六、家出
三月二十日
この日は高校の入学説明会だった。今後高校で使用する体操着や上履きなどを購入する日でもあった。体育館で高校での生活やルールなどを聞いていたが、自分には関係の無いことだと思った。何故なら私は明日家出をする。いつ帰るかも決まっていない為、高校は行かないという覚悟も出来ていた。かずまが高校を卒業したら一人暮らしをすると話していたので、ゆかちゃんとその日まで家出をするという計画を立てていた。およそ一年以上家出をし、群馬には帰ってこないつもりだった。その為、体操着や上履きも要らなかった。
「体操着は二枚で良いよ」
母が三枚体操着を購入しようとしていた為、最低枚数で良いと母を説得した。母のお金を少しでも無駄にしたくなかった。制服も購入してある為、既にだいぶ無駄なお金を使わせてしまっているが、数千円でも無駄にしてほしくなかった。
入学説明会を淡々と済ませ、家に帰ってきたが、身体の変化が起こった。いつもは数時間はトイレに行かなくても平気だったが、一時間毎くらいに尿意がした。それに排泄をし終わった後に激痛が走るのだ。初めての事だったので焦ったが、両親を含め恥ずかしくて誰にも言えなかった。後にネットで検索をすると、症状的に膀胱炎の可能性が高そうだ。かといって、治るまで家出を延期する訳にはいかないので少しでも早く治そうとネットの記事に書いてあった水分を多く取る事を意識した。
夜になるといよいよ本格的な準備が始まった。まず母がお風呂に入って父が寝室で寝ている隙にリュックに詰めるものを探した。着替えを詰めようとしたが、両親が寝ている寝室にある為、着替えを持っていく事は不可能だと考えた。そうなると、食べ物だ。テーブルや冷蔵庫から直ぐにつまめそうな物を探す。冷蔵庫に入っているものだと、日持ちが悪そうだ。私はテーブルに置いてあったおやつカルパスをいくつか手に取り、チーズかまぼこ、蟹の缶詰、ハイチュウをリュックに詰めた。外は寒いだろうから手袋とブーツ、毛布を詰めた。外で何かあった時の為に保険証を持っていた方が良いとゆかちゃんから助言があったので保険証を財布の中に入れて財布をリュックに入れる。後はどこでも充電出来るようにバッテリーとiPhoneの充電器、暇潰しが出来るようイヤホンもリュックに入れた。準備は万端だ。後はかずまから貰ったゲーム機を家を出る時に持っていくだけだった。
ゆかちゃんから常時DMが来ていたのでお風呂でもゲーム機を持っていく。そんな中、ゆかちゃんから提案があった。
「家出する時、置き手紙を残すのはどう?家出する理由とかずまくんの良い所を沢山書いて。それで警察に行かれるとかずまくんに迷惑がかかるから警察には行かないように書いて。」
確かに警察に行かれたらかずまの存在が警察にバレてかずまには迷惑がかかるだろう。
「わかった。」
私はゆかちゃんの提案に賛成した。
「じゃあ一緒に考えよう」
お風呂に入っている間手紙の内容を考えた。三時間近くかかってしまい、両親がトイレに来た時に怪しまれてしまった。私の家は浴室の隣にトイレがある為、どうしてもお風呂入っている事がバレてしまう。
「ゲーム機持ち込んでるんじゃないのか?何してるんだ」
父に怒鳴られ、
「違うよ。もう出るよ」
私は否定をしたが、やはり父は察しが良いと感じた。お風呂から上がり、ゆかちゃんと考えた手紙の内容を机の上にあった用紙に書く。
みんなへ
中学校では本当に色々な事がありました。友達に裏切られて苦しんだり、陰口に悩んだり…。特に三年生の時は酷かったです。親友だと思っていた人に無視され、陰口を言われて避けられて、その子の友達までもが加わって私はクラスで一人ぼっちでした。部活でも上手くいかなくて一人ぼっち。人が怖くなりました。誰も信じる事が出来ない、そんな状態でした。学校に行くのが凄く辛かった。外を歩くのも、人目を気にしてマスクしたりで精神的にボロボロだった。生きたくないとも思ってました。そんな時にかずまと出会いました。救われたよ。ネットでの関係だけど…かずまは親身になって私の事を考えてくれたり、話を聞いてくれて…正直こんな人いるんだと思ったんだ。一番救われたのが「居場所になるよ」
