***

 『ア、アイドルだって!?』スマホの奥から、兼安の素っ頓狂な声が響く。『お前、頭がおかしくなったのか? 俺とお前で、どうしてアイドルなんて単語が出てくるんだよ? 一度、病院に行って・・・』

 「はははは、悪い悪い。言葉が足りなかったな。勿論、俺たちがアイドルになるわけじゃない」

 思った通りの反応が帰ってきて、土井は何だか愉快な気分になった。暫く逢ってはいなかったが、やはり自分はコイツのことを良く判っているのだ。そしてそれは兼安にとっても、同じだろう。

 『・・・・・・』

 「アイドルをプロデュースするのさ。俺たちで」

 『アイドルをプロデュース・・・』


 兼安が息を飲む様子が、スマホ越しに伝わって来た。


 万が一、兼安が乗ってこなかったとしても、土井は独りでやるつもりだった。だが音楽面を任せられる人間は、絶対に必要なのだ。その適任を考えた場合、気心が知れた兼安以外に誰がいると言うのか?

 土井はウザい勧誘チックにならないように気を付けながら、自分が描く青写真を語った。

 「そう、音楽事務所を設立するのさ。事務方は俺が引き受けよう。で、音楽面はお前の担当って感じでどうだ? 勿論、名古屋で生活基盤を築いているお前に、いきなり東京に戻って来いと言うつもりは無いよ。この試みが上手くいくかどうかも判らないしね。

 だから当面は、名古屋ベースでいて貰って構わない。時々、こっちに『出張』してくるみたいな感じでも、音楽プロデューサーの仕事は出来るだろ?」

 『・・・』

 「どうだ? 乗るか?」

 考え込むかに思われた兼安は、土井の予想に反し、直ぐに口を開いた。ただしそれは全く関係の無い、遠い遠い学生時代の想い出話だった。

 『憶えてるか、土井?』

 「???」

 『大学一年の時、6号館の104号教室でサークルの説明会が有ったろ?』

 兼安が何を思ってそんな昔話を持ち出したのかは判らなかったが、土井はそれに乗っかってみる。考えてみれば、こんな想い出を語り合うことも無く、随分と長い年月が過ぎていったものだ。

 「あぁ、憶えてるさ。確か、それまで口をきいたことも無い奴が、突然、俺の隣にやって来たなぁ。なんだか妙に馴れ馴れしい奴だった」

 『くっくっく・・・ で、そいつは何か言ってたか?』

 「あぁ、言ってたさ。『一緒にバンド組もう』ってね」


 ほんの束の間の沈黙の後、兼安はゆっくりと話し始めた。


 『俺が・・・ 俺がお前をバンドに引き込んで、そのまま卒業後もズルズルと活動を続けちまった。そのせいで、お前も京花も横山も、まともな就職も出来ずに・・・ そのくせ、俺だけはとっとと地元に帰っちまって・・・ 本当に悪いと思ってる』

 そうか。兼安はそんなことを気にしていたのか。あれからずっと、そんなことを考えていたのか。

 「よせよ。辞めたかったら、いつだって辞めることは出来たさ。俺もあいつらも、自分の意志で続けてたんだ。お前に強制されたわけじゃない」

 『そっか・・・』

 沈んだ様子の兼安を元気付けるかのように、土井はお茶らけてみせる。

 「ただ、もう少し、お前の才能が世間に通じると思ってたんだけどなぁ。そこんとこを見誤っていたのは、俺たちの落ち度だ。どうせ謝るなら、自分の才能不足を謝ってくれよ」

 『はっはっはっは。そっちかよ!』


 これで兼安が抱え続けていた、のようなものは解消されただろうか? 解消されたのなら良いのだが・・・。

 土井は話を元に戻した。


 「んで、どうする? そんな昔のことに罪悪感を感じて、その償いとして引き受ける、なんて必要は無いぞ。嫌なら嫌と言ってくれて構わない」

 『京花と横山には、もう声を掛けたのか?』

 「いや、まだだ。先ずはお前からと思ってな」

 『オッケー。じゃぁ、俺の方から連絡を取っておくよ。アイツらは今、大宮と川崎だ。二人とも携帯番号が変わってるから、今のお前じゃコンタクト取れないと思うぞ。どうせ把握してないだろ?

 アイツらも一枚噛んでくれるかどうかは判らないけど、近いうちに一度、俺が上京するから、その時に打ち合わせようぜ。俺が働いている音楽スタジオって、結構、シフトとかの融通が利くんだよ』

 独りでもやるつもりだった。だが兼安が自分も加わると言ってくれただけで、なんて心強いのだろう。先の見通せない漆黒の海への船出に、優秀な航海士が加わってくれたような気分だ。

 その時になって土井は、初めて認識したのだった。自分が如何に不安だったのかを。

 「有難う、兼安」

 『礼なんて言うな』

 「また一緒にやれて嬉しいよ」

 『あぁ。もう一度・・・ もう一度だけ、夢を見てみようか』

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