第14話 日向との再会
【十月にもなると】
深秋だ。探し物を諦めたわけではないが、うぶすな神として、今日は久々に薬草を取りに朝霧の湖畔に来た。
山の紅葉は速く、山の葉は一斉に冬音を響かせて落ちる。十月~十一月のこの時期は、雪がまだ降らないためにスキー客はおらず、観光客も少ない。
別荘地の反対側の山の頂上近くには、球がよく飛ぶ、標高が高いゴルフ場がある。根雪になるまで、そのゴルフ場の顧客が、時々、湖畔を訪れボート乗り場や遊歩道を利用するだけである。
よほど慣れていないと、人が少ない湖畔の道なき道を歩けない。湖畔周辺にある
昔はうぶすな神の仕事として、集落を守る為に採取されたようだ。今の文月は自分の為に採取し、備蓄をしている。そうすることによって、いつでも死ねる安心感があった。
ヤマトリカブトやハシリドコロのような猛毒のものは採取できる時期が限られている。代々のうぶすな神しか、その採取時期や場所を知らない。
文月は、日々の息苦しさから逃れるために、薬草を採りに、人が来ない湖畔に好んでやって来る。今日はアケビのツルを採取だ。
乾燥したツルを生薬名で
まだ明け切らない、鮮やかな朱色と透き通る青のグラデーションより高い、渡り鳥の様相をした秋雲を見上げていた。
【ふと見ると】
湖畔の桟橋に男性と女性の姿が見える。話をする様子もなく女性は座り込み、男性は湖に入っていった。この湖は人造湖だ、ダム湖である。
そこに実在した囲炉の息吹は、目覚める事のない木々と湖底の川筋に沿って一緒に漂っている。見たことはないが、きっとそんな感じだろうと文月は想像する。
『それは、私みたいだ』ぼーと考えていた。
『それにしても冬場、凍れば、わかさぎ釣りを楽しむ人はいるが、湖に入る人はない。遊泳禁止だし、十月だし、驚くべきことかな?』
それなりに距離がある。文月は女性がいる遊歩道のほうに向かった。よく見ると湖畔で熊と並んで座り込んでいる。
『熊?この時期は奥山から降りてこないのに』
放し飼いで熊を飼っているように見えるが、熊に襲われそうになっているのではないかとも見える。熊を追い払おうと、腰袋の鎌に手を伸ばしたときに、風が変わった。
女性の近くの草陰から、ぼろぼろなタヌキが、鼻を突き出して風の中の文月の臭いを探している。
臆病なタヌキは文月の存在に気が付いて、草陰に逃げ込んだ。熊が身動きせずに鼻だけを動かしているようだ。その様子に女性が立ち上がって文月を見つけて驚いた。文月は鎌を手にしたまま「こんにちは」と声をかけた。
琴絵ママンは、文月の突然の出現に凍りついた。熊が静かに立ち上がると、風上の方角にゆっくり歩いていく、ガザガザと周囲から音がする。ほかにもキツネやテンなどの小動物がいるようだ。
文月は子供の頃から山に入っている。動物達と出くわす事はあっても、互いに風向きで場所を知らせ近距離で遭遇しないようにしている。
野生動物達は賢い。よほどのことがない限り人間たちに近寄らないはずなのに、いま、見た光景がよく理解が出来ない。
【木々が揺れ】
後ろから大きくガザガザと音がした。振り向くと、同年代と思われる男性が、赤いヤマカガシのような模様が入ったウェットスーツを着て、左を後ろ手に偉そうに立っている。
赤く長い髪の毛から水を垂らし、親近感がない目で文月を見つめている。
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