第3話 そそくさと逃げ出す
◇ ◇ ◇
あれから出来るだけ急いで、仮面舞踏会の会場から逃げ出した。
一緒に参加した友人達と合流してしまうと、そこから色々露見してしまうかもしれないと不安になり、一人で帰ることにしたのだ。
(小さな危険も、回避するに限るよね!)
というわけで、そそくさと適当な辻馬車を拾い乗り込む。
尾行されている可能性も考え、直接屋敷に帰るのは早々に諦めた。
念のため市内を縦横無尽に走らせてから、会場からも家からも離れた実家とは縁のない宿屋に一泊するという徹底っぷり。
年若い娘の、咄嗟の対応としては上出来ではないだろうか。
「よし、こんなもんでしょう」
嵩張るドレスを脱ぎ、鬱陶しかった仮面と鬘を外してしまうと少し、気分がスッキリした。
「今日は本当、ひどい目にあったなぁ。全然、楽しめなかったよ……」
宿の部屋で一人、ポツンと呟く。
パーティーに行けると決まってからは、楽しみで楽しみで……。
ワクワクしながら準備をして、せっかく綺麗に着飾ったのに到着した途端、変な男に絡まれ台無しになってしまった。
「結局、誰とも踊れなかったし。いっぱい練習したのに……」
脱ぎ捨てたドレスが目に入る。
練習に付き合ってくれた彼のことも思い出してしまって、何とも言えない悲しい気分になってしまう。
これ以上視界に入れないようにと、一纏めにして備え付けのクローゼットに押し込んでから、ふぅ、と息を吐いたのだった。
「けど本当によかった……お金持ってて」
多少は軽くなった心と体でベッドに腰かけながら、しみじみとつぶやく。
やんごとなき貴族のお嬢様方なら、自らお財布を持ち歩くなど絶対にないだろう。
ただ彼女は最近まで商売人の娘だったので、不慮の出来事に備えるためにと常に携帯していたのだ。
今回はそれが役立った。
どんな時でも、お金さえあれば大体のことは解決するものだと両親から教えられていたが、実際どうにかなるものである。
急遽、泊まることになった宿屋にも、きちんと口止め料を含めた宿代を前払い出来たし。
初めは真っ赤なドレスを着た仮面の女にドン引きしていたらしい主人も、大金を前にホクホク顔でお口チャックを約束してくれて、ホッとしたものだ。
そこまでやってようやく安心できた。
「はぁ、ひとりで考えてても良い案は浮かばないし。仕方ない……今日はもう寝ようかな」
どちらにせよ今宵のことは父達に話して、相談しないといけないのだ。
「絶対、怒られるだろうなぁ……特に兄さんには」
とりわけ仮面舞踏会の会場で、最後に放った捨て台詞。
あれはとっても気分が良かったけれど、勘違い男にバカ呼ばわりまでしたのは完全に余計だった。
我にかえって青くなったが、口にしてしまった言葉はもう戻らない。
バカ男に釣られたというか興奮から思わず叫んだが、やり過ぎだったと今ならわかる。
「……今から気が重いんですけど」
美しく整った顔立ちをしているだけに、青筋を立てて怒る姿は迫力があり怖いのだ。
簡単に想像できてしまって、ちょっぴり帰りたくなくなってきた。
「あの人、あれで外では冷静沈着な氷の貴公子とか呼ばれちゃってるんだよね。家では全然違うのに……二重人格なのかな?」
今ここに話題の兄がいれば、「全然、違う! お前がやらかすせいだろうがっ」と突っ込んでいたにちがいない。
「仕方ない。もう避けようがないなら、諦めるに限るよね!」
そう割りきってベッドに横になった。
立ち直りが早いのは、彼女の長所なのかもしれない。彼女の兄は短所だといいそうだが……物事を深く考えないという点で。
それはともかく慣れない体験によほど疲れしていたらしい。
目を瞑った瞬間、夢も見ずに爆睡したのだった。
◇ ◇ ◇
翌朝、宿屋の娘から買い取った町着にさっそく着替える。
さすがにあの格好では帰れないし、帰るつもりもないので。
姿見でアチコチ確認し、普通の町娘に変身した自分を見てみる。
「よし、完璧。どこからどうみても華やかさの欠片もない、とっても地味で平凡な町娘の完成よっ」
と自画自賛(?)しながらうんうんと頷く。
確かに美しく着飾った昨日の姿とは、まるで別人だ。
瞳の色は変えようがない。
