第6話 祝宴
拠点は予想以上の賑わいを見せた。
元々、大工房の流通網があったこともあり、搬入には苦労しなかった。
多くの物資が行き交い、繰り返される商いに王国が目をつけるのは時間の問題だった。
「大工房にこれほどの価値が生まれるとはおもいもせなんだのう」
長く伸びた髭を結った老人は杖で体を支えつつ髭を擦る。
老人の隣に立つ長身痩躯の男は自警団を統括する通称、下弦という通り名を持つ元軍人である。
「ゴブリンの混合魔獣の一件以来、王国は財政だけでなく食糧難でもありますからな。棚から牡丹餅とでもいいますか」
下弦は腕を組みながら異様な雰囲気の拠点に首を傾げる。
その要因は種族問わず、なごやかに事が為されているからであろうか
諍いが起こることもなく唯、不気味に祭られた鎧が”灼熱のリング”から放たれる光に照らされている。
(なんでワシ……大工房の象徴みたいになっとるんや……)
時系列を正すと灼熱のリングを借りる事に成功した後に行われた宴が一月前になる。
そして、ぼっさんが祭られているのが今である。
「この鎧はオブジェとして飾られているのかしら?」
下弦の秘書を務めるマドンナがしなを作りながら鎧の表面を一指し指でなぞる。
(オッホホイ。ゾクゾクするぞい)
「何か別の気配を感じるが……ううむ、ワシの気のせいかの」
(この爺さんはたしか、教会によく顔をみせていた……スティシスだったか)
下弦が食い入るように見つめているのはぼっさんに帯刀させている、祭られた刀だ。
「得物としては二流だが、装飾品としては中々の出来栄えであるな」
カタッ―。
「いま、動きましたよね?」
「いや、風で鎖帷子が揺れただけであろう」
(好き放題いいやがって、アアァンそこは触らないで敏感なの)
「上質な魔鉱石をつかっておるのぅ」
ぼっさんは一か月放置される事で何かに目覚めつつあった。
「この仕上がりで量産できれば我が国も安泰じゃわぃ」
「生産ラインの構築を進めたいと思いますが、許可を頂けますでしょうか」
そう冷徹なようにきこえるトーンで話すのは下弦の付き人である秘書の上弦だ。
「すぐに取り掛かってくれ、魔鉱石の発掘は私が担当しよう」
大工房に満ちた複合魔獣の瘴気によって濃ゆくなった魔素が魔石の品質を高めている様だ。
魔鉱石の採掘が順調にすすむにつれて労働者の間ではアッパーとよばれる薬物が蔓延しはじめていた。
激しい肉体労働に耐えかねて休息の際にハメを外しすぎてしまう輩が増えたのだ。
労働者は王国の住民たちから斡旋業者を通して派遣されてくるのだが、実はアッパーの生産者は下弦だったのだ。
度重なる肉体への魔素の重圧によって疲弊した人々は快楽と苦痛を凌ぐために手をださざるをえなかった。
そんな心理をついたのがアッパーによる生業であった。
ヴァレリアは下弦の配下であり売人であるが国土を憂いていた、様々なしがらみによって精神をむしばまれていったヴァレリアが労働者のようにアッパー中毒者になってしまうのは当然の事といえた。
ヴァレリアは粘膜からたれる鼻水をすすりながらアッパーをかくる。
魔鉱石をくだいてハ二―トードの分泌液とまぜ乾燥させた物がアッパーであるが、蛙の粘液を摂取しているとはあまり考えたくはない。
「しっかりと働きなやろうども」
鞭で空を叩きながら労働者に活をいれるのも手慣れたものだ。
採掘区域と生産区域でわかれており、生産区域では賑やかに行商がが行われているのにたいして採掘区域にはある種の禁止令がでていた。
それは商自由の禁止であった。商自由の禁止は裏取引を助長するひとつの要因といえた。
アッパーが採掘区域市場の月収を上回る値段に落ち着いた時かえない労働者達が禁断症状を発症する事となり副作用の魔物化が始まった。
皮膚がハニートードのように色鮮やかになるものや鉱物が皮膚組織から流失する者も出始めた。
そんな最中にアイリとラムゥトは採掘区域にて冒険者家業を続けていた。
