第2話 だから違います
「あのね、誠に申し訳ございませんが、ぶっちゃけ人違いだと思われます!!」
「え?」
「えっ」
「ええ――っ。う、嘘でしょ!?」
男もだが、男の腕にひっついていた女がここで、初めて声をあげた。
さっきまではやたらとプルプル震えながら二人の会話をただ、聞いていただけだったのに……。
「なんだ、とっても元気そうじゃない!」
突然、甲高い声で叫ばれてビックリしながらも、安心する男爵令嬢。
(良かった、よかった。あまりにプルプル震えているから、布面積少なそうな、寒そうなドレス着ているせいじゃないかと心配しちゃった)
あれほど大声を出せる元気があるなら大丈夫だろう……と、心の中で思いながら頷いている。
オフショルダーなうえに、背中まで大胆に露出しちゃうデザインだしね、と。
……彼女も天然と言うかなんというか、とっても素直な女の子なのであった。
それにプルプル女は随分と驚いているようだが、突然よく分からない小芝居に巻き込まれた彼女の方がもっと驚いているし、とっても迷惑を被っているのは間違いない。
相手が驚いている今がチャンス、さっさと話をすすめてしまおう。
「残念ながら本当のことです。完全に、人違いです。さっきからずっと、そう言ってるんですけどね!?」
「……」
そこまで言われて、ようやく黙った。
戸惑ったように、二人して顔を見合せている。
ふぅ、これでなんとかこちらの言うことを聞いてもらえそうな雰囲気になったか。
(ほんと話を聞かない人との会話は嫌だわ。疲れるったら!)
ぷりぷり怒りながらも、彼らよりは冷静だった彼女は、早くこの二人から逃れたい一心で、今夜、一番言いたかったことを叫んだ。
「えっと、そもそもですね。マロンさんとかいう方のこと、私、全く、全然、これっぽっちも知らないんですけど!?」
「え」
「……はい?」
ポカンと呆けたような表情……は仮面で見えないとして、そんな感じで固まった二人。
何を言われたのか、理解出来ない、といったところだろうか……雰囲気的に……?
分かりにくいなぁ、もう。
「いや、だから貴方たち、お相手を間違えてんじゃないのって言っているんですよ」
ゆっくりと言い聞かせるように話す。
今度こそ、勘違いしないでくれよ、と祈りながら……。
「ちなみに、誰さんだと思われていたのか知りませんけれど、そんなに似ているんですか?」
勘違い男ほどではないものの、彼女自身も顔全体の三分の二を覆う大ぶりな仮面を装着している。
当然、素顔は不明のはずだし、婚約者だと思い込む要素がどこにあるのか、二人の思考回路が不思議で仕方がなかった。
「君はその……本当にイリーナ嬢ではない……のか?」
「だから違うって。何回もいった」
キッパリと言い切られ、目の前の派手な羽の塊がワサッと揺れた。相当、動揺しているらしい。
(こんな偉そうな態度のアホな浮気男が婚約者だなんて、私だったら絶対嫌。イリーナさんって……いや、
ただまぁ、ここにきてちょっと他にも問題が出てきてしまい、焦りが生じる。
人のことを気遣っている余裕も無くなったというか……気づきたくなかったけれど。
なんというか、言いたくないのだがイリーナ嬢の名前を出した時点でアレなのだ。ちょっとマズいことになりそうなのである。
名前や身分を伏せて参加が条件の仮面舞踏会で、個人を特定出来る呼び名は禁止というルール違反を犯していることも問題なのだが……。
二人の女性の名を呼んだことで男の正体とかも多分……というか絶対、確実にバレちゃったと思うのだ。
先程から固唾を飲んで聞き耳を立てている、仮面舞踏会の参加者達に……。
(誰も止めに来ないけど、いいんですかコレ!? とりあえず私は、全力で気づかない振りをさせていただきますけどね!?)
もう本当にこれ以上、関わりたくない……。
嫌すぎて泣きそうだった。
(誰だか知らない男のまま、はやく別れたいんですけど!?)
頼むから名乗らないでくれと、ドキドキしながら男の良識が残っていることに賭けて、祈っていると……。
「そ、そうか。では彼女は何処にいるんだ?」
「知らない」
そんな頓珍漢なことを言い出し始めた。
……この国の将来って、大丈夫なんだろうか?
父は男爵位を叙爵したことを名誉なことだと喜んでいたけど、早まったんじゃ……?
不安になっている彼女の心の内も知らず、誰だか知らないことになっている目の前の男は、仮面の奥で露骨にがっかりしたように……見えた。
「そ、そうか」
ふんっ、そんなに完璧令嬢だと評判の婚約者を排除したいのかと冷めた視線で見つめる男爵令嬢。
……いや、この男がこんなんだから、イリーナ様のような才色兼備な方をお相手に選ばざるえを得なかったのかもしれない。
(うん、すごく納得できるかも……彼、噂以上だもの)
まぁ彼女が知っているのはあくまでも噂なので、本人の人となりを知っている訳ではないのだが……。
だから当然……。
「知ってるわけないよね? ついでに貴方たちのことも全くこれっぽっちも知りませんけど!」
うん、そう言うことにしておこう。それがいい。
面倒ごとに巻き込まれたくない。
……若干、手遅れな気がしないでもないけれど、最悪こちらの身元がバレなきゃいいんだしっ。ポアロ男爵令嬢だってことがね!
「そ、そうか。でも君も悪いんだぞ」
「何でよ?」
そう言われても、彼女には全く心辺りがない。
勘違い男がまた、変な勘違いしてるだけじゃないのと胡散臭げに眺めていると……。
「ほら、イリーナと同じ色の赤いドレスを着ているだろう? 髪の色も同じだから、間違えてしまったんだ」
「髪の色って……これ、鬘ですけど」
「え」
「あっ」
「……」
……自分達は全身ケバく仮装している癖に、少しも考えなかったのだろうか?
他の人も楽しみのために別人に成りすましている可能性を。
その可能性があったか、みたいな反応しないで欲しい。
しかしこれが一因だったのか。
せっかくのパーティーだからといって、憧れだった銀髪の鬘なんて被って来るんじゃなかった……。
そういえば初めに呼び止められた時は後ろからだった、あれは髪色で目をつけられたのかと思い、脱力感に襲われながらも続ける。
「それとドレスの色……でしたか? ねぇ、それってイリーナさんって人を探す手がかりが髪の色はともかく、その他にはドレスの色しかないってことにならない?」
「そうだが……何か問題でも?」
キョトンと聞き返されて、余計に腹が立った。
この男、絶対、脳味噌スッカスカだって!
本当に本気でこの国の未来って、大丈夫なの!?
「……はぁ。もっとよく周りを見てみてよ。赤いドレスは今年の流行色なの。会場中、真っ赤でしょうが!」
「あっ」
ひっつき虫の方が、そういえばそうだったとかなんとかブツブツつぶやいているが、今さらじゃない!?
「それにね、もっと根本的な間違いを犯していることに気づきましょうよっ」
「え」
「???」
「そもそも何故、仮面舞踏会で婚約破棄しようと思ったし!? 仮面してんのにお相手の顔が見える訳ないでしょうがっ。だから間違えるのよっ。バッカじゃないの!!」
ずっと言いたかったセリフを、おもいっきり叫んでやったのだった。
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