第4話 職人

時は同じくしてプカードの同僚、オークの鍛冶職人ジャックもその例の一つと言えた。




元々オークは平穏な種族で好戦的ではなかった。




何かを作り生み出す事を生きがいとし、人間とは深い歴史的繋がりがあった。




持ちつ持たれつの関係であった物のそれを良しとしない種族は数えきれなかった。人間は他種族を尊重するが、傲慢なエルフはオークを奴隷にする事を執拗に意識し続けていた。




名目上王国を支配しているのは人族ではあるものの、実質はエルフと魔族が実権を握っていた。オークは日に日に数を減らし、今ではジャックとその血族しか存在を確認されていない。




ジャックはプカードの事を好いてはいたが、テンプル騎士団のフロムに入れ込んでいると勘違いしていたため、手ぐすねを引いていた。




鍛冶職人特有の指に出来たタコが研鑽された技術を物語っていたが、ジャックにとってのこのタコは歪に見えてコンプレックスであった。繊細な心を持ったジャックにとってプカードが魔獣に取り込まれてしまったという事実は受け入れ難く、何かに没頭しなければ自我の崩壊を招きかねない。




ジャックはこれまでに無いほどに力と魔力を込めて槌を振るった。




玉鋼と鋼鉄、オリハルコンとミスリル。




そこに砂金を塗しながらマナをこめる。




非常時にと代々家宝として受け継がれてきた”ダイアナイト”という金剛石に似た水晶を柄に具える。




「何故じゃぁ・・・なんでじゃぁ・・・」




流れ落ちた涙が熱で水蒸気へと変わる。




剣とも刀ともいえぬ、七色に輝く得物は工房の熱気を瞬く間に消し去り、冷却した。




「”ゴブリベンジャー”」




ジャックが造り上げた武器が仕上がったのはゴブリベンジャーと名付けられたのと同時だ。




澄み渡る冷気が工房を中心に広まる。




酒場の裏口から何事かとマドンナが顔を覗かせた。




「出来たぞ。ついに、出来た。くらくらす・・・る」




オークはそのまま倒れ込んだ。そこを支えるようにマドンナが駆け付ける。




「いい男だね全く」




指に出来たタコを愛おしそうになぞると、マドンナは息子を抱える様にジャックを持ち上げ、寝床へ優しく横たわらせた。




マドンナは自宅へ戻ると、とっておきの樽から五十年物のエールを取り出した。




キュポンッ――。




”灼熱のリング”を使い徳利の中身を温める。




トクトクと徳利に注ぐと頬を付きランプの灯が消えるまで独りで飲み明かした。



昨日の毒ガス事件により、作物がとれず物価が高騰している事もあり飢えに苦しむ者が多く出始めた。




普段ならば気温が高く様々な食物が収穫される頃合いなのだが、今年は気温がいつもよりかなり低い。




王国は他国からの関税を下げる事で輸入量を増やそうとしているが、毒ガスの風評被害で商人もよりつかない。どうやら他国の間者が近寄るだけで感染するなどとうそぶいているらしい。




ラムゥトと主は猫人のホークアイから依頼を受け、浄化作用のある薬草を粉末にして土地の所有者たちに分け与えるクエストをこなしていた。




「きりがないですね」




主はそういうとラムゥトも正しく、と小さく頷いた。




「そういえば、私の名前、アイリっていいます」




主にそう呼べと言われている様でラムゥトは少しだけ考えてから名前で呼ぶ事に決めた。




「アイリ殿。王国の衛兵達を利用してくばってみてはどうだろうか?」




「それもかんがえましたけど・・・できれば住んでる人と町村を見て回りたいの」




うつむきながらアイリは言った。




「初めてのクエストだしっ」




わくわくとしているのが見て取れて、ラムゥトは修羅場を越えた主の心の強さに驚嘆した。




「そういう事であれば、この国には水車と風車という物が有り申す」




地下の大工房へと水車から大量の水が流れ、鍛冶等に利用した後の吹き上げる水蒸気が風車を回し、更に風車の動力が作物をすり潰す動力や水車の原動力になる。




目をキラキラとさせるアイリにラムゥトは嬉しそうにコアを輝かせた。




「ラムゥトさんは何か食べたりはするのですか?」




ううむと首を傾げるラムゥトは普段自分が飲み食いする必要がない事を理解していたが、主が食事を馳走しようとしていると察し、どうしたものかと小一時間思考を巡らせた。




「魔石・・・好きな物は魔力・・・?雑食でございます」




「そういえば、魔力という物は私にもあるのですか?」




アイリがそういうと、ラムゥトはコアから”測量測定の水泡定規”を取り出した。




エルフの建築技師や職業認定士が良く利用するステータスや距離など様々な用途に使える魔道具である。




アイリの背中に定規を当てると内部に仕組まれた小さな魔石が光を放ち、水泡を通して光が拡散する。




人族には本来存在しない魔力の素質が検知された物の魔力が有るとは言い難かった。




しかし、ラムゥトは今になって疑問が浮かぶ。




(なぜ、我は人になど使えているのだ)




