第6話 天は二物を与えず?



 散々な結果が信じられないというか、信じたくない王と王妃は二人だけでやけ酒を煽った。


「何故だ!? 何故なんだ!」


 ダンッとテーブルの上に空にしたグラスを叩きつけ、吠える。


「複雑で難解な譜面を一度で暗譜出来る頭脳があって、どうして貴族年鑑を暗記することができないんだぁ――!?」


「へ、陛下。お気を確かに!」


 そう言って必死に慰める王妃も、涙目になっている。


「何が違うのだ。我には理解できん」



 アレクシス本人にも分からないのだ。


 親とはいえ、別人の二人に分かるはずがない。



「やはり、欲張ってはいけないのですわ」


 悟ったような表情で王妃が言った。


「そうだな。天は二物を与えずと言うが、十分に与えられた訳だしな。これ以上を望んではバチが当たるか」


「ええ、まあ……そう、ですわね」



 差し引きゼロになりそうな欠点も同時に与えられているので、素直に同意していいものか迷う王妃だった。



「アレクシスのためにも、喜ばないといけないのはわかっておりますのよ」


「ああ、確かに。只のバカで終わるのかと絶望していた時に比べると、な」



 素晴らしいことなんだと、自分に言い聞かせるように言う王に、王妃も頷く。



「でも、短い夢でしたわ……」


「そう、だな」



 こうして両親の期待も虚しく、彼を外交の要にするという野望は儚く散ることになったのだった。






 天賦の才に恵まれたものの、両親の夢は壊したアレクシス王子。



 成長するにつれ、もう一つ異なる分野での厄介事を増やしてしまう。


 周囲も今まで以上に後始末に奔走することになるのだが……。



 ――それが、恋愛方面である。



 本人のバカさ加減を除くと、とても魅力的な人なので当然考えられることでもあった。



 第三王子という身分と恵まれた容姿に天賦の才能。


 字面だけ見たら、とんでもない高スペックな男。


 客観的にみても嫌みなほどモテまくって、ドロドロの愛憎劇が起こっても不思議じゃないと思うことだろう。


 王家を筆頭に、徹底的な印象操作をしたおかげで、長所を補って余りあるほど、どうしようもなく残念な人だとバレていないことがこの件に関しては悪く働いた。


 なにも知らない令嬢達は初めて見る王子に、一様に舞い上がってしまうのである。


 特に、社交界デビューしたてで世間知らずのご令嬢は危険だった。


 花に引き寄せられる蝶のようについ、熱に浮かされフラフラと靡いてしまうのだ。


 これには側近達も頭を抱えた。


 真実を伝えて回る訳にもいかないからだ。



(全く、歩く災害みたいな人なんですから!)



 仮面舞踏会で王子に引っ付いていたマロン嬢もその中の一人で、ある意味被害者だと言えないこともない……のかもしれない。



 イリーナ・ルフィルオーネ公爵令嬢という、才色兼備な婚約者がいながら、あっちにフラフラ、こっちにフラフラと求められるまま彷徨う王子。


 王子に靡くご令嬢には事欠かないため、年頃になるとひっきりなしに様々な女性と恋愛騒動が起こることになる。


 そのことごとくを潰して回ったのがエミリオ達だった。


 いつも、複数のご令嬢と同時に付き合うという面倒くさいことをしてくださっているため、時にはエミリオ達も王子の中の優先順位を読み違えることがある。



 すると対応が遅れてしまい、今回リリアナが巻き込まれたような騒動へと発展してしまうのだ。



 問題なのは、アレクシスの真意が不明なこと。


 周りがいくら聞いても、この件に関してだけは頑として答えない。


 お手上げだった。


 婚約者と全くの不仲ならまだ分かる。


 しかし、幼少からの付き合いである二人は、側仕えから見ても険悪な関係には見えない。



 ――いや、むしろあれは……。



(全く、何をお考えなのやら……)



 ポロンポロンッと何気なく鳴らされる、優しいピアノの音色を聞きながら、エミリオはため息をつく。


 そして、もはや自分の思考が王子の奏でる音によってかき消されたことを自覚した。



(これがあるから、止められないんだよね……)



 指先から紡ぎ出される音が次第に至高の一曲へと形作られていく。


 

 ファン心理というのは実に厄介なもので、彼自身もコントロールできない感情に支配されることがしばしば起こりうる。



 聴いてしまうとあまりの素晴らしさについ、他の欠点をすべて許してしまいそうになるのだ。


 今だってそうだ。


 新曲作りの現場にいるんだと思うと勝手に気分が高揚してしまい、お説教中だというのに心が挫けそうになってくる。



(バカで天才なんて、本当に困る……)

 


 王子に対する愛憎渦巻く感情と日々、戦っているエミリオなのであった。




 そんな荒れ狂う側近の内面にも気づかず、相変わらず呑気に思うまま、疑問を口にする。



「それにしてもあれは誰だったんだろうな? 今思うと、割と可愛らしい声をしていた」



 誰だと思う、と問いかけられたが、



「僕に分かるわけないでしょ!? 声も聞いてないんだから!」



 と何処かの誰かと同じように言うと、思いっきり叫んだエミリオなのだった。




「それよりも殿下、この後、王妃様から呼び出しかかってますからね」


「な、なんだとっ。母上から!?」


 側近の言葉に驚き、目を真ん丸にしている。


 彼はとっても母である王妃を愛しているし、王妃もおバカで天才の息子を心から愛し、深い愛情を注いでいる。


 親子関係は良好であるのに、一体この怯えようは何故なのか?



「ど、ど、どうしよう。またお説教か!?」



 そう、彼が苦手なのは王妃のお説教。


 とにかく長いのだ。


 息子のためを思っての愛の鞭でもあるので、嫌ともいえない。



「今から仮病になってもいいか!?」


「……時間通りに行かれた方がきっと、お説教も短くなると思いますが」


「わ、分かった。仮病を使うのはやめよう」


  側近の指摘に、すぐさま前言撤回するアレクシス王子。


「よし、エミリオっ。いますぐ向かうぞ!」


「はいはい、畏まりました。あ、廊下は走らないでくださいよ!」


 慌てて部屋から飛び出す王子に、小さい子にするような注意をしながら、一緒に部屋を出るのだった。





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