第7話 王妃と王子



 ◇ ◇ ◇




「全くもう貴方はっ。聞いているのですか、アレクシス!」


「はいっ、母上。きちんと拝聴しております!」


 呼び出された豪華な宮の一室で、王妃の怒声が炸裂していた。


 長引くお説教に気が逸れた様子の息子に一層、ヒートアップする彼女を止められるものは誰もいない。



「何故、そう軽々しくイリーナ嬢との婚約を破棄しようとしはじめたのですか!?」



 二人の婚約は「アレクシス王子の補佐を出来るご令嬢が望ましい」という、厳しい条件の元、幼少期に決められた。


 血筋、教養、美貌に至るまで選び抜かれルフィルオーネ公爵令嬢しかいないとされたのだが……。


 最近になって急に、王子的には何かが気に入らなくなったようなのだ。



 当初は、完璧すぎる彼女に嫉妬し、反発しているのかと思われていたが、母親の勘がそれは違うと訴えていた。


 彼には他に誰も真似できない音楽の才能という確固たる心の拠り所があるためか、人に嫉妬するという感情自体がなさそうなのだ。


 この意見には、直接王子の人柄を知っている者ほど賛同してくれたので、ほぼ当たっていると思われる。


 親としては嬉しい素質が判明した瞬間だったが、喜んでいる場合ではない。



 頻発し出した婚約破棄騒動に同伴している令嬢達と、本当に婚約したいと思っているのかどうかも、不明なままなのだ。


 側仕えからの情報では、特定の令嬢に入れあげ、のめり込んでいるのかというとそうでもないらしいし、もう訳が分からない。


 来る者拒まず去る者追わずの姿勢を貫いているおかげで、当然の如くお相手の女性は、季節が巡るよりも早く入れ代わっていく。


 今回のマロン嬢で何回目になるのかを数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいだ。


 そのマロン嬢だが、あれから数日たった今、すでに王子の側にはいなかったのである。




「それで貴方が仮面舞踏会に同伴したマロンさんですけれども……」


「ああ、母上。何かご存じなのですか? 急に一切連絡が取れなくなったようなのですが」


 側近たちに情報を集めさせているところだったのですと言いながら、特に心配もしていなさそうな様子で聞いてきた。



 ただ、向けられた瞳はキラキラと輝きを放ち、まるで宝石のように美しい。


 至近距離でじっと見つめられた王妃は思わずうっとりしそうになり、流されてはいけないとハッとして首を振った。



「……自ら修道院行きを希望しておりましたので許可を出しておきましたよ」



「修道院? またですか? 確か先週お付き合いしたセシル……セシリアだったかな? 彼女も連絡が取れないと思ったら修道院へ行ったと聞いた気がしますが……?」



  あれほど熱く愛を語ってくれていたのに、何故でしょうねと首を傾げる王子のクズさ加減に、眩暈がしそうな王妃。


 全部、お前が原因だよと言ってやりたくなるが、グッと堪えた。


 関心なさそうな顔をしている彼に言っても無駄な気がする。



「まあ、彼女達の気持ちを受け入れてあげなさい。それぞれ悩んだ上で、固く決心した事なのですから」


 そう言うに止めた。


「分かりました、母上」


 軽い。


 明日の天気を聞かされたかのような軽い返答だった。


 もうなにも信じられなくなったから、といって去っていった令嬢達には聞かせられない。



 ――しかし、これはどうにも何かがおかしい。



 母親としての勘かも知れないが、違和感が拭いきれない。


 王妃は、考えに考えて……頭が沸騰しそうになりながらもひとつの結論に達した。


 そう、難しく考えるからいけないのだ。




「……聞いたところによりますと貴方、婚約破棄をする時には随分と興奮した話し方をなさるそうですわね? 普段はあまり、大声など出さないではありませんか」


 どうして、急に芝居がかった態度になるのです、と詰る。


「別に?」


「別に? ではありませんよっ、王子! 貴方……まさかとは思いますが……」


(ギクッ)