(いや、しかし人であるのならば魔力の素質があるのも矛盾している)




アイリの指に見事な装飾の施された金色の指輪が見えた。




魔道具で鑑定すると、副神オーディンの眷属が所有していたとされる指輪と出る。




(我々神の眷属を使役する事は一時的に可能であってもこれほど長期に、しかも何の違和感も無く我を従わせると・・・)




「あの、それで答えの方は・・・」




アイリに考えを見透かされた様な気がして、本来するはずのない悪寒が身震いとなってラムゥトの心身を震わせた。




「素質はあるようですが、魔力があるとは言えない状態であります」




「ということは!鍛えればラムゥトさんに魔力を御馳走できるんですね!」




間違いではないとラムゥトは頷く。




(主は知識欲が凄まじい。直に魔力が使えてもおかしくはなかろう)




そうこうしている内に目的の村についた。




王国の首都の隣に位置する流通の要、兼生産施設の原動力を供給する王国の心臓部とも言えた。l




ミンゴとゴブリンであるプカードの複合魔獣が逃げ道として通ったらしく、富裕層以外の労働力はほぼ死にかけていた。




村にはいってすぐに教会が目についた。




治療を求める人もまばらでそれが、この村の状況を痛々しく物語っていた。




「おぉ~~ようこそ!雷の使徒とその主よ!」




教会から民をおしのけ現れたのは程よく肥えた初老の神父らしきエルフだった。




どうやらクエスト受理の噂で薬草の粉末を配達している事を耳にしたらしい。




「信神深き者には祝福があるものですなぁ~ハッハ!」




表情がどことなくぎこちなく目は笑っていなかった。




アイリを制して、ラムゥトが代弁する。




「それは実に良き事。しかして、其方はこの村の神父であるか」




「いやいや御見それしもうしたぁ~わたしは先代ハイエルフ神父・グゾンの息子、ハーフエルフのゾグンと申します」




先代が毒ガスにて死去したという話で、元より継ぐ予定ではなかったが、急遽ゾグンが協会をしきっているという事だ。




ゾグンは光物に目が無いらしく、しきりにアイリの指輪とラムゥトのコアを見つめていた。




「これは我の秘薬ぞ。民に大事に使うようにくばって頂きたい」




ラムゥトはゾグンに手を差し出した。




「ありがたや~ありがたや~」




ゾグンは懐にそそくさと秘薬をしまった。




「ささっお部屋を用意しておりますれば、体をおやすめくだされ」




数々の小説とアニメ、動画を見漁ったアイリのニートとしての直感が危機を伝えている。




(これは罠ダ゛ッ!)




