人を呪わば穴二つ3

「あったぞ!」


 階段は特に隠されているのでもなく普通にドアを開けると下への階段があった。


「うぅ……なんだこの臭い?」


 ドアを開けた瞬間に下からひどい臭いが立ち上ってくる。

 何かが腐ったような臭いがしている。


 全員顔をしかめる。

 ルフォンなんかは死にそうな顔をしていた。


 そんなに階段も広くないので少数精鋭で下に向かう。

 服で鼻を覆って涙目で耐えながら下に降りていく。


「ううう……」


 降りていくと泣き声のような低い声が聞こえてくる。

 下まで行ったら地下はそれなりに広い部屋であった。


 町の外にあったものよりも大きく、床一面に描かれた呪いの模様がまず目に入る。

 真ん中に魔石が積んであり、その横に何かがいた。


「ううぅ……誰だ!」


 壁につけられた松明に照らされたそれは薄紫色の肌をしていてブヨブヨとした巨大な塊。

 謎の塊から声がしてリュードたちは身構える。


 リュード5人分はありそうな塊がゆっくりと動いてグルリと180度回転した。


「カ……カイーダ、なのか?」


 異様に肥大化した塊の真ん中に顔があった。

 中ほどまで紫色に変色し、目は真っ赤に充血しているがそれはカイーダの顔であった。


 みんな驚愕して後ずさる。


「な、なんなんだその姿!」


「あ……見るな……みぃるな!


 俺を、俺を見るんじゃない!」


 謎の塊となったカイーダが動くと体の一部が破裂してプシュッと黒い液体が噴き出す。

 また強い不快な臭いが広がる。


「クサイ……呪いの反動に違いないにゃ」


「呪いの反動だと?」


「呪いには失敗したり正当な方法以外で破壊されると術者に反動が返ってくるにゃ」


 呪術が廃れた理由の1つに呪いには反動が返ってくることがあることが挙げられる。

 町1つを支配下に置くようなとんでもない威力を持つのに使われなくなったのは私欲による利用の危険性だけではないのだ。


 例えば準備段階で正しくないやり方や準備不足なのに無理矢理呪いを敢行するとか相手に呪いがかけられず失敗する、あるいは呪いを正当じゃない方法で破壊されるなどすると呪いの効果が術者に返ってくることがあるのだ。

 弱い呪いならば帰ってきても問題ないのだが強い呪いが破られて返ってきた時にどうなるかは術者ですら分からない。


 そのようなリスクがあるために呪いという技術は衰退していく。

 今回の場合はリュードたちは呪いの模様を破壊した。


 当然ながらそれは正当な呪いの解除方法ではない。

 人を呪わば穴二つという言葉はリュードの前世での言葉であるがこの世界においても大きくは変わらない。


「リュードに呪いの邪魔をされたからその反動が襲ってきているに違いないにゃ」


「呪いの反動で……あんなことに?」


「おそらく術者が未熟なんだったにゃ。


 だから反動を軽減するとかなんの対策も取らなかったのかもしれないにゃ」


「やめろ……見るな……ヤメロ……ミル……ナ!」


「みんな下がるにゃ!


