五、限界

三月十六日

かずまの家にお泊まりをした。両親にクミと友達の家に泊まると嘘をつき、車で井野駅まで送っていってもらった。これから井野駅から東京駅に行く。東京まで行く事がバレてはいけない。私は電車に乗った途端に位置情報を切った。しかし、それがいけなかったのだろう。父にバレてしまったのだ。

「位置情報どうしたんだよ」

「電話も出ない」

「約束守れない」

「折り返し連絡しろ。しないなら警察や中学校の先生に探すように手配する」

「早くしろ」

「どうしようもないな。完全な裏切りだな。自分は嘘をついてますって言わんばかりだな」

「バカにするのもいい加減にしろ」

父からLINEが連投された。怖くて怖くて仕方がなかった。それでも、

『好きならかずまくんの為に家族や友達を捨てるのが普通。』

ゆかちゃんのこの言葉が頭から離れなかった。これで本気の恋だという証明が出来ただろうか。

家族を押しのけてまでお泊まりを実行させる行動力をゆかちゃんやかずまが認めてくれるだろうか。そんなことを考えながら電車に揺られていた。すると、

「どんなに辛い事があっても時間がかかったとしても絶対に俺が助けるし、数年後、そういえばあんなこともあったねって笑い話にしてしまえばいい笑」

とかずまからLINEが来た。泣きそうだった。両親に認められなくてもこの恋だけは貫きたいし、かずまと共にこれから先も過ごしたいと思った。

不安や希望を抱きつつ、東京駅に着いた。東京駅へ行くのは人生でまだ二回目だったので、ホームや改札口の場所さえ分からなかった。やはり東京は広いし人が多い。中々かずまの姿を見つけられないでいたが、かずまが私の姿を見つけてくれた。

「あいな」

ニコッと笑い私の傍に来てくれた。東京駅からかずまの家までは徒歩二十分くらいの距離だった。都会の景色に感動しながら辺りを見渡しながら歩く。

「ここの通りにゆかの家があるんだよ」

かずまが高層ビルが並ぶ通りを指差す。

「ええ!?やっぱゆかちゃんの家お金持ちなんだね」

やはり東京の人はお金持ちが多いのだろうか…。

街を歩く人も老若男女関わらずオシャレな方が多かった。群馬と東京の違いをはっきりと見せつけられた。

「そういえばお昼どうする?コンビニでも良い?」

かずまがそう聞いてくる。

「うん!」

本当はかずまは料理が得意らしいのでかずまの手料理が食べたかったが、そこはグッと抑えた。

コンビニもやはり群馬よりも少しだけ広い。さすが都会。コンビニさえも感動してしまった。お腹が空いていたが、好きな人の手前、多くは買えないので量は少な目にした。コンビニから出て少し歩くと、かずまの家の前に着いたようだ。高層マンションだ。どうやらオートロック式らしい。初めて見るセキュリティの高い設備に驚きながらかずまの部屋の階までエレベーターを使って行った。部屋の前に着くと、初めて入る異性の家ということで緊張した。しかし、かずまが華麗にエスコートしてくれるのでスムーズに入ることが出来た。部屋に入ると、弟らしき人の学習道具が置いてあったり、家族の洗濯物が畳んでおいてあった。生活感が良い意味で溢れ出た部屋は過ごしやすかった為、直ぐに慣れた。かずまといる間はスマホの電源をオフにして両親の事も忘れ、楽しく充実した一日を過ごした。好きな人の隣で寝るのは初めは緊張したが、安心感からかすぐに寝てしまった。

十七日

夜が明け、朝になった。

「もしスマホが没収された時の為にこれでインターネットからTwitterで随時連絡して」

かずまから部屋から出る前にゲーム機を渡された。確かに親にスマホ没収されたら連絡手段が無いから良い考えだ。

「ありがとう。万が一の事があったら使うね。」

ゲーム機という高価なものを受け取るのには抵抗があったが、かずまからのプレゼントだと思って快く受け取る事にした。

お昼頃にマンションから出た。家が近づく毎に私は内心両親がどれだけ怒っているだろうかと不安で仕方がなかった。

「本当は新橋駅という所の方が近いんだけど、どっちから乗る?」

かずまが提案をしてきた。聞いたことがない駅名だ。やはり東京は駅が沢山あるなと感心した。

「じゃあ新橋から乗りたいな」

私は歩くのが疲れたので電車賃よりも早く電車に乗って座りたい気持ちの方が強かった。

「俺、ご両親に挨拶代わりに手紙書きたいんだけどどう思う?」

電車の中でかずまが提案をした。

「良いんじゃない?私の両親も少しは信用してくれるかも」

とても良い考えだと思った。早いうちに挨拶した方が良いが、この状況で挨拶したら逆効果だろう。手紙が最善だと考えた。

「まずスマホで書き出してみるね」

かずまはそう言ってスマホのメモに手紙の内容を打ち出した。私はかずまが打ち出している姿を横で覗き込んでいた。

スラスラと打ち込んでいたかずまの手が止まった。どうやら手が震えているように見える。どうしたのだろうと戸惑っていると、スマホに大粒の水滴が落ちた。かずまも不安なのだろう。