完全に堕ちきり魔物とかした労働者の救済、討伐に赴くのが日々となっていたがクエストという名目で使えなくなった労働者を殺す事になってしまうとは思いもしなかった。
採掘区域の下弦が経営する酒場ではアッパーが安くかえるとうたい文句に謎の粉が売られていた。
「まっずいなぁくえたもんじゃないよ。なんだいこのアッパーわ」
ゴブリンの秘薬として流通しているゴブリンの爪茶葉を煎じてのんだヴァレリアは騙されたと激昂した。
アイリはびくりとしてラムゥトの側に隠れる。
「まずいなくえた・・・」
「まずいなくえたもんじゃ・・・」
「まずいなくえぇ”」
常用者ヴァレリアの感情の発露とともにアッパーの真の効果魔族強化が作用しはじめた。
筋骨を規格外に発達させ必要以上に増幅した筋肉ははちきれんばかりに膨らみ巨大化し、その双眸は魔石の色を宿し外皮はハニートードの様相を呈した。
蛙型の魔人となったヴァレリアは胃袋から泡があぶくように魔石があふれ出ると魔力バブルが発生し、弾けて量産された汁は近くで飲んでいた労働者たちに浴びせかかる形となり肉体を侵食しはじめた。
そこかしこで人が魔族化していくなかラムゥトのかげに隠れるアイリはひどく怯えきっていた。
「アババババババびゃー”や”や”」
「キャハハハ預金がすっとびゅうう”う”う”」
「よべぇよべぇばやしゃーわぁぁぁ!!」
狂気の宴は始まったばかりだ。
ヴァレリアが自我を失い暴れ出すのは時間の問題だった。
「ヴァレリア・・・ヴぁ・・・ヴァレリアよ私ヴァレリア・・・ヨオオオオオ”!!」
舌が鞭のようにしなりラムゥトを締め付ける。
アイリは指にはめた灼熱のリングの加護によってまもられているが焦燥しきっている。
ラムゥトは雷の魔法サンダーを放った。液体に帯電することによって魔獣と化したヴァレリアは痺れ倒れた。
「ヴぁれヴァ・・・リ・・・ア・・・ヨ…」
光の塵となり分散したヴァレリアの元には紫色の特殊な魔鉱石が残った。
びりびりと魔力の雷を帯びて降臨した魔鉱石には王国の刻印がなされていた。
魔鉱石に群がり始める魔人達をラムゥトの雷が一掃する。
酒場は廃墟とかした。王国の刻印が煌びやかに浮かびあがり廃墟の塵を照らす光があふれ出る。
同時に騒ぎをかぎつけた自警団が到着した。
「本部へ、騒動の中心人物と思われる二名を拘束する」
ラムゥトは抵抗せずに捕まり、ひそかに特殊な魔鉱石をコアに収納した。
獄中でアイリは司法に訴えていた。
「三権分立ぞ!しっとるぞ!三権分立ぞ!!」
囚人枕に蹲りながら地団駄を踏む。
「主よ、難しき事柄は分からぬが時を要すると考えられる」
ラムゥトはコアを光らせながら頭を抱えていると、裁判長の雪姫とよばれる令嬢が鋼鉄の扉を開きやってきた。
ヴァレリアが薬物で変異した事実を生き延びた酒場の亭主から聞いた旨を伝えると二人の拘束を解いた。
白く綺麗に伸びた髪を結った赤目の人族である雪姫は首をたれた。
「裁判長のわらわがしっかりしていなかったが故に二人に不自由をさせてしもうた。非常に申し訳なくおもうておる」
アイリの頬をぷにぷにといじりながら釈明する。
「三権分立故にしかたない」
アイリは知っている単語で不服ながらも謝罪を受け入れ、ラムゥトにしがみつく。
「かわいらしいお方ね」
アイリをなでまわす雪姫。
ラムゥトは咳払いをしながら特殊な魔鉱石について話を聞く事にした。
「王家の刻印がされた魔鉱石をてにいれたのだが何か詳細を知ってはおられんか」
びくりと肩を震わすと雪姫はラムゥトの差し出した魔鉱石の刻印を見て頷いた。
「これは・・・伝承されている破邪の玉とうりふたつじゃ」
昔々王家に代々伝わってきた美しい宝玉があり、伝承には宝石が交わる時、世に災いが降り注ぐとされていたそうな
鉱石は異様なオーラをはなち続け、不気味に輝いている。
「伝承通りであれば一大事になりかねんの」