と言ってくれた事。かずまは言った通り私の居場所になってくれた。一人ぼっちだった私はそれがどれだけ嬉しくてどれだけ救われた事か。かずまは…私のヒーローなんだよ。私が今笑って生きていられるのはかずまがいたからなんだ。かずまは凄く凄く優しい人なんだよ。優しすぎるくらい…。いつも自分より私の事を優先してくれて、考えてくれて。自分を犠牲にしてでも私の事を優先してくれたんだ。それにさり気ない優しさもあって凄くかっこいいんだよ…いつも私に合わせて道を歩く時はゆっくり歩いてくれてさり気なく車道側を歩かせないようにしてくれたよ。どこかに入る時も必ず私が入るのを待ってから入ってたよ。全部、私優先で自分の事より私の事を考えてくれてたよ。会う時も何回か大事な予定があったのに…無理やり私に予定を合わせてくれてたんだよ。私が体調を崩した時は凄く心配してくれて…沢山どうやったら良くなるかを考えてくれた。筋肉痛になった時だって、かずまのおかげで一日で治ったんだよ。自分より私の事をいつも考えて行動してくれる、そんな凄く優しいかずまが好きなの。お母さんもお父さんも私を心配したりするのは分かる。それで制限したり縛ったり…でもね、私を制限したり縛ったりするとかずままで苦しいんだよ。かずまも一緒に縛られる事になる。それにかずまの家庭にも事情があるんだよ…。なんでそんなに一方的なの…。向こうの事も考えてあげて。
挨拶しようよって話も前からしてた。かずまがね。群馬に来るなら良いって…かずまが深夜に東京に帰るのは全然良いんだね。相手の親の心配は考えないんだ、私の好きな人がどうなっても良いんだね…。かずまが居なかったら私がどうなるかも、かずまが私にどれだけの事をしてくれたのかも知らないのに…。そもそも向こうのご両親は私を信じているみたいだよ。向こうだって怖い気持ちはあるのに…息子の彼女だからって信じてるみたいだよ。私ね、かずまと一緒に居て凄く幸せだったよ。かずまと過ごす時間が一番幸せなんだ。こんなに笑えた事ないよ。こんなに誰かを好きになった事も、一緒に居たいと思った事も、大切だと思った事も、幸せだと思った事なんて無かった。高校に受かったのもかずまが居たから…かずまが支えてくれてたから、それに受験が終われば、受験に受かれば、かずまと話せる。かずまともっと一緒に居られる。そう思ったから頑張れたんだよ。かずまが居てくれないと嫌だ…かずまともっと一緒に居たい…かずまと色々な所に行ってみたい。ディズニーとか、海とか、花火大会とか、プールとか、綺麗な景色の場所とか…東京にも、お泊まりも…したい。かずまが居なかったら…私には何も残らない…。笑っていられない…楽しくない…苦しい…。でも…かずまはもう精神的に酷い状態みたいなの。私と話せないから。もう本当に嫌。苦しい…だからもう出て行きます。どこか知らない場所、遠くに行きます。ごめんなさい…。かずまの所にはもう行きません。かずまは私の事をもう見たくないと思うから。かずまをもう苦しめたくないの。だからかずまとはもう離れる。全く知らない場所に行って頑張って生活する。東京は危ないって言ってたけど、そんなの群馬だって危ないよ。事件はどこにでも起きる。東京は人口が多いからその分事件が多く感じるだけだと思うよ。かずまは危ない場所に私を連れて行かないし。最後に心配はしないでください。警察とかは呼ばないでね。みんなにも心配しないでと伝えてください。私には…チチがついているんだから。私は私の人生をちゃんと生きていくから。絶対にいつか戻ってくるし、定期的に連絡はします。こんな人でごめんなさい。でも…帰ってくるから。それだけは信じてほしい。
私は手紙を書いてる途中涙が溢れてきた。ほぼゆかちゃんが考えた文で私が考えたのは心配はしないでくださいからの文だけだった。ただゆかちゃんに従うしかなかった。家出以外に道は無かった。手紙を自分の部屋の机の上に置いて部屋を出た。まずはスマホを取り返すのがゆかちゃんとのミッションだった。恐らく父の車の中にスマホはあるだろうと判断した。しかし、父の車の鍵は両親の寝室にある。気づかれないようにゆっくりと鍵を取り、駐車場へ行き車を開けるとやはりスマホがあった。鍵を元の場所に戻し、コートを着て物置から家を出た。服装はパジャマだったので着替えたかったが、始発の時間に間に合わない為、諦めてそのまま行く事にした。家を出る時に私の家は犬を飼っている為、物音ですぐ吠えるのでおやつをあげて静かにさせた。