 聖壁!」


 カイーダは充血した目を見開いて手を伸ばした。

 すると手から黒いモヤのようなものが出てきてリュードたちの方に飛んできた。


 それをニャロが神聖力のバリアで防いだ。


「なんだアレ?」


「自分の呪いで呪われているにゃ。


 おそらくアレも呪いのエネルギーにゃ」


「ふぅ、気味が悪いな」


 ブツブツと呟くカイーダは体を動かすたびに全身がブルブルと揺れて気持ち悪い。

 目の焦点はあっておらずとても正気には思えない。


「コユキ、今のうちに魔石を狙えるか?」


「うん、分かった」


 もはや名ピッチャーなコユキ。

 神聖力の球、ホーリーボールを作り出して振りかぶって投げる。


 勢いよく飛んでいく神聖力の球は見事魔石の上の方にぶち当たってバラバラと吹き飛ばした。

 飛んでいった魔石は黒い色を失い砕け散る。


「ぐわああああ!」


 カイーダが苦しみ出し、リュードたちは体が大きくなり始める。

 全部崩したのではないのでまだ完全に大きさが戻り切らない。


「ヤメロ……ヤメロォ!」


「こっち来るなにゃ!」


 これ以上魔石を崩されたらたまらないと止めようとコユキに襲いかかってきたカイーダ。

 ちょっとコユキをびくつかせたにっくきカイーダにニャロがホーリーボールを放つ。


 コユキと違ってニャロの周りに複数のホーリーボールが浮かび、投げることもなく打ち出される。

 聖壁も維持しながらのホーリーボール。


 これが聖者たるニャロの実力でもある。


「きったな!」


 ホーリーボールが直撃してカイーダの体のあちこちが破裂して黒い何かが噴き出してビチャビチャと床に飛び散る。


「クサイよぅ……」


 飛び散る何かからは相変わらずひどい異臭がしている。

 ルフォンは目にまで来る臭いに気を失いそうだ。


「うりゃあ!」


 そうしてカイーダが怯んでいるうちにコユキによる第二投。

 ホーリーボールによって残った魔石の山の下半分が吹き飛ぶ。


 見事なピッチングにコユキガッツポーズ。


「ウ、ウワアアアア!」


 リュードたちの体がさらに大きくなるが同時にカイーダの体もボコボコと膨張する。


「ア……アア……アアアア!」


「にゃにゃ!」


「みんな避けろ!」


 何を思ったのか突撃してきたカイーダは聖壁にぶち当たった。

 聖者のニャロが展開した聖壁はかなりの強度を誇る。


 しかし気味の悪い叫び声を上げながら突撃してきたカイーダによって聖壁にヒビが入った。

 みんなが左右に割れるようにして回避するとカイーダは間を通り抜けて階段を上がっていってしまった。


「……逃げた?」


「コユキ、魔石を壊すんだ!」


「うぃ!」


 完全フリーになった魔石をコユキがサッと吹き飛ばす。


「……マズイ、みんな早く上にあがるんだ!」


 普通に吹き飛ばしてしまっていたがリュードは忘れていた。

 これまで呪いの模様を維持していた魔石がどうなったかを。


 体が大きくなる奇妙な感覚に襲われながらリュードたちは慌てて階段を上る。

 カタカタと揺れ出す魔石。


 そう、これまでの魔石のいくつかはいきなり爆発してしまっていた。

 この地下に置いてある魔石は外にあるものよりも大きいものが多かった。


 つまり爆発も大きくなるかもしれない。


「ニャロ!」


「にゃ!


 聖壁!」


 地下から飛び出してニャロが階段に聖壁を張る。

 直後魔石が地下で大爆発を起こして地面が大きく揺れた。


 一瞬衝撃でみんなの体が浮き上がる。


「み、みんな無事か?」


「だ、大丈夫……」


「大きさも元に戻ってるね」


「ほんとだ……」


「やったぞ!


 元に戻ったぞ!」


 中心であるここの呪いの模様を破壊したことで呪いが完全に効力を失った。

 しかし喜んでもいられない。


 この事件の犯人であるカイーダは逃げてしまった。

 階段上で待機していた人たちに聞いてみるとカイーダは地下から飛び出してきてそのまま外に逃げていってしまったようだ。


 初見ではとんでもなく臭う紫色の気持ち悪い塊なのでみんな止められなかった。

 呪われてあんな状態のカイーダをどうすべきなのか誰にも分からないが野晒しにもしていられない。


「お、おい、アレを見ろ!」


「うわっ、なんだ?」


 カイーダが逃げたと思われる割れた窓から外を見ると塀を乗り越えて1人、また1人と町の人たちが入ってきていた。

 頭から落ちて首が変な方向に曲がっても平然と立ち上がりゆっくりと屋敷の方に向かってくる。


 目からは正気を感じないその様子を見るにホルドを守った女性たちのことを思い出させる。


「今度はなんなんだよ!」


「偽物……の人だよな」


 どうやら屋敷を囲む塀の外に押し寄せているようで次々と人が入ってくる。

 呪いが解けたはずだから町の人たちも普通の大きさに戻っているはず。


 町の人がこんな風に襲ってくるわけがないのでこの乗り越えてくる人たちは偽物の人たちということになる。

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