神様お助け人1
「神は退屈していた。
広い世界を任されたはいいものの、楽しみもなく、話し相手もなく孤独だった。
少しは気がまぎれるだろうと神はお酒を飲んだ。
盃に並々と酒を注いで一気に飲んでみたり、ちびちびと嗜むように飲んでみたりしてほんの一時だけ気は紛れた。
でも紛れると逆に紛れていない時はより寂しくなった。
そこで神は自分の形に似せた人形を作った。
目の前に座らせて話し相手としてたわいのない話をして酒を飲んだ。
でも泥の人形は何も答えない。
笑いも悲しみも怒りもしない。
神は人形にも話してほしくなった。
そこで自分が飲んでいた盃に喜びを、悲しみを、楽しみを、怒りを、様々な感情を注いで人形に飲ませた」
「……何の話だ?」
神物に触れた瞬間意識が遠のいた。
何回か経験したことがある感覚だったのですぐに何なのか分かった。
気づけば鬱蒼と木々が茂る森の中にいた。
木のテーブルと丸太のようなイスがあって、テーブルの上にはリュードが手にした神物の盃があった。
イスにはニコニコとしたケーフィスが腰掛けていて、いきなり不思議な話を語り出した。
「いくつかある人類誕生のお話のうちの1つさ。
格式を重んじる宗派になら伝わっているけどあんまりメジャーな話じゃないかな。
古典みたいなものだよ」
ケーフィスはどこからかビンを取り出して盃に中身を注いでいく。
1ビンまるまる注いで盃は白く濁った液体で一杯になる。
盃を両手で持って一気に盃の中身を飲み干した。
「プハァー!
やっぱこれ飲みにくいね!」
持ち手のない盃は雰囲気はあるけど飲みにくい。
大人しくジョッキでも使っている方がよっぽど飲みやすい。
「ほれほれ、そんなとこ突っ立ってないでこっちおいでよー」
ケーフィスは椅子の影からジョッキを取り出す。
そんなものあったように見えなかったけれど神の世界での出来事を気にしたところで答えは出ない。
リュードがイスに座るとケーフィスはジョッキに液体を注ぐ。
この神様子供みたいな見た目してとんでもない酒好き神様だったりもする。
「ありがとうね、僕の神物取り戻してくれて」
「感謝するならダリルにしろよ。
彼の誠意がみんなを動かしたんだ」
「もちろん感謝してるさ。
ただ君みたいにお礼を直接言える相手は限られるからね。
テレサはちゃんと治して報いるつもりさ。
でもやっぱり君の働きは大きいよ」
「そうだな、俺も頑張ったからな」
「ふふっ、そう、それでいいんだよ。
これはそのお礼だよ」
ケーフィスはリュードの前にジョッキを置いた。
前に飲んだお酒も美味しかった。
飲もうとして口を近づけてリュードはその中身に気がついた。
「こ、これは……!」
「どうだい?
君の世界にあったものを再現してみようと思ったんだ。
ちょっとばかり時間がかかったけどかなり近いものができたと思わない?」
香りは爽やかでやや甘い。
飲む前から唇にシュワシュワとした感覚があった。
某メーカー製のソーダみたいな雰囲気がある。
一口飲んでみて思わずケーフィスの方を見るとニッコリと笑う。
出来は90点。
やや炭酸が弱い。
けれど味はもうほとんどあの炭酸ドリンクの味であった。
「んまい!
結構クオリティ高いな!」
氷も入っていてしっかり冷えている。
お酒も悪くないけどこうしたジュースが飲めるのはすごく感動する。
「でしょ?
色々と君の世界にあったものを再現してみようとしているんだよ。
これも50年ぐらいかかったかな?
貴重な神様への奉納品だよ」
軽く飲んでしまったけどものすごい貴重な努力の結晶だった。
「もっと質を上げて、量産してもらいたいものだけど僕が作るわけじゃないからね。
ナンノーラっていう国で作ってるからよかったら行ってみなよ」
これは是非とも一度立ち寄って確かめる必要があると思った。
「それで話は終わりか?