けれど、よく手入れされた艶やかな栗色の髪はこの国で一番多い平凡な色だし、これも宿の娘に借りた化粧品で
どこからどうみても、ボンヤリした特徴のない顔で人の印象にも残らなさそう姿。
ここまで変身すれば、よほど親しい友人でもない限り彼女に気づけないだろう。
これで準備は整った。
見送り不要と告げてあったので、宿の人々が起き出す前にソッと抜け出す。
そして、薄暗さの残る早朝の町を足早に進むと、貴族街に出勤してくる通いの使用人達の群れにうまく紛れ込んだ。
(よかった……ここまでは計画通りだわ)
ホッとしながらも、尾行されていないか気になって落ち着かない。
後ろを振り向きたくなるのを頑張って我慢しながら歩いていると……しばらくして前方に、いまだに見慣れない我が家が見えてきた。
「本当、すごい屋敷。元平民には無駄に立派すぎるというか?」
見上げながら思わず呟く。
王都の一等地にあるにもかかわらず、敷地も広く目の前に見えていても中々たどり着けない大豪邸は、威圧感たっぷりである。
ここまで散々歩いてきた彼女はまだまだ続く道に思わずため息をつくと、あともう一息だからと自らを奮い立たせ、必死に足を動かすのだった。
元々、ポアロ男爵家は貿易を主力とした豪商で、日頃の功績を讃えられ叙爵したという経緯がある。
ぶっちゃけると、孤児院やスラム街での慈善事業や不作や飢饉が発生した地の支援など、国への金銭的な貢献が認められたということ。
口さがない連中からは、金で爵位を買ったとも言われている。
だがそんな陰口くらい、貴族の特権がもたらす利権の前にはどうということはなかった。
この世界では、商売するにしても貴族と平民では雲泥の差がある。
特権階級である貴族は、免税や塩や砂糖など一部商品の独占権を持つ。商人としては垂涎ものの権利が、爵位があるというだけで得られるのだ。
貴族社会では末端の、一般市民に毛が生えた程度の男爵でもそれは同じ。
これらの特権が生む莫大な利益は計り知れない。
元々商売上手なポアロ家だったが、貴族の仲間入りをしたことでより商売の規模が広がった。
与えられた特権を大いに活用して更なる成長を続け、今では大抵の領地持ちの貴族よりよほど、裕福になっていた。
だからこそ位ばかり高くて借金まみれの貴族から、歴史を感じさせる豪勢な邸宅を買い取ることもできたのだが……。
今は立派な正面玄関から入る勇気はないので、こそこそと裏口に回って帰宅したのだった。
思いがけない朝帰りした彼女が、ソッと静かに扉を開けると……。
そこには、青筋を立てた兄と眠そうな父がボウッ、と立っていた。
「ヒィッ!?」
「リ・リ・ア・ナ~!?」
灯りのない場所で二人揃って出迎えられたリリアナは、地を這うような兄の声で名を呼ばれ、ビクッとなる。
裏口に先回りされていたらしい。
完全に思考を読まれている。
(こ、怖いっ。待ち伏せも怖いけど、無言で暗がりに立たれているのも怖いってば! ホラーかよ!? ダブルで余計怖いわ!)
思わず逃げ出したくなるが、そんなことをいっていられない状況なんだと心を奮い立たせる。
(と言うか、何で私がこんな苦労しなくしゃいけないの!? これも全部、あの無駄に身分の高い勘違い男とお花畑女のせいよ!)
心の中でぷりぷりと怒りながらも表情だけは神妙に、昨夜起こった出来事ことを父と兄に包み隠さず報告する。
「えっと、あのですね。これは避けようがなくてどうしようもなかったというか完全な巻き込まれ事故で、私には全くなんの落ち度も無いってこと前提で聞いていただきたいんですけど!」
先手を打って早口で捲し立てた。
下手に隠して後からバレるよりマシだし、それよりはさっさと話してしまった方がリリアナの精神的にも良い。
……聞かされた方はどうか知らないが。
ともかく洗いざらい話すと、時にしかめっ面をしたり青くなったりと百面相をしながらも、一応、最後まで口を挟まず聞いてくれた。
時間的に頭が働いて無かっただけかも知れないけれど。
たぶん、朝帰りしたリリアナのせいで寝起きか徹夜明けだろうし?
……まぁ、滅茶苦茶なにか言いたそうではあったけどね。
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