ラムゥトにそう告げると怪訝そうにアイリを見つめながら、人差し指で自らの頭をぽりぽりとかいた。




案内されるままに屋内へ入ると、ゾグンは客室へとアイリを案内した。




扉をあけると野鳥の羽を集めた布団の間にスプリングを挟んだ豪華なベッドがポツりとあるだけで生活館は無かった。




短い時間に多くの事が起こりすぎた。




アイリはベッドに身を委ねる。




「ふわふわしてます~」




「それはそれはご苦労様」




手を重ねて何かを期待しているゾグンはアイリに手を伸ばす。




「キャァッー!」




「イヤイヤイヤ!どうか落ち着いて、失礼しました」




ゾグンはチップを貰えない事に腹を立てた。




「縁起でもねぇ。勘違いされたらどうすんだ、全く」




とんでもない客を抱えてしまったものだと神父のゾグンは頭を抱えていた。




ラムゥトは神父に熟成された酒を差し出し飲ませようとする。




「このお酒は何という物ですか?」




「イイちご」




とろんと蕩けるようなまろやかさが売りのイイちごは薄めて飲んでから、六時間は魔力の行使をしない様に厳しく指定されている。




過去に飲酒状態で運転していた者は更に、厳しく処罰される可能性があり、酒気帯び状態での魔力の行使はご法度とされていた。




由来は原料に苺が使われている事から、五粒あれば作れるということであった。




芳醇な甘みが、舌鼓を打たせる。




「ラムゥト殿!これはもうありませんか?」




有るには有るが、量が限られているので出す事を止めた。




「申し訳ない。イイちごは希少であるからして余り無いのだ」




「それってぇと・・・」




「金貨一枚でいい」




ゾグンは今後もよしなにと金貨二枚を渡そうとしたが、気持ちだけで十分だとラムゥトは金貨を三枚仕舞わせた。




ラムゥトは侘しい思いをするかもしれないが、へそくりの在処はこの教会にしようと心に決めた。




「ラムゥト殿だけにお話し致します。今季は不作に不作が続き、一粒王国銀貨二枚の大台に乗った苺が帝国の南部で取引されているそうですよ」




「では、これにて失礼致します」




銀貨を一枚残してラムゥトはアイリの元へと向かった。


天窓から澄み渡る空から日光が射しこみ、小鳥達の囀りが聞こえる。




アイリは両手の指を絡めて体を伸ばした。




「ん~~きもちぃいい~~」




欠伸がでないほど熟睡できたようで、肌の艶も垢に塗れているのにも関わらず美しかった。




ラムゥトは睡眠を必要としないので、セキュリティの変わりに扉の前でスクアッドをして一夜を明かした。




「昨夜はお楽しみのようでしたね」




ラムゥトは理解できないが不和を起こしたくないので会釈をして席に着いた。




ラムゥト用にと教会の側に徹夜で拵えたのが木製の腰掛けである。




バキッ――。




「すまぬ・・・我は体が体故、重過ぎてしまったようだ」




お詫びにとラムゥトは壊してしまった腰掛けを”チェンジ”の魔晶石を使い、


鉄製へと替えた。




魔晶石は魔石と異なり、魔石が自然界において持せいする事で周囲のマナを少しずつ吸収して魔力へと変換した物である。




魔力の質も様々であるが取り分けて”チェンジ”の魔晶石にはなり辛かった。


魔晶石は王国において貴重な物で大工房で一月に三個程見つけられるかどうかといったところだ。




ゾグンは礼を述べると、ラムゥトに朝食用のライ麦パンを多めに渡した。




ラムゥトはゾグンに見えぬよう、コアに収納する。




雇われの身である人族のメイド達はシスターがいないので代表を選べず、治療の対応にてんやわんやしていた。




「ラムゥト・・・さん?おはようございますムニュムニュ」




アイリが口を手で押さえながら瞼をこする。




「アイリ殿、おはようございます」




ラムゥトはコアから熱した絹布を手渡す。




「うわぁ・・・ふかふかぽかぽか~」




南東にあるべりーの名産地に生息する蟲の魔獣が産み出す糸でできた絹布は商業用品として富裕層むけに生産される肌着用のシルクで出来ている。


水に濡らし熱する事でとても心地よい質感になるので手拭きとしても重宝された。




「冒険者様でしょうか?昨日は大変お世話になりました」


「ありがとう!おねえちゃん!」


「はぇ~どえれぇ大きさの旦那じゃ~」




気色の良くなった村人達が大勢で二人に礼を言いに来たようだ。




「ラムゥトさん。私たちって冒険者なの?」




小さく頷くとラムゥトは村人達に栄養価の高い食材を配り始めた。


顔色が良くなったといっても、不作続き以前に貧困は変わらず、骨に身が僅かについた程度の人々からは生活の厳しさが見て取れたからだ。




こうなると教会の人達は贅沢をしているように感じるが、彼らが最低限の健康を保たなければならないのは病気の温床になってしまっては治療する施設が無くなるからなのだ。免疫を保てる程の栄養を摂取しておかなければ元もこもなく、背に腹は代えられぬという訳だ。




この旨を村人達も古くから伝えられているからわかってはいるのだが、時折理由を知らぬ者たちが協会は金があると勘違いを起こし義賊を気取ったり、純粋に盗賊行為をしてしまう事もあった。




ゾグンはラムゥトに相談があると呼び出した。




「地下の大工房にどうやら魔物が住み始めたらしく、あなた達のお力を貸しては頂けないでしょうか?教会の間での噂なので王国も真相はつかめていないとか」




(ついに来たぞッ!この話には罠がある間違いない!)




アイリはラムゥトの腰帯を引っ張ると、真相を突き止めるべく準備をしようと語り掛けた。




「魔物駆除の依頼を教会ギルドにだしてくだされ。受諾致す」




「さすがはかの冒険者様!すぐにしたく致しますのでお待ちください」




ゾグンは”一繋ぎの貝殻”を取り出し、何やら話しだすと、いくばくかして話終えた。




「話はつきましたので、どうぞこちらへ」




二人はゾグンについていくと教会の祭壇の蝋燭に火を灯して天秤の右側に金貨を置いた。




ゴゴゴッ――。




地面と祭壇が摩擦で削れる音が協会に響く。




ラムゥトは依代をゴーレムからコアに移し、近くにあった甲冑を依代とした。




「失礼ながら、この甲冑の代金を支払いたいのですが」




「餞別です。お使いください」




「申し訳ない」




ラムゥトとアイリは地下へと続く螺旋の階段を降り始めた。

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