このまま私の両親に信用されなければ、恐らく私達は二度と会えなくなる。外出を禁止されるだけならまだしも連絡手段を断たれてしまうかもしれない。そして何より彼女の両親に信用されていないのは想像も出来ないくらい自分が悪役に思えるのだろう。私は無言でかずまを抱きしめた。

「大丈夫だよ」

なんて気軽に言えなかった。私達の未来がどうなるのか分からなかったから。かける言葉が見つからなかったけど少しでもかずまを安心させたかった。どんなに批判されても私がいるって思ってもらいたかった。あなたの味方は私だよって伝えたかった。かずまが泣き止むまで人目を気にせず抱き締め続けた。

一時間半もすると高崎駅に着いた。かずまも駅に着くと落ち着いている様子で手紙の内容も完成したようだ。後はもう手紙の内容を用紙に書き写すだけのようだ。かずまが書き写している中、

時刻も十九時を回っていたので両親に連絡をしようとスマホの電源を入れた。すると、両親からの連絡で通知が埋め尽くされていた。心配する気持ちは重々承知しているが、ここまでされるともはや恐怖に感じた。両親に束縛されている自分は不幸なんじゃないかと思ってしまうほどに。

返信をすると

「今どこにいるの?」

「何時になるかはっきりしろ」

すぐに両親から同時にLINEが届いた。とりあえず、高崎駅にいる事と帰る時間はかずまが手紙を書き終える時間が分からなかったので、まだ分からないと伝えた。

「もうすぐ書けそう?」

私はかずまにそう問いかけた。

「うん。もう終わったよ」

私が両親とやり取りをしている間に書き終えたそうだ。

「かずまくんの電話番号教えて」

母からLINEが来た。おそらくかずまを信用する為だろう。

「お母さんが電話番号教えてって言ってるんだけど…電話番号を教えることって出来る?」

私はかずまに控えめに聞いてみた。

「それは出来ない。あいなは良いけど…信用してない人に送ることは出来ない。個人情報だしね。」

かずまは怒ったような口調でそう言い放った。私からはそれ以上何か言う事は出来なかった。確かに個人情報だし、彼女の母親とはいえ第三者に教えるのは躊躇するのだろう。

「電話番号は個人情報だから教えることは出来ないよ」

と母に伝えた。もうかずまが手紙を書き終えたようなので付け足しで

「高崎駅に迎えに来てもらってもいい?」

と頼んだ。時刻はもう二十時を過ぎていて父はもちろん母も怒っているだろうと予想していた。改札口の方へかずまと向かうと母の姿が見えた。どうやら母一人のようだ。安堵したのと同時に母が私に話しかけてきた。

「これどうやって入るの?」

どうやら改札の入り方が分からなかったらしい。

母は抜けた所があってそこが面白くどこか空気を和やかにしてくれる。母のそんな所が好きだった。母とかずまはどちらとも第一印象が好印象なので上手く世間話をしながら父が車で待っているそうなのでかずまは母に手紙を渡して帰って行った。母と二人で急いで駐車場に向かう。

「お父さん怒ってる?」

私は母に歩きながら聞いた。

「今はそんなに怒ってないよ。心配してた」

母は軽くそう言った。それを聞いて罪悪感を感じた。しかし、かずまを第一優先にする気持ちは変わらなかった。いくら家族がどう思おうと心配しようとかずまの事しか考えられなかった。

車に戻ると母が父に

「かずまくんと会ってきたよ。これ手紙だって」

母は父に渡すと、

「そんなのどうでもいい。もう携帯禁止な」

父は冷たく言い放った。

「え?どういう事?」

私は今回友達の家に泊まると嘘をついて東京まで行きかずまの家に泊まったのが原因だと思った。だが、

「家庭教師に全部聞いたよ。塾はそんなに早く空いてないんだってな。本当は塾に行ってないんだな。」

バレてしまった。本当の事だから何も言い返すことが出来なかった。

「それと塾にかずまなんて人は教員にも生徒にもいないって聞いたよ。そもそも東京の人と知り合うなんておかしい。Twitterで知り合ったんだろ?」

父がため息をつきながら言った。

「…」

やはり何も言い返せなかった。本当だと言う事もまた嘘をつく事も出来なかった。この人には嘘が通用しない。

「もう暫く携帯取り上げるから最後にかずまに連絡したら?」

父は私にそう提案した。涙が溢れてきた。こんなにも嘘をついてきたのだからかずまは両親に信用される事はないだろう。今まで描いていた私とかずまの未来が全く見えなくなった。

