第3話 魔物
粉のついたクッキーを貪る小魔獣を蹴散らし、プカードはソレを口に迎え入れる。
プカードの生立ちは不幸にも幸だった。
王国の傘下にあたる職業軍人とは名ばかりのならず者集団であったテンプル騎士団の任務「異種族統一計画」の最中に標的となったゴブリンの巣窟αにて赤子として揺籠の中で発見された。
アッパーの生産原材料を確保するために正義の名の元、王国主導で行われていた任務のおかげで家族を失い、しかし、よりよい生活の基盤を確保する事ができたのだから皮肉な物だ。
プカードが成長するに連れて、アッパーへと手を出すようになってしまうのは必然の流れと言えた。
継続的にアッパーを摂取し続けた異種族を観察するのがテンプル騎士団の二つ目の任務と言えた。多くの者は者は肉体が許容しきれず死に至ったが、魔力保有量の上限が高い者はその肉体ないし風貌がより凶悪な魔物へと似た姿へと変貌していく事が確認されている。
プカードはその一つの良い例として様々な意味で重宝された。
プカードは自らの肉体の変異に気付いてはいたものの、王国の本意を理解してはいなかった。密売と賭けの胴元で泡いていた銭は嫉妬や嫉みで重ね積もった私怨を晴らすには絶好の機会と言えた。積年の恨みを
晴らすべく、プカードはフロムが主催する闘議会の破綻を望んだ。
賭けの締め切りが近づいた頃、ダフ屋の店じまいを始めるプカードはフロムとラムゥトが矛を交え始めた事に喧噪で気付いた。
それほど、作業に没頭してしまい視野が狭くなっていたと恥ずかしさを覚えるプカードは締め切り間際にラムゥト側に掛け金が偏っていた理由を気に留める由もなかった。
何故か恥ずかしさは怒りへとベクトルを変え、沸々と腸が煮えくり返る様な感覚と焦燥感がプカードを破滅へと駆り立てる。理由は語るまでもなくアッパーの副作用なのは確定的に明らかではあるが、薬物中毒者に冷静な思考力が残されているはずもなく、唯々時間が早く遅く奇妙な感覚だけがプカードをそうさせた。
酒屋の客寄せとして店前に展示されている甲冑と武器、それからミンゴと呼ばれる普段は気性の穏やかな人語を話す鮮やかな桃色の鳥が目についた。矮小な魔物ではある物の、身の危険を感じると人に助けを求め、薬草に使われる種が排泄物と共に出るという身近な魔物で人はミンゴを可愛がった。
プカードはミンゴに餌をやる振りをしてアッパーを練り込んだクッキーを与えた。その含有量はゴブリン一匹を魔人に変えてしまう程である。
「カリソメ!カリソメ!カリソメパンチ!ポテッポテチ!」
ミンゴは日頃、最も耳にする単語を繋げて囀るのだが、全くどういう意図の単語なのかはプカードには分からなかった。
アッパー入りのクッキーを食べるとミンゴは謎の単語を発せなくなった。
「その点、ポッポってスゲエヨナ、最初までチョコぽっぷり」
次第に文章の様な表現を始めた事に味をしめたプカードは別の魔物に与える予定だったクッキーを放り投げた。
「ドンタコス!ドンタコス!」「上司のクロレキシュ」「オッォ"エ"エェ"-!」
ミンゴの顔が三つに分裂し、別々の言語を話し始める。
「ウスシオ!タスケテ!」「コリーダーペロペロ」「オロロ”ロ"ロ"ロ"!」
悪臭を放ちながら排泄物を垂れ流す様はまさに混沌と言えた。
籠の隙間から擦り抜けて出た中央の頭がプカードを丸のみにする。
へしゃげた檻が鉄くずに変わる頃、意識と共にプカードの存在は消失した。
ラムゥトとフロムの一騎打ちは王国側の読みが外れる程、長引いた。
互いに意思の疎通はせずとも、白兵戦に徹する一人と一柱からは意地が感じ取られた。
「ゴーレムの分際でこの私と張り合うとは、名乗る事を許可するぞ!」
「笑止」
火花が飛び散り、金切り音が荒野に木霊する。
どちらも欠ける事のない拳と刀は質の良さを物語っていた。
次の一手を打つ前に何やらけたたましい音が遠方から聞こえてくる。
「サンカッケイ!サンカッケイ!」「コリコリペロペロ」「ホウ"ェ"ェ"-!」
悲鳴と怒号が入交、混沌が場を支配する。
多くの者は逃げ出し、腕に覚えのある物は少し離れた場所から野次馬根性を発揮していた。
巨大なゴブリンの肉体の上に、ミンゴの頭が三つ。見覚えのない魔物が王国学園の生徒を引きちぎりなが
ら貪り、突進してくる。
正に蹂躙といえた。
更に砂埃が舞い始めると魔獣の断末魔の様な物が響き渡る。
「ギョェェェ!」「ショエェ!クロレキシュ!」「ギョギョギョgホウ!」
「俺らの縄張りで好き放題しやがって糞魔獣め!」
