ミステリアス少女計画

はちさん

第1話 祭





 きっかけは郵便受けに入っていたチラシだった。


「隣町の神社で祭があるのか」


 俺は制服のネクタイを緩めながら、チラシに描かれた神社のイラストを眺めた。

 このご時世に素人感溢れるクオリティで、見出しの文字も手書きのようだ。これを印刷して配るなんて、この神社も珍しいことをする。だが祭そのものには興味が湧いた。


 俺は高校生の割に落ち着いていると言われるが、賑やかなイベントは好きだった。特に祭は想像するだけでわくわくする。様々な出店に赤い提灯、祭囃子。人々の喧騒も気分を盛り上げる。これは行くしかない。祭が開かれる明日はちょうど塾も休みだ。

 けれど友人などを誘う気はない。皆で騒ぐより一人でぶらぶらする方が好きだからだ。


 賑やかなイベントに一人で行くのは矛盾しているのではないか。そう言ったのは幼馴染だったか。

 世間一般ではそうかもしれないが、イベントの空気に浸りたいので俺は一人がいい。友人とは高校でいくらでも騒げる。

 そうして俺はスマホのスケジュールに祭の時間と場所を登録した。



 翌日の夕方、鼻歌を歌いながら電車に乗り込み隣町へ向かった。土曜なので多少混んでいたが一駅なので問題ない。

 目的の祭は小規模で地元民しか行かないようなものらしく、俺が思うほどの賑わいはないのかもしれない。それでも息抜きにはなるだろう。

 そう思いながら神社の前まで来たところで、不意に声をかけられた。


「悠人、あなたも来ていたの?」


 振り返ると幼馴染の沙紀が怪訝そうに立っていた。普段は下ろしている黒髪を綺麗に結い、水色の涼しげなワンピースを着ていた。高校の味気ない制服姿を見慣れていたせいか、少しどきりとする。とりあえず道端に移動し、二人で首を傾げた。


「沙紀こそ何でいるんだ。賑やかな場所は苦手なんだろう」

「たまには行ってみようと思って」

「一人で?」

「そういう気分だったから」


 俺は沙紀の顔をまじまじと見た。沙紀は綺麗な顔立ちで男子から人気だが、とにかく表情がない。反応も薄い。ミステリアスで良いと言う奴もいるが、俺としてはコミュニケーションに困る。だが家が近所で幼稚園からの付き合いだ。これまでそれなりに接点があった。他の男子よりは親しいつもりだ。


「悠人も一人なの?」

「そうだけど」


 沙紀は何やら思案し、おずおずと言ってきた。


「せっかくだから一緒に回らない?色んな写真を撮りたいの」


 よく見れば沙紀はデジカメを持っている。そういえば写真が趣味だった。

 イベントは一人で楽しみたいが、絶対に一人がいいというわけではない。それに、女子高生の沙紀を一人でうろつかせるのは少し心配だ。


「いいよ。一緒に行こう」

「ありがとう」


 そう言いつつ沙紀は淡々としている。やはりよく分からない。ミステリアスとはよく言ったものだ。


 俺たちは神社の鳥居をくぐり、賑やかな境内に入った。屋台はあまり多くないが、参拝客は楽しそうで、赤い提灯はそれだけで風情がある。沙紀は時折立ち止まって写真を撮っていた。その横顔は心なし楽しそうだ。よく分からない奴だが、こういうところは見ていて微笑ましくなる。


「しかし、俺たちは妙なところで会うな」


 幼馴染でも学校のクラスや塾は別だ。家は近いが行き来することもない。けれど街で偶然会ったり、友人の集まりに行ったら沙紀も呼ばれていたりと、ちょくちょく会っている。今回は祭だ。隣町の小さな祭だから、同じ高校の奴は来ないだろうと思っていた。

 不思議だと思っていたら、沙紀は撮った写真を眺めながら言った。


「私と会うのは嫌?」

「そういうわけじゃないけど」

「私は嬉しいよ」


 そう言う割に写真に夢中だ。それだけ写真が好きなのだろう。これも微笑ましい。


「悠人、記念に私を撮ってくれない?あの樹の辺りで」


 デジカメを受け取って撮ろうとしたら、通りがかった老夫妻が声をかけてきた。


「私たちが撮りましょうか」

「せっかく二人で来てるんだから」


 老夫妻はにこにこしている。これは多分デートと勘違いされている。否定しようとしたが、それはそれで面倒臭いのでやめておいた。

 沙紀と並んで写真を撮ってもらい、デジカメを受け取った。その時、老夫妻が不思議なことを言った。


「お嬢さん、可愛い笑顔だったよ」

「良かったね」


 沙紀が笑顔。あまり笑わない奴なので驚いた。老夫妻が去った後に見てみたが、いつも通り静かな表情だ。


「笑ってたの?」

「うん」

「……本当に?」

「本当だよ」


 無表情で肯定されてもよく分からない。だがこれが沙紀の通常運転なので気にしても仕方ない。


 その後は本殿に参拝して帰路につき、沙紀を家まで送り届けた。

 賑やかな祭で良い息抜きになった。沙紀も楽しかったらしい。色々と分かりづらい奴だが、嘘は言わないので信用できる。


「それにしても、どうしてよく会うんだろう。何か縁でもあるのか?」


 不思議に思いながら俺も帰宅し、シャワーを浴びてゆっくり寛いだ。




 悠人がのんびりスマホをいじっていた頃、沙紀は自室でデジカメを持って震えていた。


「と、撮れた……二人で一緒に……!」


 表情が乏しくミステリアスと謳われる彼女が、頬を赤く染めて涙目になっている。デジカメにははにかんで笑う沙紀といつも通りの悠人が映っていた。


「ど、どうしよう、まさかこんな……どうしよう、どうしよう、嬉しい!」


 ベッドに寝転んで足をばたばた動かす。それくらい喜びに溢れていた。

 沙紀は子供の頃から悠人に片想いしている。大人っぽくて冷静なところが大好きなのだ。

 女友達からは告白しろと言われているが、悠人を前にすると緊張して無愛想になってしまう。普段から無表情やら冷たいやら言われているのに、こんな調子ではフラれてしまう。


 長年片想いしているので、何としても付き合いたい。

 けれど沙紀は運が悪く、幼馴染なのに悠人との接点が少なかった。学校のクラスは違うし、塾や部活動ですれ違ってばかりだ。

 だから女友達に頼んでセッティングしてもらったり、街で偶然を装って会ったりしている。今回の祭も、チラシをわざわざ作って郵便受けに入れたのだ。


「楽しかった……でも、私が仕組んだのがばれたら絶対引かれちゃう……」


 今のところ悠人は気付いていないが、沙紀が裏でこそこそ動いていたと知ったらきっと嫌われる。


「楽しかったけど心臓が痛い。でも嬉しい。どうしよう、とりあえずこの写真は宝物にする。……でもどうしよう」


 ベッドの上をごろごろと転がる。せっかく結った髪もぼさぼさだ。

 接点の薄い悠人と付き合うには、自分で接点を作るしかない。正面から誘えと女友達から言われるが、そんな勇気は持ち合わせていない。かと言って仕組んでいたとばれるのも怖い。


「どうしよう……!」


 せめて彼の前では緊張せずに笑えたらいいのに、と涙目でじたばたするのだった。






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