後編

「ヘイラーク伯爵!! 今日も来てくださったのですね!!」


 今日も元気にいつも通りのお姉様が、ヘイラーク伯爵を家の中に迎え入れていた。


「はい、ですが、今日はシステラに用事があって、ここに来させていただきました」


「え? システラに何の用事でしょうか?」


 え、今日は私に逢いに来てくれたってこと?

 私に用事って、何だろう?

 

 ドクン、ドクン!

 

 違うって、勘違いだから!

 私の心臓の音収まって!!


 ヘイラーク伯爵が用事があると言っただけで、私の心臓の鼓動は早くなっていた。

 頻繁に家を訪問してくれて、いつも会話は少しだけだけど、その度に私の胸はドキドキしていた。


 ヘイラーク伯爵からにじみ出ている優しさに触れているうちに。

 いつの間にか私も、ヘイラーク伯爵のことが好きになってしまっていた。


「それで、システラへの用事ですが……」


 緊張し過ぎて、私は思わず息を飲み込んだ。


「システラ、私はあなたと婚約したいと思っています」


「………………」


 一瞬、思考が追いつかなくて、何も言葉が出なかった。


 え、え、何が起きてるの?

 ヘイラーク伯爵が私と婚約したい?

 

 き、聞き間違いじゃないよね。


「今、私と婚約したいと仰っていたように聞こえたのですが……」


「はい、私の婚約者になって欲しいことを伝えたいと思い、今日はシステラに逢いに来ました。っと何度も言うのは恥ずかしいですね」


 普段は落ち着いた雰囲気のヘイラーク伯爵の頬が赤く染まっている。

 その様子につられてか、私の顔も真っ赤になっていくのが自分でも分かった。 


 ヘイラーク伯爵の後ろでは、お姉様が衝撃を受けて口をパクパクしている。


「……婚約の話は、すごく嬉しいです。ですが、私は今まで多くの人に嫌われて生きてきました。そんな私と婚約したいと聞かされても、信じられないというのが、正直な私の気持ちです」


「誰しも人の好き嫌いはあると思いますが。今まで何度もお逢いしてきて、システラがそこまで嫌われる理由が私には分かりません。何か思い当たる節はありませんか?」


 言われてみれば、そうだ。

 嫌われる原因が全くないとは思わないが、どうして王国を追放されるほど嫌われないといけないのか。


「ヘイラーク伯爵、いけません!! システラと婚約をしてしまったら、ヘイラーク伯爵のことが好きなこの私はどうしたらよいのでしょうか!!」


 あー、嫌われてきた原因を思い出した。


 目の前で起こっているお姉様の暴挙を見ながら、私は全てを理解した。


「すみません、私は今、システラと真剣な話をしていますので、少し黙っていていただけませんか」


 穏やかな性格のヘイラーク伯爵が、珍しく語気を強めてそう言った。


「あっ、あっ」


 お姉様が圧倒されて言葉に詰まっている。


「今までどのような理由で嫌われてきたのかは分かりませんが、私はシステラのことを心から大切にしたいと思っています。どうか、私の願いを聞き入れていただけませんか」


「そこまで言っていただいているのに、その申し出を断るようなことは私にはできません。実は、私もヘイラーク伯爵のことはずっとお慕いしておりましたので」


「そうだったのですか」


 ヘイラーク伯爵が嬉しそうに微笑する。


「今まで、あまりにも人から嫌われてきたため、自分すら大切にすることができずにいました。ですが、私のことを大切にしたいと言ってくださった、ヘイラーク伯爵のためにも、これからは自分自身のことも大切にしていきたいと思います」


「はい、ぜひ、自分のことも大切にしてください。きっと、私だけでなく、システラを愛してくれている人は他にもいるはずですから」


 ヘイラーク伯爵のその言葉を聞いた瞬間に、私の目からは大粒の涙がこぼれ出した。


「あれ、あれ? どうしたんだろう、急に涙が……」


 何度拭っても止まらない。


「お、おかしいな」


 ずっと人から嫌われるのが苦しかった。

 誰にも言えなかったけど、ずっと傷ついていた。


 人を嫌いになりたくなかったから、自分を下げて下げて。


 そんな私の心に、ヘイラーク伯爵の一言が突き刺さった。


「システラ!」


 涙を流し続ける私を、ヘイラーク伯爵は優しく抱きしめてくれた。


「もういいんです。もういいんですよ」


 ヘイラーク伯爵の体温と言葉が、私の心の闇を溶かしてくれているのを感じた。


 

 しばらく泣き続けたことで、私の涙は徐々に収まっていった。


 うつむいていた顔を上げると、ヘイラーク伯爵と目と目が合った。

 

 すると、ヘイラーク伯爵の顔が私の顔に近づいてきた。


「ま、待ってください!! 私、今涙で顔がグシャグシャで……」 

 

 あまりの恥ずかしさに、私は思わずヘイラーク伯爵を制止させてしまったが。


「そんなあなたも含めて大好きですよ」


「なっ?!」


 ヘイラーク伯爵は微笑みながらそう言った。


「私がシステラのことを好きな気持ちは変わりませんので、どうか観念かんねんしてください」


 ヘイラーク伯爵のそんな愛の言葉に翻弄ほんろうされながら。


「はい」


 私達は口づけを交わした。

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悪役令嬢の妹というだけなのに一緒に王都を追放されてしまい地方で住むことになってしまったのだが、そこで素敵な青年伯爵に出会いました 夜炎 伯空 @YaenHaku

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