なーんかありそうだけど……」
お礼を言いたいだけなら別にもう終わりでいい。
ダリルのことも気になるし戻りたいところである。
だけれどもわざわざケーフィスがお礼を言うためだけにリュードを神の世界に呼んだのだとは考えにくい。
こっちに呼ばれる時には大体厄介ごともセットである。
「その勘の良さ好きだよ。
ファフラ!」
「遅い!
いつまで私を木陰に立たせて隠しておくつもりなんだ!
よく分かんない話してないでさっさと私のこと紹介したらいいだろう!」
木の影から女性が出てきた。
燃えるような真っ赤な女性。
髪も目も、服装に至るまで赤くて鮮やか。
顔も強気な性格が出ているけど綺麗でスタイルもいい。
なぜなのか今は周りに火花が散っている。
「あはは、ごめんごめん。
つい話が長くなってね。
リュード、こちらはファフラ。
火の神様さ」
「よろしくお願いします」
「あんたも!
なんで!
火を扱わないのよ!」
いきなりボルテージマックスな火の神様ファフラ。
なんだか周りの気温が一気に上がった気がする。
「魔法の基本といえば火!
火でしょ!
なんであんたは火を練習しないよ!」
相当ご立腹のファフラ。
個々人の適性はあるけれど火属性の魔法は誰しもが通る道でありメインにしている人も多い。
リュードも火を扱えないことはなく、過去に幽霊船を燃やしたりしたことはある。
ただ火属性をメインで扱うことはなく練習量としても多くはなかった。
雷属性がメインで今は水属性も練習中で、さらに闇属性まで加わる予定だ。
火属性に手をつける予定は今のところない。
そこは火だろう!とファフラは怒っていたのである。
そんなことを言われてもとリュードは思う。
今のところ焚き火に火をつけられる程度に扱えれば困ることもない。
特別練習する必要性は感じない。
このまま魔法を極めていけばいつかは手を出すことになるけれど今ではない。
「はぁ……」
「はぁ、じゃないわよ!
しかもよりにもよって雷なのよ!
他のメジャー属性ならともかく雷ってなんなのよ!」
「ちょっと、雷属性をバカにしないでください」
これまで雷属性にはずいぶんと助けられた。
とても感謝している。
ちょっと無口に加護だけくれて応援してくれている感じもまた好ましい。
神獣の方にもお世話になったしファフラの言い方にリュードが不快な顔をする。
「グッ……バカにしてるとかそんなんじゃないけど……いや、その……私の言い方が悪かったわ……
ごめんなさい……」
プスプスと音を立ててファフラの周りに浮いていた火花が鎮火していく。
「私ってすぐに熱くなっちゃうの。
悪い癖だわ……
そこのが変な話をして私を待たせるものだからついカッとなっちゃったわ」
首を振って頭を冷やし反省するファフラ。
「あっ……」
「ちょっと甘いわね、これ。
まずがないけど無糖でも私はいいわ」
ファフラがケーフィスのジョッキをサッと手に取ってソーダを飲み干した。
思いの外甘くて一瞬顔をしかめた。
甘さに驚いただけで不味いわけではなかった。
だけど甘くなくこのシュワシュワした飲み物があるならもっといいのになとファフラは考えた。
「僕のやつ勝手に飲んでおいてなんていい草だい」
「んで、火の神様が来たのは俺に文句を言うためか?」
「そんなわけないじゃない。
そこまで暇じゃないわ」
「なら本題に入ってくれよ」
なんだかよく分からない話をしているのはファフラも同じ。
火属性を使うかどうかはリュードの自由である。
話があるなら早くしてほしい。
「分かったわ……お願いがあるのよ。
私の神物も取り戻してほしいの」
「へっ?」
「だから、私の神物も取り戻してほしいって言ってるのよ」
どストレートで簡潔なお願いなので理解できない内容じゃない。
でもなんか一瞬理解できなかった。
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