第16話 名前は……、見栄を張ってしまいました。私が創った異世界リゼラミアには楽しいものもたくさんありますよ。みんなに喜んでもらいたいと思って創った世界なので、ぜひ色々と体験してみてくださいね

 コンコン!


 頑丈そうな扉をノックした。


 ガチャ!


「どうされましたか? 取り敢えず、こちらへどうぞ」


 事務の制服を着た女性が扉を開けてくれて、カウンターへと案内してくれた。


「どういったご用件でしょうか?」


「実は、森の中で、盗賊が集めたと思われる宝石を見つけましたので、届けに来ました」


「あ、そうでしたか。それは、どのような宝石でしょうか?」


「はい、これらなんですが」


 魔法の袋に手を入れて、全ての宝石を出した。


「ああ、魔法の袋ですね」


 受付の女性は袋の大きさより、多い量の宝石が出て来たことに一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに魔法の袋だと理解した様子。


「盗品を持って来ていただき、ありがとうございます。謝礼をお渡ししたいと思いますが、量が多いため、鑑定に少し時間がかかりそうです。一時間後に、またこちらに来ていただけますでしょうか?」


「分かりました」


「では、こちらの書類にお名前をお願いします」


 渡された書類には、広く空いたスペースがあり、ここに名前を書かないといけないようだ。

 それもフルネームでって、苗字?


『そういえば、苗字を聞いてなかったんだけど……』


『苗字ですか……。何がいいですかね……』


 アリーセスが女神らしからぬ、たじろいだ反応を見せた。


『え、知らないの? ……というか、今、決めようとしてない?』


 ……まさか、ウルクって名前も本名じゃないのか?


『申し訳ありません。実は、ウルクという名前も、私が思いつきで付けました……。この世界に来た時に記憶喪失になっているとは思いませんでしたので……』


『そうだったのか……』


 まあ、元々いた世界の記憶もない以上、とりあえずはウルクでいいんだけど……


『どうして、最初にあたかも名前を知っているかのように振舞ふるまっていたの?』


『申し訳ありません、そこは、女神としての威厳いげんを保ちたかったといいますか……』


 思わず、笑ってしまう。

 

 異世界リゼラミアの女神なんて言うから距離を感じていたが、意外にも人間っぽいところもあるんだな。


 名前も思いつきとは言っていたけれど、もしかすると思い入れのある名前なのかもしれない。


「どうかされましたか?」


 受付の女性が、怪訝けげんな表情をしている。


 一人で突然笑い出した危ない人に見えたに違いない。


「あ、すみません、すぐに書きます」


 “危うく不審者”、危ない、危ない。

 

 結局すぐに苗字が思いつかなかったため、“ウルク=アリーセス”と書いた。


「ウルク=アリーセスさんですね。ありがとうございます」


『私の名前にしたんですね』


『考える時間がなさ過ぎて、アリーセスの名前しか出てこなかったよ』


 どうせ、自分以外は知らない名前だ。


「では一時間後に、再度来ていただけますでしょうか?」


「分かりました」


「今回、うけたまわったのは、ラムネシア=シーレンです。ありがとうございました」


 よく見ると、彼女の上着の胸元に名札があり、名前が書かれている。

 ラムネシアさんがお辞儀をしたので、僕もお辞儀を返してから退出した。


「よし、これで、お金が入ったら宿を探して、美味しい物でも食べに行きたいな」


『はい、ウルクのいた世界にはない、リゼラミア特有の美味しい食べ物もありますので、楽しみにしていてください』


 確かに、経緯はどうあれ、滅多なことでは体験できない異世界生活。


 アリーセスに、後でお勧めの飲食店でも教えてもらって、しばらくは異世界生活を満喫したいな。

 

 ようやく森から出ることができたのだ。

 元居た世界では味わえないような物を食べてみたりと、異世界リゼラミアならではの楽しいことをこの街では見つけていきたい。


 お金が入った後にしたいこと色々とを考えていたからか、僕の足取りは自然と軽やかになっていた。

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