第11話 母の失踪

「あそことかかわってはならん、深入りしてはならん。可哀そうな人達だ。そう言われているんです。そもそも原因は集落だけの産士神伝承が残っていることが間違っているのです。それも、生き神だから花婿はいても婚礼は認められず、地域集落内での女の子を生む事だけを課せられているなんて、人権がないでしょ」沼田はどんどんと感情をエスカレートさせていく。

 

「言いたいことはわかるが、どうすることもできない」

「父親が不明の子供は生まれてすぐ間引きされる風習も現代ではありえないでしょ。これは人権問題でしょ。ね。秘密もあるみたいだし」


 沼田は、上目使いにおじい様を見ながら最後の言葉に悪意を込めた。おじい様の額に深いしわが浮かんだ。



【文月は自分の部屋で】


 盗聴器から聞こえて来る会話にため息をついた。数年前、アルバイト先の温泉施設近くの別荘地で、盗聴器がしかけられた事があった。


 犯人は、別荘地の管理のスタッフをしていた倫理観念が欠如した集落の人間だった。なぜ、盗聴が必要だったかまったくわからず、おじい様の元に警察も訪れ、問題にはなったが、事件にはしなかった。


 その際に盗聴器を珍しそうに見ていたら、別荘地の管理責任者がくれたのだ。それ以来、おじい様の応接室に盗聴器を仕掛けてある。


 沼田が来ると必ず弟のさつきも盗聴に参加する。普段はまったく無関心であるがこの手の話しは敏感だ。この藤代家の跡取りでうぶすな神と集落を守る使命を受けている。


 姉と同じく呪縛の中、やる気の起こらない偏屈な高校一年生である。文月とはまた違った意味で神経を尖らせる。


 文月は、もの心が付いた時にはうぶすな神だったおかあ様と二人で薬草の採取をしていた。家の中では冷たく、ほとんど話をしないおかあ様が薬草の採取の時は、よく話をしてくれた。



【弟のさつきは】


 ほとんどおかあ様と接点がないはずだ。おかあ様に甘えた記憶は薄いだろう。文月が初潮を迎えるとおかあ様は言った。


「これからは、集落の浴場に行かなくても怪しまれない。薬草取りは自由な時間が増えるから出来るだけ頻繁に出かける習慣をつける事。私は失敗したけど、戸和一族を見つけてすべてを任せる事」


 そして、今日のような激しい雨の朝、一人で薬草を採りに行ったまま帰ってこない。


 おじい様と当時の花婿は随分と探したみたいだが、文月は死んでいても、生きていてもおかあ様は絶対に帰って来ないと確信していた。それは、さつきが十歳の時だった。そのおかあ様の失踪以来、さつきは偏屈になった。


「おねえ様、俺あいつら嫌いだな」

「なぜ?」


「あの神牧って奴、猿人のアウストラロピテクス・セディバみたいに毛深くって背も低く、話もやる事も幼稚でドン臭くって、集落の人間じゃないのに風呂に来ていた。突然、見慣れない人間が入って来たのに、誰も文句言わない。変だろ。沼田のせいかな。だいたい沼田が村長しているのも腹立つし、集落の風呂にはいかない方がいいよ」


 文月はため息をつきながら、さつきに背中を向けたまま、括り付けの机の前の丸い飾り窓につく水滴を数えていた。


 湿気が、底知れぬ脱力感をさらに誘う。つぶやくように「そうよな」と答えた。


 沼田達は言いたいことを言うと、帰っていった。文月には解決できない問題ばかりだ。『私が死ねば、うぶすな神はなくなるのか?』そう考えてしまうのも当然の成り行きだ。


 二十歳になれば、自動的に今の自宅を出て、花婿と別の家に住むことになる。


「さつき、竹籠を拾ってきたか?」

「知らねえ」さつきが即答するときは肯定だ。

『今日はさつきが後をつけていたんだ』文月の感情がさざ波のように騒ついていた。

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