第27話 おどけた顔で乗り越えて

 ある日、真千子の秘書である正則が実家の日向ひゅうが市へ帰省していた土産として、名物の饅頭と、ひょっとこのお面を財団の職員に配って回っていた。


 真千子と法務部のかおりと調整部のノゾミが、お茶を飲みながら休憩しているところに正則がやってきて、3人にもお土産を渡した。真千子には一つ余分に渡し、「これは雲上さんに」と言って、別のフロアへお土産を渡しに去っていった。


 かおりは、もらった饅頭を食べながら真千子に言った。


「最近、気になるWEBサイトがあるんだけど。早めに手を打っておいたほうがいいと思うの」


 それは、クラウドファンディングでタッチの特別枠を受けるための資金を募集するプロジェクトが立ち上がったものだった。プロジェクトオーナーは大腸ガンのステージ4で、小腸や肝臓など他への転移もあり、末期ガンとされる晋吾しんご26歳本人だ。晋吾は資金調達達成時、支援者への見返りとして、タッチの瞬間をインターネットでライブ中継し、それを視聴できる権利というものを約束していた。


 これをうけて財団はただちに、いかなる場合でもタッチの瞬間は、カメラ等の撮影を禁止している旨の声明を発表した。


 しかし、興味を持った若者を中心にSNSで広がり、資金はすぐに目標額を達成し、財団のホームページから特別枠へ応募され、晋吾はタッチを受ける権利を獲得した。


 困った真千子は、実施するかどうか、まずは調査と審査をしてみて、本人と話をしてから決めようとなった。調査してみると晋吾は確かにステージ4の末期ガン患者で、審査も問題ないと通過した。


 真千子と調整部の部長とノゾミが、晋吾と面会して話を聞くと、


「いやだなー。ライブ配信は冗談でやるつもりはないよ。支援者もきっとわかってくれるさ」と、いやに素直だ。


 その後、晋吾から財団への入金も完了し、タッチ当日。ノゾミは会場として財団建物の広間を用意し、そこへ車いすに乗った晋吾を案内した。その時、淳史と真千子は誰にも悟られないよう、会場裏手にある理事長室で、会場内の様子をモニター確認しながら待機していた。


 ノゾミから晋吾へタッチについての説明が終わり、正則の取り出した誓約書へのサインも終わり、いよいよタッチのため晋吾以外が部屋から出ようとしたその時。晋吾は持っていたカバンからスマホを取り出し、自撮り棒を使って強引にライブ配信を始めてしまった。接続を開始し、晋吾がカメラに向かって話始めると、続々と視聴者が増え始めた。


 話が違うと制止するノゾミと正則。晋吾は「俺は金を払ったんだ。今日タッチされなければ明日死ぬんだぞ。見殺しにするきかー。早くタッチしろーバカヤロー」と弱った声で罵声を浴びせた。ノゾミは晋吾にカメラを向けられても構わず説得した。


「私たち職員は、雲じ・・いや、施術者の事を何も知りません。でも本当の奇跡を起こしてくれる人なんです。医者である私が、末期の患者さんの前で投げたサジを拾ってくれる、唯一の人なんです。私にもそんな力が欲しくて、本当はくやしいんですが、一人しかいなくて守らなければいけないんです。どうか分かってください。おねがいします」


 深々と頭を下げでお願いするノゾミを前に、晋吾は一瞬たじろぐも、中継を辞めようとはせず、視聴者からも煽るコメントが続いた。それを見ていた正則が、会場に置かれていたマイクのスイッチを入れ、ラインを財団の全館放送に切り替えた。


「業務連絡業務連絡。全職員はただちに私のお土産を身に着けて大広間にお集まりください。繰り返します。全職員はた・だ・ちに私のお土産を身に着けて大広間にお集まりください」


 理事長室で待機していた真千子と淳史はその放送を聞き、一瞬首をかしげるも、正則の意図をすぐに理解した真千子は、ごみ箱に捨てられていた、ひょっとこのお面を淳史に装着させ、「会場に行ってどさくさに紛れてタッチしてきなさい」と言った。


 会場へ押し寄せるひょっとこに、正則は「晋吾さんの体に触れて一声かけてあげてください」と言って職員を招き入れていた。会場内はひょっとこで埋まり、いつのまにか晋吾の体調は回復していた。


 顔色がよくなり、痛いところが無くなった晋吾は中継を切り、人が変わったように


「僕はなんてことをしてしまったんだ。ご迷惑をおかけしました。本当にごめんなさい」と言った。


 会場に来た真千子は、また二枚舌で私たちをからかうのかと晋吾を責めようとしたとき、ノゾミが割って入った。


「真千子さんちょっとまって。彼は大腸ガンで小腸にも転移していました。腸の神経細胞の数は脳に次いで2番目の多さで、第2の脳とも呼ばれているので、ガンが治ると同時に性格が変わったように見えても不思議じゃないんです。彼の言葉を信じましょう」


 それを聞いた真千子の怒りは収まり、晋吾は帰っていった。その後、ひょっとこのお面は財団の常備品とて登録されるのであった。

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