「ごめんね、」
と告げた。愛犬との別れが辛かった。沢山私に吠えているのはまるで行かないでって言っているようだった。それを私はおやつで釣って利用してしまったのだ。暫く会えないとは知らずに嬉しそうにおやつを食べる姿を見て罪悪感でいっぱいだった。
最寄りは新前橋駅で自転車では二十分程度。始発の五時に乗る予定だったので四時半頃に家を出た。もちろんスマホの位置情報は切って行った。余裕を持って出たつもりが、新前橋駅に着くとギリギリだった。ゆかちゃんの指示で東京に行くように言われたので言われた通りに東京へ行く為に高崎駅へ行く必要があったのでまずは高崎駅行きの上越線のホームで電車が来るのを待つ。人が全く居らず、駅員さんしかいないホームは新鮮だった。誰も居ないからなのか一人で旅をする事に対してだか分からないが、
寂しくて寂しくて仕方がなかった。自分がしている事も合っているのかどうかそれすらも判断が出来ない状態だった。私は良く聞いている曲の歌詞で現在の私の感情に似ているものTwitterにツイートとして載せた。不思議と手が震えるような不安な気持ちも少し抑えられたような気がした。しかし、ゆかちゃんも朝の九時頃まで寝ているそうなので連絡出来る人もいない中、不安な気持ちが拭える事は無かった。どうやって生きていくのかも今後どこで過ごして行くのかも分からないまま、ただ目の前の事に必死だった。
電車が来たので、電車に乗るとスーツケースを持ったカップルが居た。本来なら旅行して楽しむ為に遠い場所に出掛けるのだろう。私も家出じゃなくて普通の旅行なら楽しめたのだろうか。私との違いに落胆した。高崎駅に着き、乗り越えをする。いつもは人で溢れ返っている高崎駅もやはり人がほとんど居なかった。乗り換えをして高崎駅から東京駅に向かう。席はクロスシートで安心した気持ちで過ごせた。不安の気を紛らわす為にイヤホンをして曲を聴いていた。
ついに東京駅に着いた。時刻はまだ七時前後で空いているお店が全く無かった。ゆかちゃんからの事前の指示でコンセントがあるマクドナルドに居座るように言われたのでそれを思い出しながら東京駅にあるマクドナルドを探す。探している途中に中学二年生の時に校外学習として行ったラーメンショップの事を思い出していた。せっかく東京に来たんだから服とか色々見たかったし、色々な食べ物が食べたかったが、私にその余裕はなかった。
マクドナルドに着くと食べ物と飲み物を注文し、二階の席に居座った。スマホの充電とゲーム機の充電をする。周りを見渡すとパソコンで仕事をしている人が多かったが、どの人も居座るのは一時間程度だった。二時間三時間も居座っていたが、周りの目が気になったので外に出る事にした。外に出て行く宛ても無いまま、東京駅を彷徨いていると、ゆかちゃんからの連絡があった。
「ラムネさん大丈夫?」
ゆかちゃんは恐らく警察にバレずに上手くやっているのかの確認だろう。
「大丈夫だよ」
ゆかちゃんにすぐ返信をした。私が警察に捕まるのが心配だったのか、常に連絡をしてきたので充電が無くなってきてしまった。リュックの中に入れていたモバイルバッテリーを使用すると、バッテリーの充電が切れていた。焦った。早くゆかちゃんに連絡しないといけないのだが、スマホの充電が切れる。スマホの充電が切れたらゆかちゃんとの連絡が途絶え、更に事態が悪化する。最悪の状態だった。ゆかちゃんに連絡をしなければ、怒られる。それが一番怖かった。私は最終手段で近くにあるコンビニに寄り、モバイルバッテリーを購入した。所持していたモバイルバッテリーを充電すれば良かったのだが、少しでも連絡が途絶えたり、モバイルバッテリーの充電が無いと正直に伝え、ゆかちゃんに怒られるのを恐れた。私はお金よりもゆかちゃんが怒らない手段を選んだのだ。急いでモバイルバッテリーにスマホを繋いで事なきを得た。
