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 結婚なんて、するべきではなかった。 


 漠然とした不安がいつもいた。他人とは違う、同じようにしなければ。

 三か月前、お見合いをした。

 えり好みする私に、大人しそうな少しおっぱいの大きい女性の写真が目に入った。それは同級生の紹介だった。

 私は自分に自信が無かった。

 何をしようにも不器用で、話すこと自体あまり得意ではなかった。

 映画に影響され、嫌な気持ちになると哄笑してしまう悪癖があった。

 大人数と仕事ができるような人間性を持ち合わせないため、家の農家を継いだ私には出会いの場所が無かった。あっても、そういう関係には発展しえなかったろうが。

 私には、学生時代の交際経験が無かった。淡い、期待を抱いていた。


 二か月前、お見合い初日。

 私は挨拶ぐらいしか語彙を持ち合わせていなかった。相槌すら打つことなく、私は蝋人形のような生気のない眼をしていた。

 彼女は、一方的に何気ない話をした。私が何も返さないので、自分が話すしかなかったともいうが。

 私は時折投げかけてくるトスに、場外に叩きつけるような乱暴なサーブばかりしていた。


「ご趣味は?」

「なにも」


「お仕事は何を?」

「農家です」


「何かお好きなことは?」

「正直、寝てばかりいます。二十時間は平気で寝ます」


 お見合いの破綻は目に見えていた。

 どう考えても、どうにもならない。

 我々は黙々と食事を取り、あまりの沈痛さに私は奥歯を噛み締めながら緊張で出てきそうになる嗤いを堪えていた。


「―――どうでしょう。やはり、むつかしいでしょうか?」


 食事を食べ終わり、彼女は割り箸を弄りながら唐突に言った。


「なにが、でしょうか?」


「結婚です」


 彼女の言っている意味は分からなかった。

 詰まらなそうな、或いは不安そうな、はたまた怒っているような、彼女の感情が私には全くもって見えなかった。

 質問の意味も分からない。

 「結婚が難しいでしょうか?」とはどういう質問だろうか。

 私にモチベーションが見えないと、そう言っているのだろうか?


「私は、したいです。この二時間お話を返せず聞くばかりではありました。ですが、あなたはそうでなくとも、私はあなたのことが知れました。私の所為ですが。私はあまり言葉を交わすのも話題を振るのもできない人間です。それでも、私は私を好きになってくれた人と添い遂げたい。そう思います。この時間では、私の事を好きになりようなんてありませんでしょうが」


 私は、半ば錯乱していた。

 言い訳の言葉を探して適当に口から出まかせを言った。嘘は言っていない。だが、本心ではなかったように思う。

 そもそも、彼女が聞きたかった言葉は言い訳ではなかったように思う。

 だれも、言い訳なんて聞きたくはないだろう。

 だというのに、話は超展開を見せた。

 何がどうしてこうなったのか。

 その日は連絡先を交換して終わった。それでもう会うこともないはずだった。


「こんにちはケントさん。結婚しましょう」


 電話越しに伝えられた不可解なメッセージを理解するのに数秒を要し、その数秒の間で私は思わず生来のイエスマンの反射で「はい」と答えてしまったのだった。

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