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 腐れ縁を感じる。

「先輩はいいですね。私も後輩が出来て、ようやくわかった気がします。つかいっぱしりがいてこその年長者です」

 彼女は末恐ろしいことを口走りながら、私にも同意を求めるように視線をくべた。

 しかし彼女の眼には悪意とか欲望とかそういった邪な感情が見えず、私はより一層頭を抱えてしまう。

「いや、あのね。なんというか。パシリって言う表現は、その、良好な関係を築く際に良くないと思うよ……?」

「なんで疑問形なんですか。いえ、本人に言うことはないですよ、勿論」

 自分の言葉がこうも拙いと、腹の中が自分への惨めさで一杯になった。

 彼女は赤石筒美、私の一年下の後輩である。同じミステリ同好会に入っており交流が出来た。学部は理系らしく、休みの日は飛行機の模型を作るのが趣味だと言っていた。ミステリは筒井康隆しか読まないと言っていたので、筒井さんはSF作家だと突っ込んでみたら素で驚いていた。

 実際に彼女が一回だけ参加していた同好会の読書集会ではパプリカを持参していたし、別の日の昼に学校のベンチではひとり黙々虚人たちを読んでいたのを見たこともある。

「しかしお久しぶりです。先輩が一人京都の大学に行ってしまって、私は寂しい思いをしていました。このカレーは私の寂しさを表しているんですよ」

「どうりでこんなに辛いのか……」

 一見するとこれ以上なく普通で、懐かしささえ感じる優しい香りと色味。

 何の警戒もなく口に運び、途端に口の中が地獄と化した。その時、彼女は母親のようにとても優しくほほ笑んでいた。

「騙されましたね」と満足げに鼻を鳴らし、彼女は牛乳を机に取り出した。

「大丈夫ですよ。食べられないものは作りません」そう言い、カレーに牛乳をかける。

 確かに牛乳をかけるとまろやかになるとはありふれた話だが、このレベルの辛さだと意味を失うこともまた事実である。彼女は味見をしていないと私は確信した。彼女は私の口の中が某焼きそばメーカーのS気レベルに激痛であることを知らないのだろう。

 私は静かにスプーンを拾って、牛乳をかけられたカレーをゆっくり混ぜていた。顔中汗まみれで、眼は塩にやられて碌に開かない。

「ところで赤石、お前のカレーは辛くないのか?」

 聞けば、彼女はとても悪そうな顔をした。

「……試してみます?」

 普通に考えれば同じ鍋で作っているのだから、辛さは同じなのだろう。だがこれだけの辛さ、果たして赤石は食べれるだろうか。彼女が辛党なんて話は聞いたことがないし、第一彼女は甘党である。

 私は意を決して差し出された彼女のカレー皿を受け取った。そして一口目を運ぶ。

 私は絶叫した。

 普段であれば絶対に食べることなどない辛さだった。口の中が刃物でズタズタにされた気分である。死んでしまう。私だってそれなりの辛党を自称している。インドカレー、某焼きそばだって間食してきた人間だ。

「うふふ、私は先輩が辛党なのは知っていましたが、先輩は私も辛党なのは知らなかったでしょう」

 その純粋な微笑みには悪意が見えない。それが怖かった。

 確かに彼女のカレーを食べた私が悪いのだろう。彼女は、私の間食できる範囲での辛さでカレーを作ってくれていた。

 ふと彼女の顔を見た。

 私は再び戦慄を覚えた。彼女には数滴の汗も流れていない。

「化け物なのか……」

 素直な感想である。彼女は満足げにその控えめな胸を張って見せた。

「お腹壊してもらっても困るので、私のカレーは返して下さい」

 彼女はパクパクと次から次へスプーンを口に運び、途端に完食してしまった。

 私の皿には一口しか食べていないカレーが残ったままである。

「大丈夫ですって、牛乳足してあげたでしょう」

 彼女には常人の感覚がわからないのかもしれない。あれだけの辛さをしていると、牛乳を足しただけでマシになるわけがない。そう思った。

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