「大丈夫かな…?」

かずまからのLINEが来た。

父にあまりスマホを触っているとバレるのでなるべくスマホの光を下にしながら急いで返信をする。

「大丈夫じゃない…」

「全部全部バレたみたい…」

「携帯取り上げられる…」

私はパニックの状態でありながら一生懸命今の状況を伝えた。また返信が来ていたが、父がいるので家に帰ってから返信をすることにした。どうやら今夜はまだスマホが使えそうだったのでそこは一安心した。

「LINE消して。取り上げられる前に」

「Twitterもログアウトして」

「あと…俺が泣いたこと、言っていいよ、」

かずまから指示されたが、Twitterをログアウトする事もLINEを消す事も出来なかった。私はかずまとの思い出を消したくなかった。もう両親に全てバレているので何も恐れるものはないと思っていた。父は手紙を読む気にはなれないそうだ。そしてどんなに説得しても謹慎の考えも変わらないそうだ。もう無理だ。取り上げられる前にかずまに謹慎になるときちんと伝えなくては…。

「わかった。スマホは謹慎になるって…」

「ごめんね、かずま…ごめんなさい…」

かずまには申し訳なかった。どんなに手を尽くしても両親には、父には、適わなかった。

「…。」

「正直…もう嫌だ…」

かずまからすぐ返信が来た。予想外の言葉だった。スマホが無くてもゲームがあるから完全には連絡手段が絶たれることはない。このまま大人しく両親の言う事を聞いていればいずれスマホも解禁されるだろう。外に出ることも許されるだろう。私はポジティブに考えていたが、かずまはどうやら違うようだった。