ゆかちゃんからの指示でネットカフェで過ごすように言われた。しかし、位置情報を切っている為、ナビを使用する事が出来ない。ゆかちゃんがナビをしてくれる事になった。現在何処にいるのか写真を送り、その写真に基づいてゆかちゃんがどう進めばいいか教えてくれる仕組みだ。無事ゆかちゃんのおかげでネットカフェに着くことが出来た。ネットカフェに入る前に隣にあるコンビニに寄っておにぎりや飲み物などを購入した。ネットカフェはどうやらビルの中にあるらしい。ビルの中に入ると、雰囲気が悪く薄暗く怖いイメージだった。エレベーターに乗り、ネットカフェがある階へと移動した。ネットカフェは落ち着いた雰囲気だったが、東京には珍しい完全個室では無く覗こうと思えば隣が覗けるような設備だった。しかし、自分に興味を持つ人はいないだろうという自信があった。
ずっと寝ていなかったのでネカフェで睡眠をとる。ネットカフェでは十六歳未満は十八時までしか居られないので十八時にネットカフェを出た。ゆかちゃんからの指示でかずまのマンションのロービーに居座るように言われた。しかし、かずまのマンションは確かオートロック式で住人しかロックを解除する事が不可能だ。そこでゆかちゃんから禁断の指示が下された。
「マンションの住民がオートロックを解除した時に一定の時間空いたままになるからその隙に入って。」
私は今まで世間で言われる悪い事はせずに真っ当に人生を生きてきた。学校でも家でも。ゆかちゃんからの指示は、不法侵入に当たる。もちろんしてはいけない犯罪行為に当たる。私は躊躇した。しかし、人が多い東京。十八時以降になると辺りも真っ暗だった。怖かった。それにパジャマ姿でリュックを背負った私は明らかに怪しい人だろう。警察に捕まるかもしれない。かずまに迷惑はかけられないし、ここで帰るわけにはいかなかった。そうなると方法は一つしかない。
「分かった。」
私はゆかちゃんの指示に従った。マンションの前に怪しまれないように立っていると、すぐに住民の人がマンションの中に入っていった。一定時間開いている隙に私も急いで入る。成功してしまった。罪悪感よりも先に安全な場所に来れた事の安心感とかずまが居るマンションという何とも言えない気持ちに駆られた。私は一階のロビーにある長椅子に座った。本当ならかずまの部屋に行きたい。かずまと一緒に居たかった。一人でいるのは不安だった。住民がマンションを出入りする姿を見送る。もしかしたらかずまが出入りするかもしれない。そんな奇跡を期待しながら。
何時間かロビーに居座っていると、予想もしなかったハプニングが起きた。『警察』が来たのだ。警察は私の元に近付く。
「住民から通報があってね。何号室の子?」
ほっとした。どうやら住人だと思われているらしい。
「あ、もう部屋に戻ります」
私は住人のフリをする為にエレベーターに乗って警察から逃れた。私は事の経緯をゆかちゃんに説明した。まだ警察がいる恐れがある為、防犯カメラに映らなくて人が来ない非常階段にいるように言われた。しかし、非常階段は外にある為、寒くて仕方なかった。私は毛布を身体にかけて震えて過ごした。そして私には問題があった。現在膀胱炎でトイレに行きたくて仕方がなかった。
「トイレ行きたいんだけど…どうすればいいかな?」
ゆかちゃんにトイレはどこにあるのか聞いた。
「え…朝まで我慢出来へん?」
どうやらマンションにはトイレは無いらしい。しかし、私は限界だった。仕方なく誰も居ない事を確認し、そこで用を足した。そうするしか無かった。身体も心も限界だった。
「ラムネさん、もうかずまくんのマンションに今後行くことは無理かもしれん。誰か泊めてもらえるような友達おる?」
私は考えた。クミはかずまのお泊まりの件で迷惑をかけて見放されている、そもそもゆかちゃんの指示で友達は捨ててしまったので頼れるような人は居なかった。
「いない…」
私はゆかちゃんにそう返した。
「ネットも…?」
ネット…ネットで仲が良い人も限られていた。何人か居たが、一年程前からずっと連絡を取っており、通話もした事がある信頼している人を思い浮かべた。そう、kurahaだ。
「聞いてみる。」
私はそう言ってダメ元でkurahaのDMへメッセージを送ってみる事にした。
「クラちゃんやばいお願い事していい?笑笑」
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