雪姫は魔鉱石をつかみとると従者に渡した。
ラムゥトはこれからの心配をしていたがアイリはこねくりまわされる頬っぺたに不満を募らせていた。
扉のおくから鎧のぼっさんが運び込まれてきた。
「わし・・・きもちええとこやったんやけど」
大工房で日光浴をしていたぼっさんは破邪の玉をみて鎧から汗をふきだした。
「そないけったいなもんちかづけんといてや!んまに勘弁してや!!」
鎧のぼっさんは魔力を具現化し体を作り上げるととそそくさと退散しようとした。
「まちなんし!鎧の親方様」
雪姫の従者が鎧を取り押さえる。
「ぁ、敏感なんでかんべんしてちょんまげ」
人と接する機会の少なかったぼっさんはマゾに目覚めていた。
「鎧が発情しとるぞ!」
アイリはほっぺたをこねくりまわされることから解放され満足げにツッコミをいれた。
「失礼なことをいうなメスガキ!しゃーいわすぞしゃー!」
「灼熱のリングありがとう」
アイリはぼっさんの具現化した指に灼熱のリングを返した。
「あぁぁぁぁあ染みわたるんじゃぁ^~」
ぼっさんは湯船につかったおっさんのような声をあげながら立ち上がる。
「破邪の玉やないけー!はよすてっ」
「んーーーーやばいもんがそろってもうたでぇーーー」
鎧を震わせながらぼっさんは破邪の玉をみつめ、スチームの科学力が進展する兆しを感じた。
雪姫は王国の祝宴会場でラムゥトとアイリを労うことにした。
「下弦が商っている魔法の粉の事で迷惑をおかけしました事、王国から謝罪しますわ」
アイリは王国が覚醒剤まがいのものをうりさばいていることに驚愕し、瞼を細めた。
(国が全面的に薬物を肯定しているとわ・・・)
「なんと見目麗しいおかた、名前をきいてもよろしいかな?」
上品にスカートをたくしあげながら伺ってきたのは王国の王子であった。
女装趣味の王子は可憐にまとったドレスをひるがえし踊る様に挨拶した。
「わたくしがホイント・シュツルゲン王子でありますわ」
アイリは最初ひどくおびえていたがじょじょに慣れてきたので返事をすることにした。
「アイリと申します」
「我なはラムゥト。雷岩族の長にしてアイリ殿の守護を勤めておる」
「勇ましいのですねおふたりとも、うふ」
(ほっぺ摘まんでくる百合裁判長におかま王子て、やばないかなこの国・・・)
雪姫は間を割ってアイリの背後からほっぺたをぷにぷにしている。
ホイント王子は剣をかざしながら言った。
「お二人は練度の上げ方をご存知かな?」
本来練度とはレベルの事でありアイリは全く気にもとめていなかったので聞く事にした。
「足軽から将軍まで10個の階級にわかれており、これをあげるには経験値を稼ぐしかあげる方法はないのです」
足軽のアイリはレベル上げをすると聞いてわくわくしはじめた。
「するってーと鎧のわしにも練度はあるんかいな」
「鎧にも階級はありますがどうでしょうか・・・」
「まぁレベルっちゅーもんは気づいたらあがっとることがおおいさかいそこまできにせんでもええかもな」
ぼっさんはいつもの口調でしゃべりおえると具現化した姿から鎧へと形をもどし休息モードに移行した。
アイリはぼっさんを装備してレベルあげをしたいと思い始めていた。
むぐっ非常に着辛い(ぽかぽかするー)
灼熱のリングをはめた鎧ぼっさんはアイリが装着する事となった。
銅の部分をきるとスチームが噴射し、魔力と交わることで全体を覆う甲冑と変化した。
「おおぃぼっさん暗いぞぉ~」
「アイリちゃん目に魔力あつめてみ」
クワッ!
灼熱の炎とともに鋼の瞼を開くアイリ。
「おぉーよくみえる!みえるよ!」
魔力と鉱石が交わりいかつい甲冑とかしたぼっさん。
「ちょうどよろしいですわ、練度上げにいきなさい」
ぼっさんを引き連れてレベルあげへとむかうことになった。
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