ボクはドラゴンになる!1
強い魔物ほどその味は美味しく、かつ魔力も含んでいる。
戦った強い相手を食べることはすなわち魔力の回復にもつながるので非常に理に適った行為でもある。
そのまま捨て置くのも気が引けるし多少なりとも食べて供養みたいな気持ちもリュードにはある。
冒険者でもないミルトは一々倒した相手を食べることに抵抗感があったけど体力は実際回復するし体の調子が良くなれば神聖力も多少回復する。
「次はアリーシャのところですね」
「……次は何食べられるかな」
ポソリと本音が漏れる。
もはやここに出る魔物を美味しい海産物として見ているリュード。
立派なマグロでも出てこないかなと思う反面マグロだった時にはそれこそ醤油で刺身が食べたくなるだろう。
焼いてもいいけど……なんて考えるが何が出てくるかはまだ分からない。
「ああした魔物を従えていても神様なんだな」
「一応神ですね。
人よりもビジネスライクで多少の力を与える代わりに信仰のようなものを得るんです。
純粋に信仰するという行為をする魔物もいますが魔物と神との関係は一般的な人と神との関係とは少し違います」
「不思議なもんだな」
「神に協力している魔物の感じをみると水の神というより水生生物の神に近いのかもしれませんね」
水を信仰するにも種類がある。
この神様は水の神だろうけど広い定義でみると水の神と言える存在なのではないかと思った。
コアルームのコア、つまりは石像は完全に乗っ取られていない。
ウンディーネたちが関われずに機能の停止はしているけどそれだけ。
それは魔物の知能が低いこともあるのだろうけれどもこの水の神の水に対する支配力が低いからではないかとナガーシャは考えた。
「神様色々だな」
「まあ信仰は人の概念だから魔物には魔物の形があるんです」
「面白いな」
「増えすぎてこんな事態も起きるから大変ですよ」
この川を下っていけば水そのものではなく川を信仰しているところもある。
こちらは神格化するほどの信仰もないけど広く言えば水を信仰しているとも言える。
ここを襲撃した神は純粋な水の神でないから水の主神という座を欲しがったのかもしれない。
しかしこんな形で力を奪ったとしても信仰に繋がるのか甚だ疑問である。
「変だな……何もいないのか?」
続いて向かうのは4か所めのコアルーム。
コアルームは四つ角に位置しているのでぐるっと大きく城を一周してきたような形になる。
これまでのところならちらほらと魔物が邪魔をしてきてもおかしくないのに魔物のまの字もない。
今度は床が透明のガラスのようになっていてその下には水が満ちている。
ちょっと怖い。
「ただ……何かの痕跡はあるな」
敵はいないのだけど様子はおかしい。
壁が砕けていたり床がひび割れていたりと戦いの跡のようなものが見られる。
「ホント……力業だな」
何が出てきてもいいように警戒していたが結局何も出てこないままコアルームの前まで来てしまった。
何事もなかったのはいいのだけど何事もないのは少し不気味である。
コアルームの扉は例によって大きくひしゃげて倒れている。
「これはなんだ?」
コアルームの前の小部屋には何かが散らばっている。
「足……カニじゃない。
エビ?」
「……残骸のみで分かりにくいですけどビエマルク……でしょうか?
これまで戦った魔物の流れからもあり得ると思います」
それはエビの足のようにリュードには見えた。
何だってこんなものが床に散らばっているのか。
剣を抜いて不安を振り払うように大きく息を吐くとコアルームを覗き込む。
「何が……あったんだ…………」
「あれは…………ボッウルベタとビエイレキですね」
「相変わらずすごいな」
コアルームの石像に巻きつく蛇のように細長い生き物が見えた。
黄褐色の体に濃褐色の斑点が見えるそれはリュードの知識が正しければウツボであった。
そしてその周りには派手な色をした小型のエビがいる。
本当にナガーシャは水に棲む魔物について詳しいものだと感心する。
そしてその周りにエビと思わしき足やなんかが転がっている。
ただウツボの側にいる派手なエビとは違っているので違う種類のエビであったことは分かる。
ウツボの目は警戒するようにリュードを見ていた。
首をもたげて口を大きく開けて威嚇してくる。
「ウツボか。
別にそれはいいんだけど何があったんだよ、これ」
なぜエビの死骸が至る所に転がっているのか。
そして派手なエビの方はなぜ無事なのか。
海のギャングなんて呼ばれるウツボ。
リュードもそんなに細かくは知らないので戦い方の予想もできない。
けれどもウツボも食べられるという変な知識はあった。
強そう、だけど食べてみたい。
ウツボすら半ば食材のように捉えて始めているリュードである。
『人よ、入ってくるな!』
不思議な声。
聞こえたというより耳に入ってきた音が頭の中で勝手に意味をなしているような奇妙な感覚。
変な鳴き声のような音なのになぜなのか頭の中では理解できる。
その音の発生源はウツボであった。
ウツボの鳴き声がなぜか理解できた。
リュードを含めてみんなが動揺を隠せない。
全員にとって経験のない初めての現象。
『いいか、警告したからな!
入ってくるなよ!』
またウツボが鳴いて頭の中でその意味が理解できる。
「おーい、お前が話しかけているのか?」
みんなが困り果ててリュードに視線を向ける。
どうしろって言うんだと思う。
ウツボも初めてなのに話しかけてくるウツボなんて余計にどうしたらいいのか分からない。
コアルームの荒れようもそうだしウツボの言葉は理解できても状況が理解できない。
コアルームの外で睨み合いをしていてもことは進まない。
思い切ってウツボに話しかけてみるリュード。
どうせこのウツボもコアルームの外には出てこない。
口ぶりからしても石像を占領して離す気はないようだ。
『そうだ!
ボクは賢いんだ。
だから入ってくるなよ!』
リュードの言葉にウツボからの返事があった。
魔物と対話が成功した。
一部の知能が高いとされている魔物は人と交流することもあるが大多数はそのようなことはしないし知能もない。
ましてウツボにはそんな知能などないはずだ。
リュードに関してはハチのスズのことがあるので他の冒険者たちより驚きは少なかった。
「どうしてこんなことしているのか聞いてもいいか?」
対話が可能なら対話でどうにかすることが出来るかもしれない。
戦うことなくウツボを退かせられるならその方が手っ取り早い。
『ボクはドラゴンになるんだ!』
「ど、ドラゴン?」
『そう!
女神様はボクの力を認めてくれて、もっと神の力が強くなったらボクをドラゴンにしてくれるって言ってくれたんだ!』
「なるほど……なるほどなのか?」
『ここを支配している悪い神様が力を失うまでここに居ればいいっていわれたからそうするんだ』
「だからコアルームから出てこないのか」
まあ何ともピュアなウツボだろう。
『だから入ってくるな!
ボクはあんまり戦いたくないんだ』
ウツボはドラゴンに憧れていた。
西洋的ではなく東洋的な細長いドラゴン、竜ではなく龍に。
鯉が登竜門を登って龍になるようにウツボはいつか自分も龍になれるのだと信じている。
なれるかどうかは別にして素敵な夢であるとリュードは思う。
対話を為せるということは少なくとも一定以上の知能がある。
このウツボはもしかしたらとんでもない魔物になる可能性もあるのではないか。
「本当にそんなこと可能なのか?」
龍あるいは竜といえばこの世界でも最強、最上の種族となる。
進化して上位の魔物になることはあり得ることだけど進化なりでドラゴンになることが可能なのだろうかとナガーシャを見る。
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