白き姫を取り戻せ4
「気持ち悪い顔近づけんな!」
高い氷壁に囲まれた不思議な場所。
スノーケイブキングはそこを棲家としていた。
棲家に帰ってきたスノーケイブキングはそっとラストを下ろす。
まるで大切なものを扱うかのように、壊れないようにと連れてくる時も優しく持つようにしていた。
艶やかな白い毛を持つメス。
ダンジョンにはいない存在にスノーケイブキングは一目で虜になった。
スノーケイブキングは連れてきたラストをうっとりとした表情で撫でたり、匂いを嗅いだりと愛でる。
まさか自分の魅力でスノーケイブキングを落としているなんて思ってもないラスト。
不可解で気味が悪く気持ちの悪い行動に泣きそうになっている。
「もうやだぁ……助けて、リュードぉ……」
敵意がないのがまた怖い。
「う、わぁ!
ブホッ!」
このままスノーケイブキングに好き勝手やられるぐらいなら自分で死んでやろうかぐらいに思っていると壁から何か飛び出してくるのがラストに見えた。
よくみると穴が空いている。
穴から飛び出してものは雪に突き刺さって雪を白く舞い上がらせたのでよく見えない。
けれど出てきたその一瞬に見えた黒い姿で誰なのか、ラストには分かった。
「プハッ!」
「リュ、リュードぉ!」
謎の穴だった。
中で行き止まりだったらラストどころではなく死んでしまうなと思っていたがどこかに抜けた。
勢いがつきすぎたけどツルツルの穴の中ではブレーキもかけられず次に突っ込んだ。
「リュード、助けて!」
「ラスト……!
助けに来たぞ!」
顔を上げるとそこに泣きそうになっているラストと未だにうっとりとラストを見つめてリュードがいることになど気づいていないスノーケイブキングがいた。
「ラストから離れろ!」
リュードは剣を抜いてスノーケイブキングに切りかかる。
ラストに夢中なスノーケイブキングの背中に剣を振り下ろす。
完全に無防備で回避行動すら取らない。
背中をざっくりと切り裂かれ鋭い痛みにようやくリュードの存在を認識する。
邪魔者の乱入に一瞬にしてスノーケイブキングは怒る。
「ぶっ飛べ!」
けれど怒っているのはリュードだって同じ。
雷の塊。
爆発のように破裂して振り返ったスノーケイブキングは雷の光に目が眩んで何が起きたかも分からないままぶっ飛んで氷壁にぶつかった。
「うわーん!
リュード!」
ドバッと涙を流してラストがリュードに飛びつく。
こんなに怖かったことなどレストの大事にしていた母親の形見を誤って壊してしまい、それを隠そうとして怒られた時以来である。
「大丈夫か、ラスト?」
「うん、ケガはないけど……すごく怖かった。
頭とか触られた……リュード、撫でて」
あのままエスカレートしていったらどうなっていたことか分からない。
ラストは身震いして強くリュードを抱きしめる。
リュードもラストの気が落ち着くならと頭を撫でてやる。
何がしたくてラストを誘拐したのかリュードもこの場では理解できていなかった。
「俺が来たからにはもう安心だ。
あんな変態魔物にラストなんかくれてやれるか。
だから……ちゃんと倒さなきゃな」
リュードはラストからスノーケイブキングに視線を移した。
スノーケイブキングはまだ死んでいない。
「ラスト、下がってろ」
「ううん、私もやる。
アイツぶっ飛ばさなきゃ私の気が済まない……!」
「そうか。
じゃあこれ使え」
リュードは腰に付けた袋の中から弓を取り出した。
ラストの弓はスノーケイブキングに掴まれた時に落としてしまった。
だからこれはドワーフたちがリュードに差し出した武器の一つである。
ラストに合わせて作られた弓には及ばないだろうけどただの武器屋に売っているものから見れば遥かに良いものだ。
腰に差した剣もあるけれどラストの本気はやはり弓だ。
「あんがと」
矢筒も渡して2人はスノーケイブキングと対峙する。
