祝福を受けた一年後。つまり、十一歳の誕生日。またディオン殿下が我がクローズ家の朝食の場に現われて目を眇めて言った。
「変なことは考えないようにって言ったよね?」
「考えていませんわよ?」
わたしは彼から目をそらして言葉を探す。
今、ディオン殿下は彼の孵化したばかりのガーディアンを膝の上に乗せている。ガーディアンも子供だからか、魔術学園に通う頃には立派な鬣を持つ翼ある獅子だったけれど、今はころころとした仔獅子。めちゃくちゃ可愛い。何それどこのペットショップで買ってきたの? ってくらい手入れの行き届いた天使。
それで、わたしのガーディアンが孵化したと聞いた殿下が、早速乗り込んできたわけで。そして「呼び出して」と言い出したわけで。
めちゃくちゃ厭がっているというのに、命令だから仕方なく呼び出したわたしのガーディアンは。
ええと、人型をしております。
普通、誰もが獣の型のガーディアンを持つらしいんだけどね。
わたし、どうしても他人とは違う、特別なガーディアンが欲しくて。
格好いいのに悪役らしい、ガーディアンが欲しくて。
前世の記憶を色々引っ張り出しているうちに、唐突に思いついちゃったんだよね。わたし、前世の時代劇がめちゃくちゃ好きだったこと。お約束満載の勧善懲悪、あれがわたしの理想だった。理想的な、ゲームの世界。ああいうのがいいと思った。
そして子供の頃に好きだった時代劇で、『般若の面』を被ったお侍さんが出てきたやつがあったなあ、とか思って。あれ、お面さえ取らなければ、こっちの世界じゃ絶対に悪役だよね。
侍、格好いい!
武士は格好いい!
そう思ったのだ。
出来上がったのが、黒い着物を着て般若の面をかぶったお侍さん。そのまんまだけど、よく時代劇で悪役が「先生、先生ー!」って大声を上げるとふらりと現れる、髪の毛がちょっと乱れた悪人面の切られ役。日本刀を格好良く振るけれど、悪役だから結局倒されてしまう、ああいう感じの。
でも、孵化したばかりのわたしのガーディアンは、般若の面をかぶった幼児である。それを膝の上に乗せて、つい笑ってしまうわたし。だって可愛いんだもの。般若の面すら幼いし。
ディオン殿下は深いため息をこぼし、頭痛でも覚えたかのように額に手を置いて小さく続けた。
「……まさか、そんなのを孵化させるなんて。普通、ガーディアンは人型じゃない。だからそんなのを他人に見つかったら、君の不貞が疑われ――」
バン、テーブルが叩かれてわたしの肩がびくりと震える。ディオンの動きもぴたりととまる。
そして大きな音の発生源、お父様にわたしとディオンの視線が集まる。
「不貞などない」
「それはもちろんそうですが」
ディオンが僅かに強張った声で言うと、さらにお父様が地獄から響くような声を絞り出した。
「絶対にない」
ああ、はい。ソウデスネ。
わたしは幼児を抱きしめて引きつった笑みを浮かべる。それから、何て言おうか少し悩んだ後で、困っていることを相談することにした。
「あの、お父様」
「何だ」
「ガーディアンは主の魔力を得て育つみたいですが、正直なところ、のんびり育てていくのはどうかと思いますの。ほら、ディオン殿下がおっしゃったように、誰かに見られるとわたしの産んだ子供? とか思われてしま」
「それはない。思われたら始末する」
「何を!? いえ、そうじゃなくて。手っ取り早く、この子を育てる方法があったら」
「この子……」
ディオン殿下が唸るように言ったのが聞こえるけど、それは無視だ無視。
「確かにな。解った」
そこで、唐突にお父様は椅子から立ち上がり、能面みたいな表情でディオンを見下ろして続けた。「殿下。急用を思い立ちましたので、本日の王宮魔術師団の任務を休むと陛下にお伝えください」
「え」
ディオンが目を白黒させている間に、お父様は廊下に出て行くのではなく、窓から中庭へと降り立った。そして、強大な魔力が中庭で渦巻いたかと思えば、一瞬後にはお父様の姿はどこにもなくて。
「取ってきた。食べなさい」
夜遅くに帰宅したお父様がそう言った。
頭の先から足の爪先まで全身血だらけで。
「お父様っ!?」
大声を上げてしまったのはわたしだけじゃなく、家令も、召使たちもとんでもない騒ぎだった。上から下まで大量の血を吸って重くなっているであろう黒い服に身を包んだお父様は、林檎のような赤い実をわたしに差し出してきている。ただし、その髪の毛も頬も血で汚れている。
「どこかお怪我を!? 医者! 治療魔術……!」
わたしが近くにいた召使に叫ぶと、すぐにお父様は首を横に振った。
「いらん。怪我はない。全て返り血だ」
――何の!?
クローズ家の大広間が静まり返る。
いつもだったら夕食の皿が並ぶテーブル。召使たちも複数人、傍に控えている状況。そして、お父様以外の人間は全員、血の気が失せた顔を見せていたと思う。
「これはドラゴンが好むと言われている、魔力を含む果実だ。これを食べれば、お前のガーディアンもすぐに育つだろう」
お父様が静かにそう言って、わたしはつい、自分が血で汚れるのも構わず、お父様の腰に抱き着いてしまった。
ドラゴンの実とも呼ばれているその果実のことは、わたしも知っている。わたしたちが暮らしているこのシルヴェストル王国よりもずっと南、広大な森と高い山があるどこかにある、ドラゴンの生息地。
わざわざそこにお父様は行ってきたのだろう。そして、実を守るようにしていたドラゴンを倒し、手に入れてきた。その返り血を浴びて、この状況になっているということだ。
何て無茶なことをするんだろう、我が家の魔王様は!
わたしがたった一言、ガーディアンを早く育てたいなんて言ったから!
「お父様が怪我する方が厭! 怖い! 駄目!」
「フランセット」
こわごわとわたしの後頭部を撫でてくるお父様の手は、不器用だけれど温かくてとても大きい。
「無茶しないでください。約束、してください。わたしのために、危険なことは何もしないって。わたしが、わたしに何があっても、お父様は何もしては駄目です。絶対に、何もしないで」
何だか、目の奥が熱いような気がした。
ここはゲームの世界で、わたしにとっては幻想の世界みたいなものだけど。でもやっぱり、ずっとここで育ってきているのだからお父様はお父様で、ちゃんと体温も感じることのできる、生きている人間だ。愛情だってある。ずっとわたしを育ててくれた、大切なお父様。
「お父様が死んだりしたら、わたしも死にますから。だから、絶対に駄目」
情けなく鼻水が出そうになったけれど、必死にすすり上げてお父様のお腹に顔を埋めてそう言う。
「解った。危険なことはしない。それに、私もお前が死んだら死……」
「死んだら駄目です」
わたしは必死にお父様にお願いした。わたしがたとえ死んでも、お父様は生きていて欲しい、と。わたしが何か我が儘を言っても、お父様が危険になるなら絶対にその願いを聞かないように、と。
お父様はしばらく無言だったけれど、最終的には「解った」と言ってくれた。
それは優しい嘘かもしれない。
でも、やっぱりお父様には死んで欲しくないな、と思った。
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