「そっか…」

私はそれしか言えなかった。だって、私はどうする事もできないから…。

「ごめん、」

「今体調凄く悪い」

「駅にずっと座ってる」

かずまからそうLINEが来た。おそらく私の両親が原因だろう。

「まあ…スマホはどうにかなる」

「もう無理、」

「拒絶反応が」

「本当に」

「やばい」

「助けて」

かずまから連続でLINEが来る。私はとっさに立ち上がった。

「え…ちょっとまってて…むかう」

かずまが死んでしまうのではないかと思った。向かわなくては後悔すると思った。しかし、

「今は来ないで」

「くるな!!!」

かずまは来ないでほしいみたいだった。私はそれはもう時間が遅いからだと判断した。なので、

「親と一緒に行くから…」

両親と一緒に行くなら大丈夫だろうと思ってLINEした。

「来ないで。ダメ。それこそ具合悪くなる」

私の両親に対してだいぶ拒絶反応があるようだ。

「私だけで行くよ」

ダメもとでもう一度言ってみた。

「だめ」

「そもそも高崎じゃないから!!!」

「途中の駅」

「本当に来るな!」

「やめて」

「あいなまで言うこと聞いてくれないんだ…」

「もう無理、」

どうやらかずまは途中の駅にいるらしい。それなら行くことは不可能だ。

「分かったよ…行かないよ」

私はかずまからこんなに拒否されては行くことは出来ないと判断して諦めた。

「今日はまだ平気、」

「正直、この先は無理だと思う、」

「もって今週まで」

私はかずまのもって今週までの言葉が引っかかった。恐らく精神的苦痛を受けて具合が悪くなって死ぬという事だろう。私はそういう意味に捉えた。

「一体どうしたら…」

私はかずまにどうしたら良いのだと問いかけた。

「耐えられないよ、こんなの」

「精神的苦痛過ぎる」

しかし問いには答えてくれず、精神的苦痛を訴えてくるだけだった。

「そっか…」

私は何と答えていいか分からなかった。両親をどうにか出来るわけでもないので、かずまを慰める事は出来なかった。

「ひどいよ…」

かずまは私の両親に対して言ったのだが、私にも言っているように聞こえた。

「ごめんなさい…」

私は謝ることしか出来なかった。

「あいなは悪くない」

「もう会えないでしょ?」

かずまは私は悪くないと言ったが、両親に従っている自分が悪いような気がした。

「いや、会うよ。」

私は諦めたくなかった。

「どうやって」

かずまは私に問いかける。

「群馬に来てくれるなら会ってもいいって…」

私はかずまには申し訳ないが、群馬だと許可を貰ったので会えなくなる事はないと考えていた。

「東京は?」

かずまは東京に来れるのか聞いてきた。

「東京へは…行けない…」

私も東京へ行きたかったが、両親が許してくれなかった。

「どうして?」

「あと俺行く時間とお金ないよ」

かずまから予想外の言葉を言われた。かずまの事だからまた今まで通り群馬に来てくれるだろうと容易に考えていた。

「心配なんだって…」

「そうなんだね…」

私は両親に言われた通りにかずまに伝えた。

「何がそんなに心配なの?」

「俺ずっといても無理?」

「今までで十万くらい使っちゃった」

かずまから驚きの事を聞かされた。十万も使っていたんだ…。私はかずまに頼ってばかりだった事を改めて実感した。

「多分、先に挨拶したら平気なんじゃないかな…まだ素顔が分からないからかも」

「十万…会うためにそんなに使ってくれたんだね…」

私はそうかずまに提案した。二人での未来を諦めたくなかったから。

「挨拶の機会貰えるの?」

「全部合わせたら二十万くらいだけどね」

二十万…中学生の私からすると信じられない額だった。その額を私に費やしてくれたんだろう。それを強調しているように聞こえた。

「うん。どうにか出来ないかな…」

「そうなんだね…」

私はかずまに縋り付くように返信をした。何とかかずまに挨拶をして貰えればきっと両親に認められるだろうと考えていた。後はかずま次第だった。

「嫌だ…もう本当に辛い」

「頭痛いし気持ち悪いし」

「苦しい」

「呼吸が上手くできない」

かずまに挨拶の件は拒否されてしまった。

「大丈夫…?」

私はかずまの体調が心配だった。

「大丈夫なわけない」

「俺精神的に弱ってた状態だったから」

「元々弱いし」

「こんなことされたら無理だよ」

こんなことって私の両親や私が直接かずまに何かしたわけでもないし、変える気がないのに弱る素振りにムカついた。

「私は…どうしたらいいのかな?」

私はかずまに問いかけた。しかし、そこから

かずまからのLINEが来ることは無かった。

かずまのことが心配だったので、ゆかちゃんにDMをしてみる事にした。

「ゆかちゃん、かずまからの連絡が無いんだけど…大丈夫かな?」

ゆかちゃんに連絡をすると

「大丈夫なわけないやろ!!!ラムネさんの両親がかずまくんをこんな状態にしたんや!」

「どう責任を取るつもり?」

私の両親のせいで…分かってはいたけどはっきり告げられるのは複雑だった。

「家出するよ」

そうしなくては両親が、父親が、変わらない気がしていた。以前から皆に両親は変われないので離れるしか道はないというのを言われていたので、何回か考えた事があったが、実際に言うのは初めてだった。そして両親はもちろん、ゆかちゃんやかずまから責められるのが辛かった。何もかもに解放されたかった。その答えが家出しかなかったのだ。この先にどんな幸せがあるのか、どこに泊まるのか、そんな事も考えていなかった。ただぱっと思いついた無謀な考えだった。

「いいね。いつするん?」

ゆかちゃんからいつするのか聞かれたが、具体的な日にちが思いつかなかった。

「二十一日にするよ」

パッと思いついたのが春分の日である三月二十一日だった。なんだかこの日なら亡くなった相棒の猫の『チチ』が守ってくれるような気がした。チチは祖父母宅で飼っていた猫であり、私の相棒のような存在だったが、去年の六月に亡くなってしまった。小学生まで両親が共働きで祖父母宅に預けられていた為、いつも傍にいてくれた記憶がある。亡くなった為、もちろん目視で確認出来ないし、常に近くにいるかは分からない。しかし、春分の日はお彼岸で彼岸と此岸が近づく日とされている為、近くにいてくれるだろうという考えだ。そうだったら良いなと考えながら家出の計画を自分でも考えていた。

次の日からはスマホを取り上げられていた為、ゲーム機でWebサイトでTwitterを開き、ゆかちゃんと連絡を取っていた。ゲーム機で文字を入力するのは慣れない為、大変だった。

三月十八日

私のスマホは父が持っていた。父が仕事から帰ってくると、再び交際を反対された。

「あいつだけはやめろ。詐欺師だ」

父は私にこう言い放った。確かに今まで身分を偽ってたのだから当然だろう。しかし、かずまからそう説明するようにとは言われたが、私が言った事だ。

「私がバレたくないから嘘ついただけだから」

私はかずまを庇った。父と二時間近く口論をしたが、やはり認めてもらえなかった。このまま家出を実行するしかない。そう思った。

ゆかちゃんからも私の両親に対して嫌悪感を抱いていた。大好きな幼馴染を傷つけられたのだから当然だろう。

「ラムネさんが家出しないならうちのお父さんの力で国外追放しようと考えてたんやさ」

ゆかちゃんは怒りが収まらないらしい。私は目を見張った。国外追放なんて出来る人が居るのだろうか。ゆかちゃんの父親は凄い人らしくゆかちゃんもお金持ちそうだから出来るのだろう。私はゆかちゃんの言葉を信じ、尚更家出を実行せざるを得なかった。

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