第8話 どうして、魔族が生まれてしまったのだろう。私はみんな幸せに生きてほしかっただけなのに。いつか悪の種の正体を解明して魔族も元の姿に戻してあげたい

『アリーセスはこの世界リゼラミアの女神なのに、魔王軍を滅ぼすことはできないの?』


 異世界に来て二日目、森の中を歩きながら、僕はアリーセスに質問を投げかけた。


 昨晩は、勇者として召喚されたという事実が衝撃的過ぎて、聞きたいことも出てこなかった。

 が、一晩疲れて気付いたら寝落ちし、朝起きてみると徐々に心も落ち着いてきたため、いくつか質問したいことも出てきた。


『魔王と呼ばれていますが、実は、魔王も元は人間なのです』


『え?!』


 聞き間違いだろうか?

 魔王が、元は人間?


『もう一度確認するけど、魔王は、元々人間だったの?』


『はい』


 じゃあ、もし、勇者の使命を引き受けたら、元は人間だった魔王を倒さないといけないってこと?

 それって………


『私は女神として人間を護る立場にあります。元は人間だった魔王と、直接、私が戦うことはできないのです』


 勇者を召喚しないといけない理由が何かあるとは思っていたが。


 それが、アリーセスが勇者を必要としている理由。


 でもそうなると、人類と魔王軍の戦いは、つまるところ、人間と人間の争い。 

 “殺人”という言葉が頭をよぎる。

 

『魔王軍は全員、元人間なの?』


『魔王軍は別称べっしょうで魔族と呼ばれていますが、大きく分けると魔人と魔獣がいます。前者の魔人が元人間です』


 森の中で助け舟を出してくれたアリーセスの願いとはいえ、これは更に判断が難しくなった。


『ついでに、もう一つ、聞きたいことがあるんだけど』


『はい、何でもお尋ね下さい』


『この世界リゼラミアに人が誕生してから何年くらい経っているのかな?』


『二千二百年です』

 

 魔王軍との争いは二千年以上続いていると言っていた。


『ということは、人が誕生してから、ほとんどの歴史が争いの歴史だったということ?』


『残念ながら、そういうことになります』


『間違っていたら謝りますが、最初から人と人が争う世界を創造したということではないんですか?』


 もし、そうだとしたら、たとえ現魔王を倒したとしても、また新たな魔王が誕生するだけ。

 終わりのない使命ほど、やりたくないものはない。


『もちろん、最初から人と人とが争うことを前提に世界を創造したわけではありません。断定はできませんが、女神である私でも分からない、何かが、このリゼラミアでは起こっているのですが……』


『まだ、原因は解明できていないと』


『はい、その原因を過去の勇者達にも調べてもらいましたが、まだ結論には至っておりません。ただ、四十人の中で“知恵の勇者”と呼ばれた勇者の研究により、リゼラミアの人々の心には、ある“種”が埋め込まれているということは分かりました』


『種?』


『はい、その勇者は“悪の種”と命名していました』


『悪の種……』


『その悪の種が、いつ、どこで、どのように、入ってきたのかは分かりません。しかし、その悪の種が原因で、私は人間たちと対話ができなくなり、また悪の種が一定以上に成長した時、人間が魔族となってしまうことが分かりました』


『悪の種のせいで、女神でも分からないことが出てきたということですか?』


『はい、本来、私はリゼラミアの全てを知ることができる能力を持っているのですが、私が創造した以外のもの、つまり悪の種に関しては知ることができません。加えて、“魔の霧”が立ち込めたことにより、魔族の周辺は私も把握できなくなってしまったのです』


『魔の霧?』

 

 また新たな言葉が出てきた。


『魔族が集まると、その周辺には霧が現れるのですが、その霧のことを、人々は魔の霧と呼んでいます』


『そうなんですね』


 魔の霧の周辺は、アリーセスの全知の能力も届かないということか。

 

   ◇ ◇ ◇ ◇


『明日は人里に近くなりますので、精霊を呼び出しておいた方がよいかと思います』


 深刻な話を聞いた後も足を止めることなく歩き続け、日が傾き始めた頃、アリーセスが声をかけてきた。


『どういうこと?』


 人里で、堂々と精霊を出してもいいのだろうか。


『魔獣が出る可能性があります』


『魔獣って、さっき言っていたあの? そういえば、魔獣って一体何なの?』


 魔人が人間ってことは、何となく想像はつくが……


『魔獣の本来の姿は動物です』


 予想通りだった。


『魔人の魔術によって、動物を魔獣化しています』


『ということは、自然に魔獣が発生することはないってこと?』


『はい、動物には悪の種は、入っていないようです』


 人間にだけ、悪の種が入ったってことか。


 ん?

 人間にだけ?


『確か昨日、人間にだけは創造性と自由を与えたかったって言っていましたよね』


『はい』


 何かは分からないが、何かがそこに引っかかっているような気がした。


 もしかすると、悪の種の正体を知る上で重要なことなのかもしれない。


 今はまだ何も分からないが、話を聞いている限りでは悪の種の正体を突き止めない限り、人間と魔族の争いは終わらない。

 何となくそう感じていた。


 一応、さっき感じた引っかかりは忘れないようにしておこう。


 長い年月の間、悪の種の正体は解明されずにきたのだ。

 簡単には解明出来ないことなのだろう。


 だからこそ、たとえ小さなことであったとしても、解明する糸口がないかという意識を張り巡らせておいた方がいい。

 僕はそう心に留めた。

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