仮面舞踏会で婚約破棄なんてしようとするから……
飛鳥井 真理
第1話 ドン引き
「さぁもう逃げられないぞっ。今夜こそ言ってやるっ。私は貴女との婚約を破棄し、彼女と婚約するからな!」
「えっ、えっ、え!? 突然、何事!?」
王都の片隅で行われた大規模な仮面舞踏会。
参加費さえ支払えば身分は問わない、という魅力的な謳い文句につられ、大勢の参加者でごった返していた。
彼女も、お祭り気分で浮かれて参加を決めた、その他大勢の紳士淑女の内の一人だった。
所詮、モブ令嬢といったところか?
何しろ会場となるのが、普段は絶対に立ち入れない、身分もコネも金も必要な会員制クラブだというのだ。
選ばれし者達が秘密裏に集い、豪華絢爛な宴が毎夜開かれていると噂されている場所。
近頃、国への多大な功績により、大商人から男爵にジョブチェンジしたばかりの元平民娘など、本来なら近寄ることさえ無理だっただろう。
想像すら出来ないような雲の上の方々が優雅に遊んでいるところに、コネ無しで誰でも行けるなんて信じられない。
面白い趣旨だと友人達で盛り上がり、ノリと勢いで参加を決めてしまった。
しかし、絶好の機会だと思ったのは彼女達だけではなかったようで、都中の紳士淑女が集結したのではないかと思われるほどの混雑ぶりである。
広大なはずの会場が狭く感じるほどの熱気で溢れていた。
そんな大盛況な会場にて突然、始まった
一方は随分と気合の入った男性、それと対峙するのは明らかに戸惑っている女性、つまりくだんの男爵令嬢だったのだが……。
彼女はただ、あまりの混雑ぶりに一緒に来た友人たちとはぐれてしまい、必死に探している途中だったのだ。
そんな時、『ちょっとそこの真っ赤なドレスの君、ちょこまかと動き回るな、止まれ!』とか何とか言われて、ついうっかり足を止めてしまったのである。
セリフはアレだが、自分を探している友人の声に少し似ていたことも勘違いに拍車をかけた。
後からよくよく考えてみれば、彼はあんな横柄な言葉遣いはしないし、赤いドレス姿の女性など近くに山ほどいたのだが、その時は合流することに夢中で気づけなかった。
それに彼女のドレスも、赤くはあるが真っ赤というほどではないと個人的には思うのだが……。
まあともかく、訳が分からないまま勢いに押され振り返ってしまったのが運のつきというか……。
派手な原色の鳥の羽で無駄に飾り立てた男性が、色だけ異なるものの同じように羽まみれになった女を腕にひっつけて仁王立ちしていたのである。
(うわぁ……)
ドン引きである。
いくら無礼講の仮面舞踏会だからって……これはない。
(こ、怖い! ナニアレ。絶対、変な人じゃん。仮装大会と勘違いしてない!? ムリムリムリムリムリッ、関わりたくないんですけど!)
と、心の中で絶叫したが、時すでに遅し……。
ヤバそうな見た目の男主導で、勝手に小芝居が始まってしまっていた。
「おほんっ。貴女はここにいるマロンを無視し……」
「あ、あのぅ、すいません!」
第一声から黙っていられなくて、思わず男の言葉を遮った。
ここは、遠慮なんかしている場合ではない。
早く止めないと悪化しそうだ。
嫌な予感が止まらない彼女は、無作法を承知で続ける。
「盛り上がっているところ、申し訳ないのですが……」
「なんだっ。そう思うなら黙っていろ。今いいとこなんだぞ、話の腰を折るんじゃない!」
男はぷりぷりと怒りながら、不本意そうに顔をしかめ……たようにみえた。
いや、何しろほぼ顔全体を覆うタイプの仮面をしているから、たぶん、なんだけど。ほら、よく見えないしね?
「いや、すいません。でもね、これは見過ごせないことですから」
「なんだと!? ふっ、この期に及んで言い訳でもするつもりか!?」
やたらとノリノリで、やはり貴女はそんな女だったな、とかなんとか言って「我が意を得たり」と得意気になっているところ悪いが、そうじゃない。
「いえいえ、そんな必要はないと言いますか……」
「必要ない、だと? 彼女が嘘をついているというのか」
「違います」
いやいや本当、話聞かないな、この男?
「ふんっ、違わないだろう。現に彼女は泣いていたんだぞ!?」
「だ・か・らっ。違うっていってんでしょ!」
「……っ!?」
彼女の心からの叫びにビクッとなって、縮こまりながら勘違い男に体を寄せるマロンさんという人をみて、怒り心頭ですといった感じの男が怒鳴る。
「おいっ、大声を出すなっ。マロンが驚くだろうが。またそうやって、繊細な彼女を怯えさせるつもりなんだろう!?」
「……」
だったらお前も大声出すなよっ。絶対、そっちの方が声でかいしうるさいってば!?
と、是非とも言ってやりたかったが断腸の思いで我慢する。
勘違い男の言うことにいちいち突っかかっていたら一生、話が進まない気がするからね。
「ぶっちゃけ、そんな話、今はどうでもいいんですけれど!?」
自分の考えで突っ走る暴走男に、ついついこちらも言葉が乱れてくる。
何しろ彼女は付け焼き刃のマナーしかない、成り上がりの貴族令嬢なのだ。
生粋のお嬢様達と違って、お上品に振る舞えないし、興奮すると被った猫もすぐ、ペロッと剥がれちゃうのである。
「ど、どうでもいい!? ふざけるな、いいわけあるかっ。ここは大事なとこだぞ!」
「いやだから違うんだって。お願い、話を聞いて!?」
お互いに、自分の主張を相手に言い聞かせようとして益々、声がでかくなってきた。
それと比例するように周りが静かになっていくものだから、最初よりもっと、メチャクチャ目立ってしまっている。
勘弁して欲しい、と心の中で叫んだ。
私はただ、パーティーを楽しみたかっただけなのに!
仮面舞踏会だし、身分も名前も隠せるし、いっちょ別人になって楽しむかと思っただけなのに、どうしてこうなった!?
勘違い男は益々、一人勝手にヒートアップしていくし、頭が痛い。
「はっ。誰が貴女の作り話などっ。聞きたくないね!」
「はぁ。らちが明かない」
このままではダメだ。
キッパリ、ハッキリ、言ってやる!
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