人二人分ほどの車高をした緑と茶の斑模様をした鉄の塊が魔獣にぶつかると同時に魔物はそれを爪でつか
み取り後方へと投げ捨てた。
「流石は王国自警団、仕事が早いな」
黒鉄の筒から火花と共に閃光が射出される。白い煙が砂埃とまじり幻想的な風景と化した。
王国自警団は人族のみで構成される王国の秩序を保つ団体である。
名目上ではあるが、実態はテンプル騎士団の御目付役といったところだ。
自警団を構成する人族はもとより魔力を扱う素質が無く、化学を進歩させる事で種族としての安寧を保ってきたが近年、蒸気技術の発達により魔力を使わずとも、それに近しい威力の武器を生み出す事に成功していた。
通称”スチームポンプガン”
「少尉戦死!自警団法に基づき軍曹を少尉に昇格。荒川少尉が引継ぎます!連絡終了」
「本部より、現場統制法二条の執行を認知。許可します。通信終了」
「了解!通信終了」
白煙に光がちかつき、目が眩む。
魔物の口から嘔吐された胃酸とおもしき液体が装甲車目掛けて飛散するが、隊員達も負けじと避け続けている。しかし、次第に足場に溜まった液体はタイヤを溶かし、車のコントロールを奪う。次々と横転していく車から這いずりでてくる隊員達を啄む光景は野次馬達の胃の内容物をぶちまけさせた。
自警団の所有するスチームポンプガンでは魔物の表皮を貫通させることが出来なかったようで一台の車両
がラムゥト達の元へと到着した。
「失礼を承知で頼みたい!単刀直入にあの魔物を討伐して頂けないだろうか」
フロムは嘲笑うかのように首を垂れると、隊員に向かって言い放った。
「私がテンプル騎士団の団員と知っての頼みか?」
「承知の上で、お願いします!!このままでは、我々は」
「恥を知れッ!」
そう言うとフロムは脚に魔力を収束させ始める。
カカッ――
砂塵を巻き起こし、一瞬のうちに魔物の元へと駆け寄る。
剣を地に刺し、慣性に身を任せたまま飛び上がる。
錐揉みしながら左手に持つ盾で中央の頭を叩き潰す。
そのまま飛び越えると剣にむかって電撃を放つ。
「雷鳴より近しき光よ!我より放て」
フロムと剣の間を繋ぐ様に電撃が地面を走り抜ける。魔獣は感電して痺れてはいるが、致命傷とは言えな
かった。潰れた頭が再生し、激昂した魔獣の頭がミンゴのそれとは違う、見覚えのある物へと変化した。
「フロムゥウウウウウウウウウウ!ゴロスウゥ”ウ”ウ”ウ!!!」
プカードの残滓が魔獣の怒りと共鳴しゴブリンの力を発揮する。
ゴブリンは元より炎の魔素が多く、魔獣の胃酸と混じり周囲に毒ガスが拡散した。
発狂した魔獣は毒ガスを撒き散らしながら走り続け姿が見えなくなった。
浄化魔法を使う事も出来たが、フロムは表皮にできた腫物をあえてナイフで削ぎ落すと懐から銃弾程度の大きさの試験管を取り出して、コルクを引き抜き格納した。
フロムは死を覚悟したが、他者を助けるため抗体を作る手配を始めた。
ラムゥトは察した――。
経験則によってこの手の魔獣の毒ガスは浄化魔法の作用では手の施しようがない事を知っていた。保存の魔法がかかった試験管に新鮮なサンプルを詰め込み、後続の騎士へと希望を託すのが目的であった。幼少より騎士道をたたき込まれたフロムは騎士とはこうあれと死ぬ間際に思い出したのだ。
戦いを経て、かつてない感情に動揺を隠しきれずラムゥトはコアを輝かせた。
ラムゥトはコアから取り出した血清と同じ作用を成す薬草をフロムに与えるべく、歩み寄り、薬草を燻し煎じて塗り込む。
副作用の眩暈、立ち眩み等は御愛嬌といった所か。
フロムは恥ずかしそうに礼をのべると魔力を足元に収束させて、とんずらした。
フロムの武器はどれをとっても一等級の業物であったが、主を失い只、地面に突き刺さっている刀は礼拝
されている様な波紋を醸し出していた。
ラムゥトはその刀を抜き去ると主の元へと返すために胸部のコアにしまい込み、続けて角笛を取り出した。
通称”代行運転”という名のアイテムである。
息を吹き込むと甲高い音を立て、ものの数秒で次元の狭間を作り出し、そこから搭乗可能な生物を呼び出
すと、眼がくるりとした亀に小さな羽の生えた魔物が現れ、感情のない声色は魔物の個体特有の物であった。
「伝票・伝票・目的地の座標を指定してください」
ラムゥトは武骨な指で頭をかきながら言った。
「人宛にはできんかのう」
「可能・可能」
「でわ、フロム殿へとこの刀を送られたし」
「受理・受理」「発信・発信」