パッと見た限りでは氷壁の内側にも外に出られそうなところは見当たらない。
逃げるという選択肢を取るつもりはないけどどの道逃げることはできない。
奇妙な体の痺れが収まるのを待ってスノーケイブキングは起き上がった。
愛しのラストがリュードと抱き合っている。
自分のメスなのにと目の前がチカチカするほどの怒りを覚えてスノーケイブキングは咆哮した。
高く飛び上がったスノーケイブキングは両腕を大きく振り上げた。
「ラスト下がれ!」
リュード目がけて振り下ろされた拳が地面を叩きつける。
「グッ!」
大地が揺れ、衝撃で雪が舞い上がりリュードを襲う。
視界が白く染まってスノーケイブキングを一瞬見失う。
雪の向こうに僅かに黒い影が見えて、リュードは体をねじった。
スノーケイブキングの拳が上半身を掠める。
「リュード!」
「カハッ……」
拳の厄介なところは回転の早さだろう。
距離が詰められれば剣よりも手数が多く尚且つ両手なら1本の剣よりもさらに多くなる。
初撃をかわして、続く拳もどうにか避けたが無理にかわしたために回避が続かなかった。
とっさに剣を差し込んでガードはしたがそのまま殴り飛ばされる。
地面と並行に飛んでいき、柔らかい雪の上を何度か跳ねる。
「く、来るな!」
邪魔者を倒した。
リュードのことを確認することもなく鼻の下を伸ばしてラストの方に向かうスノーケイブキング。
矢をつがえ怒りのこもった目で照準を合わせて矢を放つ。
スノーケイブキングの肩に矢が刺さって魔力が爆発する。
メスに抵抗された。
しかもそこそこ痛い。
一瞬にしてスノーケイブキングの頭に血が上る。
やられたらやり返すというほとんど本能のように拳を振り上げる。
「女性に手をあげるのは感心しないな」
トドメを刺されにきたらヤバかった。
ポーションの入っていた小瓶を投げ捨てながらリュードはスノーケイブキングの背後に迫る。
最初につけた背中の大傷。
魔物の高い治癒力で少しずつは治ってきているけれど完全な回復には時間がかかる。
またラストに気を取られて背中がガラ空きだ。
雷が走る剣を振る。
ピタリと大傷を再びリュードの剣が切り裂いてスノーケイブキングが痛みに声を上げた。
「もういっちょ!」
剣に込められた電撃でスノーケイブキングは動けない。
大傷とクロスするような形でさらに背中を大きく切り裂いた。
動かなきゃ死んでしまう。
どうにか体の痺れを押して振り向き状に拳を振るうがそこにリュードはもういない。
本来ならもっと厳しい相手。
だがラストという存在のおかげで正常な判断能力を失っている。
ラストにとっては不本意な協力の仕方かもしれないけれど1人で倒し切るには中々厳しそうだったので助かった。
「うわああああ!」
荒く呼吸するスノーケイブキングとリュードが睨み合っているとダリルが穴から滑り落ちてきた。
ダリルもどうにかして穴まで登って入ってきたのだ。
「し……死ぬかと思った…………」
顔が真っ青になっているダリル。
これまでそんな姿を他の人には見せたことがない。
なぜならダリルはジェットコースターなどがダメなタイプの人だったのだ。
ツルツルとして高速で落ちるように滑る穴の中はダリルにとって天敵でもあった。
「ダリル、手伝ってくれ!」
「う、うむ……分かった」
乗り物酔いのような感覚もあって直接戦うのはもう少し時間が欲しい。
ダリルは地面にへたり込んだままリュードに神聖力を送り込んで強化する。
残念ながら神聖力では自分を治せないのである。
動いたら吐いてしまいそうだからしょうがない。
「さて大切な仲間を誘拐した変態魔物を倒すとしますか」
強化もある。
その上スノーケイブキングが受けた背中の傷は決して軽くない。
雪にはスノーケイブキングの血が垂れて赤く染まっていた。
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