 僅かに揺れる肩に、動揺を感じた王妃は確信した。


 つまり、王子の奇行の原因は……。



「アレを作曲の題材にしているのではありませんこと!?」


「いやぁ、母上。そんなわけないじゃありませんか……ハハハッ」


「ア・レ・ク・シ・ス~!?」



 鋭い指摘に冷や汗をかきだした王子。


 目が泳いでいる。


 後で控える側近のエミリオなどはあんまりな内容に倒れそうになっているが、ショックを受けたのは王妃も同様だ。



「やっぱりそうなんですのねっ。おかしいと思いましたのよ、わたくし!」



 この音楽バカがっ、と心の中で罵りながらも、「さすがわたくし、相変わらず勘が冴え渡っておりますわぁ」と、自画自賛することも忘れない王妃。


 王妃としてはどうかと思うが、割りとお茶目な人なのかもしれない。





「では、彼女との婚姻に不満があるわけではなのですね……?」


「ええ、まあ」


「……貴方の足りない部分を補ってくれるのがイリーナ嬢なのですよ? 分かっておられるのですか?」


「ええ、まあ」


「本当に、分かっている人は、何度も婚約破棄なんてしないものですよ……」


「ええ、まあ」


「いくら貴方にベタ惚れのイリーナ嬢でも、愛想を尽かしてしまわれるかも……振られても知りませんわよ……?」


「ええ、まあ」


「……貴方、わたくしの話を全然、聞いておりませんわね!? 何を考えているのか言ってみなさいっ」



 上の空で返事をしていたことがバレた第三王子だが、それはもう嬉しそうにはにかんだ。


 ぱぁっと花が咲くような微笑みを浮かべ、ズイッと身を乗り出すとピタリと視線を捕らえる。


 優しく両手を掬い、流れるようにキスを落とす気障な仕草はまるで舞台俳優のように決まっていて、思わず怒りを忘れる王妃。



「さすが、母上。私のことをよく分かってくださっています」


「オホホホッ、 当然ではありませんかっ。わたくしはあなたの母親なのですから!!」



 潤んだ瞳に上目遣いで見つめられ、上機嫌になってしまった主人に、後で控えていた王妃専属の侍女は、ため息を飲み込む。



(またまた誤魔化されちゃってますわよ……王妃様。しっかりなさってくださいまし!)



 そんな侍女の願いも虚しく、なんだかんだ言って息子に甘い王妃は、次の一言であっさりと陥落した。



「実は母上。是非、貴女に一曲、捧げたいのです。お許しいただけませんか?」


「まぁ?」


「新曲なのです。お話ししていたら、創作意欲が刺激され……ふと思い浮かんで。真っ先に聞いていただきたいのです」



 息子の才能に惚れ込んでいる王妃が、その一言ですっかり心を持っていかれてしまったのは、誰の目から見ても明らかだった。



(これはアカン……)



 ズーンと沈んだ側仕えたちの心情をよそに、浮き立つ心でワクワクしながら言った。



「まぁ、そうなの。では、聞かせていただこうかしら?」


「ええ、母上。喜んで」



 嬉しそうに微笑む王子。



 天賦の才能というのは、持つ人の資質によっては非常に厄介だということがよく分かる、見本のような出来事である。



 もちろん王子にごまかしてやろうという気はない。



 ただ単に母親からお説教されている最中、たまたま新しい曲の一節が浮かんできたので、早く弾いてみたかっただけである。


 つまり、全く話を聞いていなかったのだが、王妃に捧げると言ったのは嘘ではない。本当にそう思っているのだ。


 ただいつも、その時そばにいる女性に軽率に捧げてしまうので、王妃が特別というわけではないのだが……彼女の心の平穏のためにも、これは言わない方が良さそうだ。




 そして、同じように美しい曲をプレゼントされた女性たちにも、そんなことは分からない。


 王子から愛を捧げられたと勘違いしてしまうのだが……彼女達が悪いわけではないだろう。


 誠に厄介なものである。




 それは、生まれた時からの付き合いである王妃も例外ではなく……。



「ほぅ、なんて素敵だったのかしら。さすが、わたくしのことを思って作曲しただけありますわ……」



 美しい旋律の余韻にうっとりとする主人に、侍女の冷静なツッコミが入ることになる。



「確かに素晴らしかったですけれども。よろしいのですか、王妃様?」


「何がです?」


 きょとんとした表情になる王妃。


 こういうところはよく似た親子だなと思いながら、重ねて言う。



「本日は、今後二度と婚約破棄騒動を起こさないようにとしっかりお説得される予定だったのでは……?」


「し、しまったですわ――!?」



 我に返った王妃だったが時すでに遅し……王子様ご一行は帰られた後だった。



 こうしてまたまた第三王子が起こした先日のやらかしは、有耶無耶にされていくのであった。





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