パタパタとどこかで聞いた発声のまま、亀の魔獣は刀を背に乗せて飛び立っていく。
「座席革帯をそーしゃくしゃせー」
ラムゥトは主を置き去りにしていた事を思い出し、更にコアを輝かせる。
「あの、ポカポカします」
ラムゥトは背中の窪みに乗り込んだ主に気づき、どことなくコアも穏やかな光になった。
「主よ、勝手な振舞をしてしまい申し訳も無い。厳密な処罰を下してください」
「じゃぁ、フロムさんと仲良くしてください」
「御意」
ラムゥトのコアは別なる煌めきを魅せて、大仰に跪いた。
テンプル騎士団のギルドは引っ切り無しに依頼が飛び込み受諾され解決されていた。
杉の木を建材に建てられた酒場からは酒と男たちの獣じみた汗の臭いでむせ返り
そうなほど湿度が高くなっていた。
冷えたエールが飛ぶように売れるので麦の需要が高騰してはいる物のさきの事件
の影響で麦畑が汚染され薄められた酒に客達は不満を吐露していた。
「おいッ!こんな水みてぇなエールで五銅貨も取るたぁどういう料簡でぇ!」
「文句は魔物か自警団にいえってぇのこの根性にゃし!」
「このネコバカ娘!元はと言えばテンプル騎士団と貴様が発端じゃろが!」
「自警団とフロムが下手うったせいにゃ!」
ホークアイは放課後、テンプル騎士団のギルドが経営する酒場でウェイトレスを
勤めていた。
丁々発止とやりあっているのはハイエルフの元賢者ブルズアイだ。
ブルズアイは齢2000を超えると言われているが、実際の所は不明である。
テンプル騎士団、設立時の唯一生存しているメンバーという噂だけが独り歩きし
ているが、それも定かではなかった。
唯、ホークアイだけは真実を聞かされていた。
エールが薄まっている事にくだを巻いているのも本心からではなく、自警団の知り合いが魔獣によって殺されてしまい、ポッカリと空いた心の隙間を埋めに来たにすぎなかった。
「昔はこう、喉をカーッ!と透き通るのど越しのナマ!っちゅうーのがあったのに今じゃこのありさまよお~ムニャムニャ」
「飲みすぎはよくないのにゃ」
知らぬわと言わんばかりにヒノ木のジョッキを机に叩きつけ、ぼそぼそと何やら
独り言をのたまう老人。いつもは気丈夫なブルズアイも流石に堪えている様で
いつもは囃し立てるテンプル騎士団の面々も魔獣相手に成すすべが無かったのもあり、熱気とは裏腹にしんみりとした雰囲気になってしまっている。
「いつまでしみったれてんだ!あんた達それでも玉ついてんのかい!」
外まで聞こえる程の大声で活をいれたのは、酒場のママである猫人族の
雄・・・英雄であるマドンナ・ハイゼンベルグ。
「ついてるだけあるにゃぅッ・・・いっつぁ・・・」
鈍い重低音が良く響く。ママの鉄拳は猫人族だけでなく王都内外問わず知れ渡る剛拳である。
「ひぃいやめとくれぇ!化け猫じゃぁ!」
元賢者ブルズアイもママにかかれば形無しである。後が怖いので飲み食いした分より少しばかり多く、ちゃっかりと銀貨を二枚残し、転移のクリスタルでどこかへと消えた。
「マドンナ。それらしくしませんと、せっかくの美貌が台無しですよ」
フロムはカウンターの隅で似合わず、独りで酒を煽っていたが、やっと口を開いた。時を図ったかのように電信を運ぶ亀の魔獣が酒場のフロムへと刀を運び終えた。
「到着・到着」「捺印・確認」「配達・配達」
亀にそそのかされるまま、フロムは亀の差し出した伝票にサインした。
「完了・完了」「受理・受理」
役目を終えた魔獣の亀はパタパタと出口から出て行った。
「私の刀・・・発信者は・・・」
ラムゥト・・・心当たりが無い訳ではなかった。しかし、名前を聞き損ねた上に”代行運転”という噂でしか聞いたことのない魔獣の姿をした亀が置き忘れた刀を運んできたのだ。思考が停止してもおかしくはなかった。
ママが珍しく哀愁の漂う表情をした。
「昔の話よ。ブルズアイとパーティーを組んでいた時に何度か物資を運んできてくれてたわ。発信者は東の渓谷に雷岩族の長からだったわ、確かね」
「刀、発祥の地ですね。ありがとう、マドンナ。代金はここに」
踵を返し、さっそうと立ち去るフロムを懐かしそうに見送るママの目はいつもより鋭かった。
「待ちな、これ・・・」
「気持ちです。服でも買ってください」
全く・・・とママは後ろ姿を肩をすくめて見送った。
「三銅貨足りないのよ」
誰にも聞こえない程小さな声でやれやれと仕事に戻る事にした。
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